呪いとともに生きている
作者: 伽藍
本文
ヴェラ・ジェンクス伯爵令嬢の婚約者であるウィンストン・ディケンズ伯爵令息は、美しい見た目や次期伯爵という地位の高さも相まって、同年代の令嬢たちから非常に高い人気を誇る令息だった。
実際にヴェラの眼から見ても、ウィンストンと婚約できたのはそれなりに幸運であると言えた。性格は穏やかで成績は優秀、周りの友人たちが羨むような婚約者である。
とはいえヴェラは、ウィンストンが非の打ちどころのない令息かと言えばそうではない、と思っていた。
「――ウィンストン様」
ほら、きた。
話題のカフェでウィンストンと向かい合って婚約者として交流していたヴェラは、あからさまではないにしても焦った顔の侍従がウィンストンに耳打ちしたのを見て内心で舌を出した。
侍従から何ごとかの報告を受けたウィンストンが顔色を変える。それからヴェラをちらと見て、ウィンストンは申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ごめんね、ヴェラ。ちょっと急用が入ったから、これで失礼するよ」
「……また『病弱な妹君』ですか? ウィンストン様」
自分で思っていたよりも刺々しい声が出て、ヴェラは内心で驚いた。その声音を聞いた途端に、ウィンストンが視線の温度を下げる。
「そうだよ。婚約をする際に義妹デイナの存在は説明してあるのだから、文句を言われる筋合いはないと思うけれど」
「そうは申しますが――」
はあ、とヴェラは嘆息した。自分で思っていたよりも鬱憤が溜まっていたのだ、とヴェラはそのときになってようやく自覚した。
「すでに、ウィンストン様の義妹君であられるデイナ様がご理由でお約束を反故されるのは連続で五回目です。少しは婚約者であるわたくしを優先して頂いてもよろしいのではありませんか」
「これも最初に言ったけれど」
ウィンストンも声音を刺々しいものに変えた。
「わたしには病弱な義妹がいて、どうしてもデイナが最優先になることは最初に説明している。わたしもあなたも伯爵家なのだから、権力を盾に婚約を無理強いした覚えもない。互いに納得済みの婚約だと思っていたけれど、違うのかな」
「それは、その通りですが」
「だったら口を挟まないでくれ。デイナは可哀想な子なんだ」
切り捨てるような口調で吐き捨てられて、ウィンストンが立ち上がった。
ヴェラは内心で慌てた。ウィンストンは同年代では最も将来的な地位が約束されている令息で、本人が多少の問題を抱えていたとしても婚約者になりたい令嬢は掃いて捨てるほどいるだろう。
考えて、ヴェラは口を開いた。
「では、わたくしもデイナ様のお見舞いをしても構いませんか?」
噂の『病弱な妹君』の顔を拝んでやろう、と考えたのだった。
近ごろの世の中には色々な通俗小説が溢れていて、自分をか弱く見せて男の心を擽る女の話というのも読んだことがあった。デイナもきっとその類いだろう、と思ったのだ。
ならば、化けの皮を剥いでやれば良い。
元はディケンズ伯爵家の遠縁の男爵令嬢だというデイナを義兄のウィンストンが自分の婚約者よりも優先しているという状況は、どう考えても健全ではない。そのようにウィンストンを誘導している義妹とやらは、きっとろくでもない女だろう。
ヴェラの提案に、ウィンストンは考えているようだった。直前のヴェラの発言から、ヴェラへの心証が下がっているのだろう。
断られそうな気配を察して、ヴェラは言いつのった。
「お体が弱くお屋敷に籠もりきりのようですから、きっとお気が滅入っておられるでしょう」
ヴェラはにこりと笑って、さも親切のように言った。
「同性でなければわかり得ないお話というのもございます。少しは気晴らしになるかと思いますが、いかがですか」
ウィンストンと、話を持ってきた侍従は顔を見合わせて困惑していた。何ごとかを相談して、ウィンストンが苦い顔で頷く。
「一度わたしの両親と、デイナに確認してみよう。いずれにせよ今日のデイナは体調が悪いから、今日はもう解散にさせてくれ」
デイナに対するヴェラの心証はすでに最悪だった。だから、その体調不良とやらもどこまで本当かしら、とヴェラは内心で毒づいた。
けれどそんな内心をどうにか押し隠して、ヴェラは頷いたのだった。
果たして、数日後にヴェラはディケンズ伯爵家に招かれることになった。
婚約者という関係でありながら、ヴェラがディケンズ伯爵家を訪うのは初めてのことだった。騒がしいとデイナが落ち着かないから、とずっとウィンズトンにやんわりと拒まれていたのだった。
お屋敷の中は落ち着きなく、ヴェラが到着してからもヴェラは随分と待たされることになった。デイナ本人が出迎えることもなく、ウィンストンは忙しなく動き回っている。
ややあって、微妙な顔をしたウィンストンがヴェラを呼んだ。
「デイナが呼んでいる。会うそうだ」
生粋の伯爵令嬢であるヴェラに対して、デイナは元男爵令嬢である。
だからヴェラは、内心でひっそりと苛立つことになった。自分よりも身分の低い令嬢が何様のつもりだろうか、と思ったのだった。
ウィンストンに案内されたのは、お屋敷の随分と奥まった場所だった。困惑して、ヴェラが問いかける。
「ウィンストン様、どちらに向かっているのですか」
「デイナの寝室だよ」
何でもない顔で答えを返されて、ヴェラは思わず立ち止まった。
振り返って、ウィンストンが怪訝げな顔をする。少しだけ苛立ちを堪えたような表情だった。
「応接室ではないのですか」
「デイナがそんな場所にまで出られるわけがないだろう」
何を言っているのか、と当たり前のような顔で、ウィンストンは今度こそ苛立ちも露わに吐き捨てた。
「デイナは病弱だと何度も説明していたのに、あなたは何を聞いていたんだ」
さっさと歩き出したウィンストンを、ヴィラは慌てて追いかけた。
奥に進むほど周囲の気配は静かになっていく。心なしか、通りがかる使用人たちも息を殺しているようだった。
ややあって、ヴィラは何かを嗅ぎ取った。ツンとした、鼻をつくような異臭だった。
ヴィラは迷った。一般的に、他人や他家の匂いを指摘するのは避けるものだ。迷いに迷ってから、いずれ自分はこのお屋敷の女主人になるのだから、という思いで口を開く。
ヴィラが声を出すよりも早く、ウィンストンが一つの扉の前で立ち止まった。手ずから数度ノックする。
「デイナ、」
ひそりとウィンストンが声をかけた。ひどく優しく、穏やかな声だった。
「デイナ、起きているかい。わたしの婚約者を連れてきたよ」
扉の向こうから声は聞こえなかった。声の代わりに、ちりん、と一度だけ鈴のような音がした。
そっと、いたわるような調子で、ウィンストンが扉を開ける。
その途端に質量を感じるような異臭が広がって、ヴィラは思わず口元を押さえた。この匂いはいまウィンストンが前に立っている部屋から広がっているのだ、と気づいたのだった。
ウィンストンは何でもない顔をしていた。嗅覚が麻痺しているのか、単純に堪えているのか、それすらも表情から読み取ることができなかった。
「入って良いかい、デイナ」
ウィンストンからの問いかけに、ちりん、ともう一度鈴が鳴った。ウィンストンが一つ頷いて、ヴィラを手招く。
立ち尽くしているヴィラを見とがめて、ウィンストンが顔を歪めた。キツい口調で咎める。
「何をしている、ヴィラ」
ちりんちりん、と二度鈴が鳴った。慌ててウィンストンが部屋の奥を振り返る。
「ごめんね、デイナ。喧嘩をしているわけじゃないんだよ」
何回か呼吸を整えてから、ヴィラはウィンストンに続いて部屋に踏み入った。
寝台の上には、死体が転がっていた。
ぎょっとしてから、ヴィラは気づいた。違う、生きている。死体と見まごうような姿だけれど、生きている。
部屋の窓は限界まで開放してあった。それでも換気が追いつかなくて、部屋の匂いが廊下にまで漂っていたのだ。
その強烈な匂いが何なのか、ヴィラはもう思い出していた。ヴィラはそんな匂いを嗅いだことがあった。
死ぬ前のひとの匂いだ、と思った。ちょうどヴィラの曾祖母が重い病を得て亡くなる前に、曾祖母はこんな匂いを発していた。
もう終わった人間の匂いだ、と思った。
「紹介するね、デイナ」
穏やかな声で、ウィンストンは寝台に転がった枯れ木のような小さな体に声をかけた。
「わたしの婚約者のヴェラだ。ジェンクス伯爵家のご令嬢だよ」
ちりん、と一度だけ鈴が鳴った。よく見れば寝台の上の人物の手元には鈴があって、彼女はその鈴を鳴らしていたのだった。
「起こすよ。起きられる?」
ちりん、と鈴が鳴った。
ほとんど死体のような、人間であれば誰しも触れるのを躊躇ってしまうような体を、ウィンストンは厭う様子もなく抱き起こした。ぞろ、と長い髪が蠢く。
ヴェラは、デイナのことを美しい少女なのだろうと思っていた。いかにも男心を擽るような、儚げな美少女なのだろうと、ずっと思い込んでいた。
けれどこうして相対したデイナは、とてもではないが美しいとは言えない少女だった。年齢はヴェラたちよりも二つ年下の十六歳だと聞いていたが、説明されなければ老婆のようにも思ってしまうだろう。
肌は白いや青いを通り越して黒ずんでいる。もう風呂に入ることもできていないのか、拭いきれなかった垢がところどころにこびり付いているのが見えた。
年頃を考えれば信じられないほど薄い髪だった。ほとんど地肌が見えている。それが病によるものなのか、何かしらの薬の副作用なのか、ヴェラには判らなかった。
少女が、恐らくはデイナが、口を開いた。歯はボロボロに欠けていた。繰り返す嘔吐で歯が耐えられなければこんな具合になるだろう、といった様子だった。
「お見苦しい、ところを……」
がさがさに掠れた、聞き取りづらい声だった。ウィンストンが必死に耳を傾けている。
「申し訳、ご」
そこまで言ったところで、デイナは口を噤んだ。何度か喉が上下したので、咳き込むか吐き気のどちらかを堪えたのかも知れない。
慌ててウィンストンが水を飲ませて、それでようやく、デイナは少しだけ落ち着いたようだった。
ふっと眼を細める。微笑みかけているのだ、と気づくのに時間がかかった。
「初めまして、ヴェラ様」
喉が慣れたのか、最初よりは随分とマシだった。それでも年頃の少女とは思えない、聞き取りづらい声だったけれど。
「お会い、……できるのを、楽しみ、に、して、……おりました」
区切りながら、呼吸を整えながら、デイナはそう声をかけた。
ヴェラは言葉を失って、もう何を返したら良いのか判らなかった。さぞ悪辣な女だろうと身構えていたら、それが見るからに死にかけの少女だったのでどうしたら良いのか判らなかったのである。
ウィンストンはもうヴェラに興味がないのか、一心にデイナを見つめていた。デイナの口の端から垂れた水か唾液か判らないものをそっと拭ってやっている。
「今日は随分と具合が良いね」
機嫌の良いウィンストンの言葉に、デイナは唇の端だけでほんの少し微笑んだ。
「お義兄様、の、……お気遣い、の、……お陰、です、わ」
ウィンストンに話しかける、その一瞬だけ、デイナは死にかけの老婆ではなく年頃の少女に見えた。
それで、ヴェラは察してしまった。
同じ女として、デイナが義兄ではなく男としてウィンストンを愛していることを察してしまったのだ。それくらいデイナはあからさまだったし、隠す気もないように見えた。
デイナがさぞ悪辣な女だろうというヴェラの考えは、正しい予想だったのだ。
「ふた、り、で……」
ヴェラは言いかけて、ふと口を閉ざした。途中で痰が絡んだようだった。
ウィンストンに支えられながら数度水を口に含んで、ひそりひそりとデイナは何ごとかを口にした。それがヴェラには聞き取れなかったけれど、ごく近い距離にいたウィンストンだけには聞こえたようだった。
デイナの言葉を理解したウィンストンは、微妙な顔をしてヴェラを振り返った。
「デイナが、ヴェラと二人で話したいそうだ」
デイナにかける声とは全く違って、ウィンストンのヴェラにかける言葉は僅かに威圧的だった。まさか断らないだろうという圧を感じる声を咎めるように、デイナがちりんちりんと二度鈴を鳴らす。
途端に、ウィンストンは困ったように眉尻を下げた。
「違うんだよ、わたしとヴェラは仲良しだとも」
結局のところ、デイナの思うとおりになった。ウィンストンは退室し、一人では起きていられないデイナは控えていた侍女に支えられることになった。
寝台の上からヴェラを見上げて、くす、くす、とデイナは笑った。
「さぞ、わたく、しの、ことを……」
途切れ途切れに、お恨みでしょう、デイナは言った。嘲るような声だった。
死にかけていても、どれほど醜い姿になり果てていても、デイナは恋をした女だった。ウィンストンに恋をした女として、ウィンストンの婚約者であるヴェラを敵と見定めていた。
「も、とは、」
そこまで言いさして、デイナはか細い呼吸を繰り返した。体力を使い果たしたのかも知れなかった。
それでも言葉を続けたのは、デイナの意地だったのかも知れなかった。
元は自分がウィンストンの婚約者になるはずだったのだ、とデイナは言った。デイナは非常に優秀で、しかもウィンストンの両親とデイナの両親の仲が良かったので、二人が婚約するのは幼い頃からほとんど決まったことだったのだ、と。
それが本当のことなのか、デイナの嘘なのか、ヴェラには判らなかった。ただデイナは政略ではなくウィンストンを愛していたのだ、というのだけは判った。
けれど、その婚約は果たされないことになる。デイナに重い病が見つかったからだ。それは魔力回路に起因するもので、病が判明したときには魔法医術師でも手の施しようがない状況だった。
デイナはもともと男爵令嬢で、デイナの医療費は男爵家に重くのし掛かった。デイナを一分一秒でも長く生かすためだけに、ディケンズ伯爵家はデイナを養女として引き取ったのだった。
「い、……もうと、……じゃ、なくて、」
お嫁さんが良かった、とデイナは言った。ウィンストンの義妹ではなくて、デイナはウィンストンの婚約者になりたかったのだ。
ひた、とデイナがヴェラを見据えた。あちこちが死に体なのに、彼女の瞳だけは力強く、まるで若い少女のようだった。
そしてデイナは、ひそりと笑った。
一つ、呼吸する、二つ、呼吸する。何度も何度も息を整えて、そうやって長い時間を費やしてから、デイナはひと息に告げた。
「あなたを、ウィンストン、様の、婚約者、に、……提案したのは、わたくし、です」
嘲るような、それは死にかけた女からの勝利宣言だった。
「あなたの、……領地では、多く、の、……薬草が、育てられる」
きっと、とデイナは微笑んだ。
もともとディケンズ伯爵家は頭脳に優れた一族である。きっと、ウィンストンは治療薬の研究をするだろう。
これから死にゆくデイナを殺した病を治すための薬の研究をするだろう。ヴェラの生家であるジェンクス伯爵家で生産される薬草を、ヴェラと婚約したことによって手に入れた販路を利用して、デイナと同じ病に苦しむ人びとのために使おうとするだろう。
デイナが死んでからも、ヴェラと婚約すればウィンストンは一生をデイナに縛られ続けることになるのだった。
「あなたも、……ウィンストン、様が、お好き、……なのね。だから、わたくしとウィンストン、様が、……お憎たらしい、のだわ」
ふふ、とデイナは笑った。最初にヴェラが想像したように、悪辣な女そのものの表情で。
「ウィンストン様、は、わたくしの、もの」
病弱な、可愛らしい義妹とはかけ離れた顔で、デイナは嘲った。
「わたくしの、愛する、ウィンストン、様……」
ほとんど夢見るように、デイナは嘯いた。死にかけた少女の、それは本当に夢なのかも知れなかった。
ほんの一瞬だけ、病など知らないただの少女のように、デイナは囁いた。
愛を伝える同じ唇で不幸を願う、それは呪いのようだった。
「どうぞ、わたくしのために、ずーっと不幸でいてくださいませ」
***
デイナが亡くなったのは、ヴェラがデイナと話をした三日後のことだった。
デイナの話を聞いたあとも、ヴェラはウィンストンとの婚約を続けた。近いうちに死ぬだろう少女を愛する男との生活と、次期伯爵である男との生活を天秤にかけて、利益を取った形だった。
正直なところ、デイナの話が本当である確証はなかった。だからヴェラは、ウィンストンにヴェラとの婚約を勧めたのが本当にデイナであるのかを訊いてみた。
「そうだよ、デイナはそんなことまで君に話したんだね」
ウィンストンの声音は固く、面白くないと思っているのが明らかだった。なので、ヴェラはそれ以上の問いを飲み込んだのだった。
デイナを喪ったウィンストンは、しばらく抜け殻のように生活していた。まるで心の大半を持ち去られてしまったようだった。
頻繁に体調を崩すデイナがいなくなったので、ウィンストンがヴェラとの約束を反故にすることはなくなった。ウィンストンがヴェラを愛することはなかったけれど、ヴェラを極端に軽んじることもなくなったので、ヴェラはひとまずそれで良しとしたのだった。
デイナが死に際に予言していた通りに、ウィンストンはデイナを殺した病の治療薬の研究に没頭した。伯爵家の仕事をする以外の空き時間のほとんどをウィンストンは研究につぎ込んだので、ウィンストンとヴェラの生活は極めて淡泊なものだった。
そうしてデイナの死から三十年以上の時間をかけて、ウィンストンは特効薬を開発することになる。
特効薬を開発したウィンストンを、人びとは口ぐちに褒めそやした。開発された特効薬は、デイナを殺した病だけではなく魔力回路が起因である他のいくつかの病にも効くことが判って、それによって多くの人びとが救われたからだ。
ディケンズ伯爵家は侯爵家に陞爵になって、周囲の貴族たちはウィンストンの妻であるヴェラを羨んだ。
「非の打ちどころのない旦那様で、羨ましいわ」
そのたびに、ヴェラは曖昧に微笑んだ。ウィンストンが決して非の打ちどころのない男ではないことを、ヴェラは知っていた。
ウィンストンの心は、もう三十年も前に死んだ義妹に持ち去られたままだ。若い頃は歩み寄ろうとしたこともあったけれど、きっともう戻ってくることはないのだろうと諦めている。
ウィンストンは妻であるヴェラを尊重したし、子どもたちを愛した。けれど狂おしいほどの恋心は、もうずっとずっと昔にデイナに捧げたままなのだった。
死ぬ間際に、デイナは呪いを残した。ヴェラから見てその呪いはウィンストンを幸福にもしたし、不幸にもしたように見えた。
きっと屈辱だっただろう、とヴェラは思った。
病み衰えた姿を愛する男であるウィンストンに晒すのも、恋敵であったヴェラに見られるのも。そんなことに思いを馳せられる程度には、ヴェラは年を重ねていた。
それでも、無様でも、どれほど屈辱であっても、デイナはウィンストンの心に呪いを残すことを選んだのだ。
デイナの体は死に向かっていても、心だけは死んでいなかった。デイナが恋に恋をするような年頃の若い少女でなかったなら、きっとここまでの情熱をウィンストンに捧げることはなかっただろう。
短絡的で、愚かで、悪辣で、最悪な女。デイナが生き延びていたって、きっとヴェラとは仲良くなれなかった。
それでも、デイナは勝ったのだ。自分の命でもってウィンストンの心に決定的な傷と呪いを残したデイナに、ヴェラは負けを認めるしかなかった。
これからもウィンストンは、呪いとともに生きていく。それこそが、デイナが生きた証なのだった。