軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16 逃亡

事件があった日の夕方。

王宮では、人払いをした国王の執務室で3人の男女が話し合っていた。

国王、護衛隊長のバーグル、そして第三王女モレーナである。

「……それは全て本当のことなのだな?」

「このような嘘を吐いて、どうなりましょう」

「おとうさま、信じて下さい!」

「う~む……」

国王はしばらく思案した後、考えを決めた。

「よし、その少女を王宮へ招こう」

「おとうさま!」

「それは!」

驚き焦る第三王女とバーグルに、国王は平然とした顔で言った。

「それだけの大人数に目撃されていて、情報が漏れないわけがないのに、そのような重要人物を放置できるわけがなかろう。いつどこの貴族や他国の間者に気付かれるやも知れぬというのに……。

なに、女神様のことに触れなければ良いのだろう? ならば、自らの身を盾にして子供を救い、王女が汚名を被るのを防いでくれた少女に礼をしたい、という理由で呼べば良いのだ。それに何か問題があるのか? 王として、父として、ごく当たり前のことであろう?」

「「あ……」」

「モレーナ、お前が、自分を汚名から守り導いてくれたその者に感謝して、是非お友達に、と頼むのだぞ」

「は、はい、それは私も願ってもないことですので、喜んで……」

「よし、ではバーグル、その少女の顔を知っているお前に少女探索の任を与える。直ちに調査を開始せよ」

「はっ!」

探索はあっけなく終了した。

なにせアデルは学園の制服を着用しており、護衛の兵士はエクランド学園とアードレイ学園の制服くらいは当然知っている。そしてアデルの見事な銀髪は目立った。当たり前である。

護衛隊長バーグルはすぐに学園長に会い、アデルの身元の確認を行った。

王の勅命を受けた近衛騎士に嘘など吐けるわけがなく、一介の子爵家の口止めなど勿論無視され、学園長の口からアデルの本当の身分とフルネームが語られた。

学園長は、それによりアデルの立場が好転すると思っており、悪気は一切無かった。これを機に、ひとりの少女が栄達への道を歩めるのだと信じていたのである。

そして護衛隊長バーグルは王に調査の結果を報告し、アスカム子爵家令嬢に対して直ちに王宮への招待のための使者が送られることとなった。

「……というわけで、国王様が是非アスカム子爵家令嬢を御招待したいとのことです。こちらが招待状です」

使者である、なんとかいう名の子爵がそう言いながら差し出した封筒を見て、アデルは頭を抱えた。

(どうしてこうなった………)

いくら女神様の命令であっても、故意、うっかりを含め、あれだけの人数で秘密が守られるわけがなく、王族や貴族が『女神様が宿る少女』を放置するわけもない。そんなことにも思い至らず、のんびりと普通に暮らし続けられると思っていたところを午後の授業中に教師に呼び出されたアデルは、使者の子爵と二人きりの応接室で途方に暮れていた。

(何とかしないと、良くて束縛、囲い込み。悪いと軟禁か解剖? お腹切り開いても、女神様とか出て来ないから!!

どうしようどうしようどうしよう………。

考えなきゃ、考えなきゃ……。

唸れ、私の、灰色の脳細胞!!)

必死で考えていたアデルは、ふと気が付いた。

この使者である子爵は、あの時にはいなかった人だということに。

確か、こんなにお腹の出た騎士はいなかった。

そして、先程からの話には女神様のことも昨日の事件そのものについても一切触れられておらず、単なる『第三王女の恩人』という扱いであることに。

女神様のことは、知っていてもアデルには言わないであろうが、態度があまりにも自然なので、恐らく知らないのであろう。

(女神様のことも、昨日のことも何も聞かされていない?

この人、何も事情を知らない、ただの使い走りだ!)

ならば、やりようはある。最近自信を持ち始めた演技力で!

「え? 私がそれを、子爵家御令嬢様にお届けするんですか?」

「え?」

思いも寄らぬアデルの言葉に、ぽかんとする使者。

「いえ、ですから、アードレイ学園に御在学のアスカム子爵家御令嬢様にその招待状を届けるのでは?」

「え? ええっ?」

混乱する使者に、アデルは駄目押しの言葉を続けた。

「アスカム子爵家御令嬢様は、ここではなく上級のアードレイ学園に通っておられます。私はアスカム家からお金を出して戴いてここに入れて戴きましたが、その家名を名乗れる者ではありません。そんなことをしたら殺されちゃいますよ。多分、誰かが間違えたんですね」

「な、何!」

「間違って私のところに来たことは内緒にして下さいね。子爵様の御機嫌を損ねて援助を打ち切られでもしたら大変ですから」

「わ、分かった! このことは誰にも言わんから安心してくれ。済まなかったな……」

そう言うと、使者の貴族は急いで帰って行った。恐らく、アードレイ学園へと向かったのであろう。

(招待は明日の昼前、か……。もはやこれまで、かな)

アデルは撤収を決意した。

教室に戻ると、授業中に興奮した教師に連れて行かれたアデルに興味津々であったクラスメイト達が質問の雨を降らせて来たが、『人違いだった』とのアデルのひと言で沈静化した。

心配そうなマルセラ達は、アデルが小声で『連れ子の方』と囁くと、ようやく安心してくれた。

授業が終わり寮に戻ったアデルは、早速準備に取りかかった。

まずは手紙の作成。

マルセラ達3人に宛てたもの、クラスメイト全員に宛てたもの、寮監さんに宛てた、パン屋のアーロンさんへの急な退職のお詫びと感謝の言葉の伝言の依頼、学園への退学届け。

途中で夕食を挟み、かなりの時間をかけて手紙を書き終えると、既に深夜になっていた。

(さて、次の準備は……、って、何もないか)

この1年少々の間にもアデルの荷物は殆ど増えておらず、替えの下着や貰った食べ物等は全てアイテムボックスの中。室内は相変わらずの空き部屋同然であった。

アデルは少し悩んだあと、貸与品である制服や運動着も貰っていくことにした。どれもかなり使い込まれているから、他の学生に渡されることはなく廃棄処分になるだけだろうから、貰って行っても良いだろうと思ったのだ。

そもそも、貰って行かないと着るものがない。

ここに来た時の服は、さすがに1年以上で少しは成長したアデルには小さくなりすぎていた。

机の上に手紙を並べ、最後にベッドから毛布を1枚だけ拝借してアイテムボックスに入れると、アデルは室内を見回した。

……見事なまでに、何も無かった。

「さよなら!」

そっとそう呟いたあと、ふと思い出して机の引き出しから骨の載ったお皿を出して、手紙はベッドの上へと移動させた。

(元々野良だから大丈夫だよね。それに、他の子が餌をやっているという、クロ、金眼、かぎしっぽ、虫取り器、その他色々な名前の猫、全部お前のことだよね!)

猫は、あまり構い過ぎる人間は嫌がるので、構い過ぎることはなく、求められれば耳のうしろや首、顔等を掻いてやったり、ベッドの上で勝手に眠らせてやったりするアデルのところは居心地が良かったのか、しょっちゅう滞在していた。

しかし、餌についてだけは、骨しか出さないアデルのところは不満だったらしく、他の女生徒の部屋を巡回しているらしいことにアデルは気付いていた。

なぜか女生徒の部屋だけで、男子寮には行かないらしいが……。

「よし、脱出!」

翌朝、授業時間になっても教室に姿を現さないアデルを心配した教師が手空きの他の教師に頼んで女子寮に様子を見に行かせ、もぬけのカラとなった部屋と4通の置き手紙を発見して大騒ぎとなった。

何やかや言っても、アデルは名物生徒として生徒からも教師からも親しまれていたのだ。本人は、ごく平凡な一般生徒のつもりであったが。

開封された手紙から、姿を消したのは本人の意志であること、学園には退学届けが残されていたことから、学園ができることは何もなかった。せいぜいが、後見人に連絡することくらいである。

「どういうことだ!」

「何が?」

血相を変えたケルビンに詰め寄られたマルセラは、不機嫌そうな顔でそう問い返した。

「アデルのことに決まっているだろう! どこへ行った! どうして出て行った!!」

相変わらず暑苦しい男だが、以前のような突っかかりではなく、アデルのことを本当に心配して頭に血が上っているのだと分かっているマルセラは、仕方なく相手をしてやることにした。

クラスメイト宛ての手紙には、挨拶も出来ず急な退学となった事のお詫びや今までのお礼とかのみで、そうなった事情については触れられていなかったので、別途手紙を受け取ったマルセラ達に聞きに来るのは当然と言えば当然であった。

「実家の事情よ。後継者問題。貴族にはよくある話、珍しくもないでしょう?」

「……あいつが継ぐのか?」

「いいえ、あの子は邪魔者の方。消されそうになったんで、姿を消したんでしょ」

「なっ………」

ケルビンは絶句したが、マルセラはそれを見て鼻で嗤った。

「何心配してるのよ。あの子がそれくらいでどうにかなるとでも?

きっと、面倒な家名なんか脱ぎ捨てて、自由に生きられるって喜んでるわよ。あなた、この1年以上もの間、あの子のどこを見ていたの?」

「………。

しかし、俺はまだあいつに謝っても、礼を言ってもいない……」

「あの子、いつも『平凡に生きる』って言っていたけど、あなた、あの子にそれが可能だと思う? きっと、どこかでボロを出して、表舞台に飛び出すわよ。

あなたは、その時にあの子の前に顔を出せるだけの男になっていれば良いんじゃないかしら?」

「……………」

黙って立ち去るケルビンを、少し優しい眼で見送るマルセラ。

それを見ていた男子がポツリと呟いた。

「マルセラ……。良い女だよなぁ………」

その言葉に、周りにいた男子達は、皆こくこくと頷いた。