軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

139 宿屋 4

髭に覆われた顔に、毛むくじゃらの腕と胸。多分、足もそうに違いない。

誰が見ても、第一声はこれだろう。

「「「「熊……」」」」

「うるさいわ!」

いくら熊っぽくても、人間だということは判る。さすがにマイルも、剣を抜いて斬り掛かったりはしなかった。

「しかし、そのままじゃないですか! あまりにも、何の捻りもない店名……」

「親の代から、この屋号だよっ!」

マイルの呟きに対して反射的に叫んだ宿の 主(あるじ) らしき中年男性であるが、勿論、別に本気で怒っているわけではない。客商売であるし、そもそも、言われ慣れていた。なので、一種の『お約束』的な 遣(や) り取りであり、初めての客とのコミュニケーションのひとつであった。

「4人部屋ひとつ、空いてるかしら?」

「ああ、大丈夫だ。部屋は小金貨1枚と銀貨2枚、お湯は洗面器1杯で小銀貨1枚、貸しタオルは、ひとり1枚は無料、追加は1枚につき銅貨4枚だ」

レーナの質問に、瞬時に宿屋の主としての顔に戻り、そう説明する大将。

「「「「普通の値段だ……」」」」

「……あんた達、向こうに行ったのか?」

マイル達の言葉を聞き、苦笑しながらそう言う大将に、こくこくと頷く4人であった。

本当ならば色々と聞いてみたいところであるが、まだ正式に部屋を取ってお金を払ったわけではないし、手ぶらでは奇異に思われるため一応各自で持っている荷物(水筒や、軽いものだけ)も背負ったままである。

そしてそもそも、今から夕食の準備で忙しいであろう大将を捕まえて、こんなところで立ち話を続けるわけにも行かない。

とりあえず部屋代を払い、いったん部屋へと向かう4人に、お湯とタオルは、と言いかけた大将が言葉を引っ込めた。

若い少女だから身嗜みにお湯が必要かと思って声を掛けようとしたのであるが、考えてみれば、魔術師がふたりもいるならお金を払ってお湯を買う必要はないよな、と気が付いたのである。

「……まともそうな宿よね。熊だけど」

「普通の料金でしたね、熊ですけど」

「おかしなところはなかったね、熊だけど」

「いえ、まだ、料理を確認しないと判断はできませんよ。……熊だけど」

そして4人は、夕食の時間になるのを待った。

「「「「……普通の値段だ」」」」

夕食は、メニューも豊富であり、そしてごく標準的な価格であった。

マイル達は、いつものように、とりあえず8人分の料理を注文した。

「……量は普通。具材の種類も普通。肉の量も質も普通だ」

シチューをスプーンで掻き回し、分析するメーヴィス。

「ふむ、調味料は塩が主体で、近場で採れるハーブでアクセントをつけているみたいね」

肉野菜炒めの皿を顔に近付け、くんくんと匂いを嗅ぐレーナ。

「ちゃんと、注文通りにレアになっていますね。焼き過ぎていたり、外側だけ焼けて中に火が通っていない生焼けということもない。合格です!」

ナイフで切ったステーキの断面を眺めながら、うんうんと頷く、レア好きのマイル。

「食材の原価率が3割弱、薪代や器材の減価償却、人件費、納める税額等を考えると、値付けとしてはかなり良心的な部類ですかね……」

金額的な面から考察するポーリン。

そして。

「うるせぇよ! 冷めないうちに、さっさと喰えよ!!」

熊さんに怒られた。

そしてそれを聞いていた他の客達から笑い声が上がった。

料理は、熊……大将と、信じられないことにも存在した、その奥さんと 思(おぼ) しき女性のふたりによって作られ、そしてそれぞれ、自分が作った料理は自分で運んでいた。

ウェイトレスを雇った方が効率が上がるだろうと思うが、人件費を考えると、多少の効率向上よりは現状の方が儲けが良いのだろう。客が少ない時など、余剰人員は経費の無駄である。

そして今、他の客の料理を運ぶため、丁度大将が厨房から出てきたところなのであった。

「そして、肝心の、味は……」

そう言いながら、料理を口に運ぶ4人。

「う!」

「ううっ、」

「う……」

「「「「 旨(うま) い!!」」」」

旨かった。

普通の食材、普通の調味料を使っても、腕が良ければ優れた料理が作れる。

それがたとえ、熊であっても。

そして、料理には 煩(うるさ) いらしい4人に絶賛されて、悪い気がしようはずもない。思わず顔が緩む大将であったが……。

「「「「まぁ、向こうの宿の料理を食べた後だものね」」」」

台無しであった。

「料理が美味しくて、値段が普通。女性や年配の人がこちらのお店を贔屓にする理由は判りました。 しかし、向こうは若い男性、こちらは女性全てと年配の男性。こちらの方が圧倒的に顧客層が厚いと思うのに、どうしてお客さんがあまり多くないのでしょうか……」

マイルの疑問に、レーナが呆れたような顔で答えた。

「あんたねぇ……。その、首の上に乗っかってるのは、置物か何かなの?

いい? ハンター以外の普通の地元の人達は、自宅に住んでいるから、毎日外食したりはしないでしょうが。旅人でもないのに毎回外食するのなんて、しょっちゅう遠出して不在にするから家を持たず、宿屋暮らしをしている若手ハンターくらいのものでしょ。

そして元々、ハンターは男性の方が圧倒的に多いでしょうが!

そりゃ、自宅に住んでいる人達もたまには外食するだろうけど、それが一番多いのは若い独身男性でしょう? 女性は自炊中心で、あまり外食はしないわよ。

それに、30歳を過ぎた年配のハンターは男女共にとっくに結婚していて、自宅で奥さんや旦那さん、そして子供達が待っているから、こんなところで寂しく食事したりしないわよ」

なぜか食堂の雰囲気が暗くなり、あちこちですすり泣きが聞こえてきたような気がしたが、多分、気のせいであろう。そう信じようとするマイルであった。

しかし、大将から苦情が来た。

「何て話をしやがる!

見ろ、みんな食欲を無くして、注文が止まっちまったじゃねぇか! 営業妨害だよ!」

仕方なく、責任を取って、更に4人前の料理を追加注文する『赤き誓い』の4人であった……。

そして部屋へと戻った後、マイル達は相談をしていた。

「……このまま終わり、というのは、何か面白くないわよね」

「そうですよね。もっとこう、ドロドロとした醜い争いだとか、陰謀が渦巻いていないと、面白くありませんよ!」

「「…………」」

レーナの言葉には賛同するが、その後の、ポーリンの言葉には全く賛同できないマイルとメーヴィスであった。

そして、マイルがぽつりと口にした。

「確か、『乙女の祈り亭』で言ってましたよね、『荒熊亭』から嫌がらせを受けている、って。

でも、さっき見た限りでは、そんなことをしそうな人には見えなかったんですけど。……熊だけど」

「「「あ……」」」

人は、外見や、少し話したくらいでは、どんな人物かは分からない。

詐欺師は、外見も人当たりも良く、誠実そうに見えるのが普通である。典型的な悪人面をした詐欺師など、見たことがない。

いや、それはそれで、裏を掻いて、典型的な悪人面をした詐欺師、というものも存在するのかも知れないが……。

ともかく、ここの大将は、あまり腹芸が得意そうには見えなかったし、マイル達が『乙女の祈り亭』のことを話題にした時も、悪口を言うようなことはなかった。

「後で、食堂や厨房の片付けや明日の仕込みが終わった頃に、突撃するわよ!」

「「「おお!」」」

他人のことに部外者が口出しするな?

興味本位で引っかき回すな?

いいんだよ! 楽しまなくて、何が人生か!

やりたいことも出来ずに我慢して、死んで後悔するのは、1回だけで充分だよ!