軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

虚空穿

凛の魔素残量は、すでに半分も残されていなかった。

『空間把握』を極限まで回し、バリアントの暴威を紙一重で回避し続ける。しかし、それも限界だ。蝶のように舞う彼女の動きが、確実に重くなり、鈍くなっていく。

「――グガァアアアッ!!」

痺れを切らしたバリアントが、周囲の瓦礫ごと凛を圧殺しようと、巨大な両腕を振り下ろした。

逃げ場はない。

大輝たちは絶望に目を見開いた。

しかし、如月凛は動じなかった。

その瞳は死を前にしてなお、凍てつくほどに冷徹だった。

(……ここね)

彼女は、残された魔素を、自身の右手に集束させる。

それは、彼女が覚醒した瞬間に直感し、あまりの強大さに自ら封印していた切り札。

空間そのものを定義し直し、事象を存在しないものへと書き換える、絶対的な防御力無視の攻撃――『 虚空穿(こくうせん) 』

消費魔素はかなり多く、今の彼女の最大魔素量をもってしても数えるほどしか放てない、まさに命を削る一撃だ。

凛は迫りくる巨大な腕を一瞥もせずに見据える。

彼女の視界には魔物の肉体ではなく、魔素の流れと、その中心にあるはずの『核』の位置が数式のように浮かび上がっていた。

「……まずは腕」

凛が小さく呟き、右手を虚空へ向かって一閃させた。

瞬間、音も光もなく、世界の一部がえぐり取られた。

バリアントの巨大な右腕、その肘から先がまるで最初から存在しなかったかのように完璧な円柱状の空白へと姿を変えた。

断面からは血も骨も見えず、ただ虚無だけがそこに在った。

「――ガ、ッ!?」

魔物が、自分の失われた腕に気づき、遅れて絶望的な咆哮を上げる。

その破壊の光景に、大輝も剛田も倒れていた探索者たちも言葉を失った。

(やっぱり、こいつは別格だ)

大輝は自分の剣術がいかに矮小な子供騙しであったかを痛感した。

凛の放ったそれは単なる攻撃ではない。

世界そのものを理不尽に書き換える神の領域の力。

だが、それでも凛に余裕はなかった。

『虚空穿』の一撃で魔素の残量は150を切った。

チャンスは、あと三回。

(魔石の位置はまだ完全には捉えきれていない)

魔物は失った右腕を左腕で庇うようにして、上体を低くした。そのわずかな庇う動き。

『空間把握』がその筋肉の緊張から核の隠し場所を割り出していく。

(右胸の奥。心臓の裏側か!)

知識と経験、そして研ぎ澄まされた感覚を総動員し、凛は二発目の『虚空穿』を放つ。

――ズンッ。

魔物の右胸が直径30センチほどの空洞へと変わる。

しかし、核はない。わずかに逸れたようだ。

バリアントが狂乱の叫びを上げ、周囲の壁を粉砕しながら突進してくる。

凛は三発目を放った。今度は逸れた位置から逆算し、さらに奥へと定義を広げる。

――ガシュッ。

魔物の腹部が大きく削れる。

核を掠めた感触があった。魔物の動きが止まり、濁った瞳に恐怖の色が混ざる。

(捉えた! 次が最後!)

魔素残量は53。

これが、本当に最期の一撃。

凛は、残された全ての精神力を集中させ、魔物の、その存在の中心へと、最後の一閃を放つ。

『 虚空穿(こくうせん) !』

魔物の胸の正中線、その深奥が完璧な虚無へと回帰する。

そこには、赤黒く光る巨大な魔石が在った。

「つっ!」

凛は空間をわずかに歪め、その魔石を虚無の断面から強引に自らの手元へと引き寄せた。

『個体名:バリアントの消滅を確認。魔石を回収しました』

凛の脳内アナウンスが冷酷に勝利を告げる。

巨大な魔石を手にした凛はその場に力なく膝をついた。魔素は完全に尽き、視界は真っ白に染まっていく。

「如月!」

大輝の声が遠くで聞こえた。

静寂を取り戻した第三階層の通路に、如月凛が命を懸けて勝ち取った、あまりに巨大な勝利の証だけが冷たく、そして美しく輝いていた。