軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

120 新たなる旅立ち(2話特別合併号 次回は1回休み!)

「ええええええぇ!」

昼食時の繁忙時間帯が過ぎた後、マイルから長期遠征のことを告げられたレニーちゃんは、予想通り大声で叫んだ。

「……そうですか」

しかしその後は、予想外にも静かに対応してくれた。

皆、レニーちゃんは半狂乱になって騒ぎまくると思って、取り押さえるべく身構えていたというのに……。

「何ですか皆さん、その、当てが外れた、と言わんばかりの態度は!」

膨れっ面のレニーちゃん。

「宿屋をやっていれば、別れくらいありますよ。日常茶飯事です。

まだ、荷物を置いて狩りに行ったまま二度と戻らなかった、とか、ぐちゃぐちゃの肉塊になって戻ってきた、とかいうのに較べれば、遥かにマシですよ、修行の旅に出る、という理由での別れなら。

それに、またいつか戻って来てくれるんでしょ? 永遠の別れ、ってわけでもないですしね」

思ったより大人なレニーちゃんに、感心する『赤き誓い』の4人。

そして、「ぐちゃぐちゃの肉塊になって」のあたりでフォークの動きが止まった、レアのステーキを食べていた不幸な客。

「でも、そうなると、お風呂の全区画開放とお湯の使用制限なし、っていうのは、難しくなりますよね?

ずっと部分使用にするにしても、人を雇っての給湯だと、私達がやるよりずっと高くついて、労力の割には儲けがあまり出ないんでしょう? だから、私達がいない間のお風呂営業は集客と宣伝目的でほとんどサービス、私達がいる時にガバッと儲けを出しているんですよね?」

マイルの言葉に、うっ、と言葉に詰まるレニーちゃん。

そう、マイル達が不在の間は、水汲みは孤児達を雇って、湯沸かしのための加熱は魔術師を飲食無料か手間賃を払って雇って凌いでいたが、その場合は、前回マイルが仕切りを付けた狭い部分だけを使用していた。

何しろ、全区画だと、3メートル掛ける4メートル掛ける水深50センチで、必要水量、約6トン。それに、更に足し湯やシャワー用として給湯台のタンクに入れる分を考えると、容量10リットルの桶で、ある程度の距離がある井戸から何百杯分の水を汲み上げ、そして運ばねばならないことか。火魔法を頼む魔術師も、ひとりやふたりでは到底足りない。

しかし、狭い仕切りの部分だけなら、1メートル掛ける1.5メートル掛ける水深50センチ。更にシャワー使用量の制限をかければ、給湯台の分を含めても、数分の一で済む。

だがそれでも、マイル達の魔法なしでは、準備にかなりの時間と経費がかかる。そして、使える浴槽部分が狭く、シャワーに使えるお湯の量も制限されることから、捌けるお客さんの数も限られる。

なので、全区画開放によってお風呂単体での儲けを充分出せるのは、『赤き誓い』が滞在している時のみなのであった。

「私達がいなくなると、お風呂の運営、苦しくなりますよね。あまり値上げするわけにも行かず、利益はあまり出せず、手間や労力が大きくて、レニーちゃんの負担ばかり増えて、大変でしょう?

いっそのこと、お風呂は取り壊した方がいいかも……」

「駄目です!」

心配するマイルの言葉を遮る、レニーちゃん。

「うちは元々、経営は順調だったんですけど……。家族経営だから、人件費がかかりませんからね。

でも、まぁ、ごく普通の庶民用の宿屋の一軒に過ぎなかったわけですが……。

それが今、お風呂とお姉さん達の集客効果のおかげで、結構名前が売れて、上り調子なんですよ。なのに、ここでお姉さん達とお風呂、両方を同時に失ったら……」

レニーちゃんは、言葉を続ける。

「うちは、宿屋です。宿屋に泊まるお客さんは、この街に家がない人。つまり、その多くは旅人であり、 一時(いっとき) だけ滞在する、 異邦人(エトランゼ) です。だから、お姉さん達がいつかは旅立つことくらい、覚悟していました。

そして、その時は、私がどんなことをしてでもお風呂を維持し、この宿屋を盛り立てて行こうと決めていました。それが、どんなに苦しく辛いことでも……」

そして、きっ、と、決意に満ちた眼をするレニーちゃん。

「レニーは諦めないわ。たとえ、どんなことがあっても!」

「マイル。あんた、いったい何やってるのよ?」

宿の部屋で、下着姿にマントを着けて、なにやらバサバサと練習しているマイルと、呆れたような顔でそれを見ているレーナ達3人。

「あ、いえ、エトウランゼなら、エンディングに備えて、裸マントの練習をしておかなくちゃ、と思いまして……」

「何、わけの分からないこと言ってんのよ!」

そして、深夜。

そっとベッドから抜け出したマイルは、静かに部屋を後にした。

それに続いて、静かにその跡をつける3人。

今回は、ちゃんとポーリンもはいっていた。

別に、マイルが逃げ出すと思っているわけではない。前回と違い、マイルは寝巻姿のままなので。

そして、レーナは思っていた。

(誰かに出遭ったら、どうするつもりなのよ!)

そう、それは、決して淑女が殿方の前に出て良いような恰好ではなかった。

レーナ達は、一応マントで身を包んでいるので、セーフである。レーナの考えでは。

マイルは、安全な場所でまで常に探知魔法を使っていたりはしない。面倒なのと、そこまでビクビクしていては人生を楽しめないからである。

勿論、必要な時は、遠慮なく使いまくるが。

そういうわけで、こそこそと移動するマイルは、尾行者の存在には気付いていなかった。そしてその目的地は……。

(((……お風呂?)))

そう、浴室の 建屋(たてや) であった。

(最後に、記念にお風呂にはいるつもりなのかしら?)

そう思うレーナであったが、マイルは浴室にはいることなく、その壁際で立ち止まった。

そして、無詠唱で行使される、土魔法。

地面に穴が開き、その穴の周りに土の囲いが作られる。そしてその囲いは硬質化され、岩のように変質した。

その後、火魔法で小さな火球を作り、ゆっくりと穴の中へ落とすマイル。

穴の中を覗き込み、何やら確認した後、満足そうな顔をして、マイルは部屋へと戻ろうとして……。

「な、何ですか、みんなして!」

「その、ひとりでこそこそとやるの、やめなさい! みんな、仲間でしょうが!

良いことも悪いことも、みんなで相談して決めて、みんなでやって、そしてみんなで責任を取るのよ!」

レーナの言葉に、大きく頷くメーヴィスとポーリン。

「…………ごめんなさい」

レーナに叱られて俯くマイルであるが、その顔は、なぜか少し嬉しそうであった。

「長い間、色々とお世話になりました!」

「いやいや、私らの方こそ、色々と世話になったよ。仕事帰りのお土産とか、お風呂とか、客寄せとか……。おかげで、客室の稼働率が上がって、純益が上昇。大助かりさね。レニーの相手もして貰って、ほんと、感謝してるよ」

女将さんにそう言われ、少し照れ臭そうな4人。

そして女将さん、大将、レニーちゃん、居合わせた他の宿泊客達に見送られ、宿を後にする『赤き誓い』の4人。

「行っちゃったねぇ」

「ああ、行っちまったなぁ……」

しみじみとそう言う、女将さんと大将。

そして、それまでにこにこと笑顔を浮かべていたレニーちゃんの顔が、くしゃりと歪む。

「う、うぇ、うぇぇ……」

レニーちゃんは、女将さんにしがみつき、顔を押し付けた。

女将さんは、レニーちゃんの頭をぽんぽんと叩いてやったが、レニーちゃんの嗚咽が止まることはなかった。

そして数時間後。

浴室の建屋に隣接した場所に突如出現した井戸の存在を知り、レニーちゃんは狂喜した。

考えてみれば、少し離れたところに井戸があるのだ。ということは、このあたりの地下には水脈が走っているということであり、掘れば水が出る確率は高かったのである。勿論、たとえそれが分かっていたところで、そんな工事をするお金は無かったが。

しかしこれで、水汲みの労力が激減する。

いや、汲み上げる労力は変わらないが、運ぶ距離が、ほぼゼロになったのである。

これならば、孤児達に払う賃金を減らせ……、いや、それは可哀想だから、使用する浴室の区画を広げ、浴室単独での収益増加を狙うべきか?

「あは。あはははは……」

そして、レニーちゃんは思った。

(お姉さん、ついでに屋根や釣瓶も作ってくれても良かったんだけど……)

さすがのマイルも、そこまでのサービスはしなかった。

皆と歩きながら、マイルは考えていた。井戸から水を汲み上げるための、何か便利な機構を付けてあげるべきだったかな、と。

しかし、そういう機構は故障しやすい。故障したら修理できず、それまで、というのでは意味がない。それに、そういうものがあると、多分、商人や権力者に目を付けられるだろう。

ならば、複製不能の一品モノ、ということでは?

下半身を固定した、上半身だけ動くゴーレムとかを作って……。そう、ロボット代わりに。

世界初のロボットだから、当然、名前は『ロビー』である。

でも、この世界のみんなはロボットとかいう概念がないから、下手をすると怪物扱いかな。

井戸の横にいるから、『イドの怪物』。

せっかく思いついたネタを分かってくれる者が、この世界にはひとりもいない。

マイルは、世の非情さに涙するのであった。

「何、にやにやしたりガックリしたりしてるのよ。

さぁ、いよいよ、『赤き誓い』の新たなる旅立ちよ。名前をあげて、Bランクを目指すわよ!」

「その後、早くAランクになって、騎士になる!」

「お金を儲けて、自分で商会を立ち上げるのです!」

「……あの、私、普通の、平凡な女の子としての幸せを掴みたいんですけど……」

「やるわよ、みんな!」

「「おお~っ!!」」

「あの……」

誰も、マイルの言葉を聞いてはいなかった。

数日後。

「すみません、こちらに、女性ハンターのパーティ、『赤き誓い』が滞在されていると聞いたのですが……」

宿屋に現れたのは、クーレレイア博士であった。

「え? どちら様ですか? お姉さん達に、何の御用ですか?」

『赤き誓い』に取り入ったり、ちょっかいを出そうとしたりする者が宿に押しかけることは、珍しくもない。今回はパーティの加入希望者かな、と思うレニーちゃんであったが、対応は、いつもと同じである。

つまり、馬鹿丁寧な言葉遣いをして、木で鼻を 括(くく) ったような返事を返す、という塩対応である。

「あ、失礼しました。クーレレイアが来た、とお伝え下さい」

さすが年の功、相手が子供であっても、仕事上の会話であるため、丁寧な言葉遣いをするクーレレイア博士。

しかし返答は、事務的で冷たいものであった。

「『赤き誓い』の皆さんは、 出立(しゅったつ) なさいました」

「え……」

まだ、前の依頼を終えて数日である。あれだけの仕事を終えた後だから、まだしばらくは休養期間のはず。そう思っていた博士は、驚いた。

「で、どのような依頼を受けて、どこへ?」

「存じません。また、たとえ知っていたとしても、お客様の情報は漏らしません。それが、宿屋としての矜持です」

仕事上の会話なので、子供相手でもきちんとした言葉遣いをしていたクーレレイア博士であるが、それでも、相手が子供だからと甘く見ていたことは変わらない。なので、レニーちゃんの大人顔負けの対応に驚いた。

「あ……、ごめんなさい。じゃあ、いつ頃戻られるか、ということだけでも……」

「存じません」

「そこを何とか……」

食い下がる博士に、レニーちゃんは、支障のないことだけを教えてあげることにした。

「私は、『赤き誓い』の皆さんは出立された、と申しました。お出掛けされた、ではなく。

それはつまり、この宿を引き払って旅立たれた、ということであり、もう戻ってはこられない、ということです」

「え……」

愕然とした博士は、黙って宿屋を飛び出して、ハンターギルドへと走った。全力で。

「『赤き誓い』のみんなは、どこへ行ったの!」

ギルドに飛び込むなり、そう叫んだクーレレイア博士。

丁寧な言葉遣いは、吹っ飛んでいた。

「数日前に、旅立たれましたが……」

面倒そうな客なので、他の客の相手をしていた受付嬢が、カウンターの中からそう答えてあげた。

「ど、どこに! どこに行ったの!」

最早、周りのことなどどうでもいい、という様子のクーレレイア博士。

「存じません。と言いますか、行き先を決めたわけではない、修行のための放浪の旅、と聞いておりますが……」

「そ、そんな……」

がっくりと膝をつく、クーレレイア博士。

「あの子の秘密が! あの力の謎が!

せっかく、当分の間退屈しなくて済みそうな、恰好のネタを見つけたというのに!」

博士は、ぎりぎりと歯噛みしながら立ち上がった。

「逃がさない……。絶対に、逃がすもんですかあぁ~~っっ!」

そして『赤き誓い』は進む。

新たなる街、新たなる冒険、そして新たなる金貨を求めて。

……ついでに、『普通の幸せ』も。