軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

06.お姉ちゃんに従ってくれるかしら?

食堂の隅には、私が半分に叩き割ったテーブルの残骸が追いやられ、代わりにどこかの部屋から運ばれた小さな木の机が、ぽつんと中央に鎮座していた。

その粗末な机には不釣り合いな、豪奢な椅子が四脚。

三つの椅子には、父と継母、それに義妹のフルールが身を寄せ合うようにして座り、何かを口にしていた。

「お、お姉ちゃん……」

そう呟いたフルールの手には、ほとんど膨らまず、表面に艶もない、ただ火に炙られただけの小麦粉の塊が握られている。

「ど、どうぞ……っ」

私の姿を見るなり、父と継母が弾かれたように立ち上がった。

父が私の椅子を 恭(うやうや) しく引き、継母が震える手で皿とカトラリーを並べる。そして大鍋から、顔色を窺うようにしてスープをよそった。

私は、それら全てが酷く億劫になり、能面を貼りつけた人形のように大人しく彼らに従った。

目の前の皿に置かれたパンを千切ろうとしたが、石のように硬くて指が沈まない。仕方なくそのまま齧ると、ガリリ、と嫌な音が鼓膜に響いた。

表面は焼いた粘土のように強固なのに、中は生焼けでねっとりしていて、不快な塊が舌に絡みつく。

「……まずいわね」

ハァと零れたため息と同時に、溢れ出した魔力がテーブルのスプーンを弾き飛ばした。金属が床を叩く無機質な音に、家族は何かを思い出したのか、戦慄して顔を引きつらせた。

「ごめんなさい……っ」

継母とフルールが、僅かに目尻を濡らして小さな声で謝罪した。

私は二人を一瞥してパンを皿に戻すと、次にスープを口に運んだ。野菜の切り方は不揃いだが、こちらは時間をかけて煮込まれており、最低限、食べ物としての体をなしている。

「これは最低限飲める代物になっているわね。誰が作ったの?」

「あ、ありがとうございます! 私が作りました!」

父がまるで厳しい教官を前にした新兵のように背筋を正し、ひっくり返った声で応えながら勢いよく頭を下げた。

その後、私たちは四人で、不格好な食卓を囲んだ。

誰一人として口を開かない。カトラリーが皿を擦る神経質な音と、硬いパンを削り取るような咀嚼音。それだけが、壊れた食堂に皮肉なほど厳かに響いていた。

質素な食事を終えても、彼らは席を立たない。

よほど 私の不在(あの四日間) が堪えたのだろう。

見捨てられたら敵わないと、主人の機嫌を窺う忠犬のように私の次の一言を待っている。

この数日。

私は久しぶりに、自分のためだけに未来を考えた。

家族を切り捨ててしまおうか。

全てを放り出して、どこか遠くへ逃げてしまおうか。

でも、私は――。

結局、この領地や家族を見捨ててまで、行きたい場所もやりたいことも何一つ持ち合わせていないのだ。

私に残っているのは、ウォルジー伯爵家の長女という空虚な存在意義だけ。

私はどこまでいっても、『お姉ちゃん』という役割を演じることでしか、この世界に立っていられない。

だから、私は決めた。

「私は、この家の長女ですから。……この屋敷に残りたいのであれば、今からあなたたちの『役割』を言い渡します」

「や、役割……?」

「ええ。ウォルジー伯爵家に役立たずは要りません」

冷静な通告に、継母がヒュッと息を呑む。まるで何度もそう言われたことがあるかのように。

その瞳にこれまでの傲慢さは微塵もなく、ただ明確な怯えの色が浮かんでいた。

「お姉ちゃんはもう、あなたたちの 便利な道具(いいなり) にはなりません」

「お父さまは、その水魔法を活かして、新しいワインの開発担当になってもらいましょう」

「え、私にそんな……そもそも魔法を仕事に使うなど聞いたことは……」

私はフォークを持った指先で、テーブルの上のコップから音もなく一筋の水を吸い上げた。

水は空中で風魔法と混ざり合い、瞬時に冷却されて氷の針へと姿を変える。フォークの先をわずかに動かせば、氷の針は父の喉元を、獲物を弄ぶ肉食獣の牙のようにじりじりと追い詰めた。

「できないの? ……おかしいわね。家事のついでに独学しただけの私ですら、これくらいは造作もないのだけれど」

「ひぃ、……はい! できます! できるように、なります!」

「お継母さまは、お持ちのドレスを使って、家格の低い令嬢たちのためのレンタル店を開きましょうか。新聞で読んだのだけど、隣国で大成功したらしいの。この国では先駆者になれるわ」

「な、何を勝手な……! 私のドレスは宝物なのよ!」

私は、継母の皿に残ったパンに視線を走らせた。

顎をわずかに引いた瞬間――パシュッ、と小気味よい音が食堂に響く。

鉄のように硬かったパンは、即座に均等なサイコロ状に分解され、皿の上でバラバラと散らばった。

「……野菜のみじん切りは得意なの。それこそ、繊維一本分まで正確にね」

「あ……」

「大好きなドレスに囲まれて過ごせるという私の気遣いを、 無碍(むげ) にするのですか? ……ふぅん。なら、あのお洋服は後で全部切り刻んで雑巾にしておくわ。それからお継母さまは、ご実家にお帰りくださ……」

「……や、やります! 喜んでやらせていただきますわ!」

「フルール。……貴女の『緑魔法』は、今のままでは一銭の価値もないわ。まずは教会で一般教育を受けつつ、空いた時間で領内の果物の品種改良を担当しなさい」

「何ですって! お花を咲かせられる魔法の素晴らしさがお姉さまにはわからないのね!」

「一番可能性を感じているのは洋梨かしら。川沿いの開拓が進まないの。どうやら私がいない間にお庭を随分と素敵な魔境にしてくれたようだけど、あれだけの力があるなら、果実を実らせ、美味しく育てることくらい容易でしょう。……やりなさい」

「な……なんで、お姉ちゃんに指図されなきゃいけないのよ……!!」

フルールが椅子を蹴飛ばし、拳を握りしめて立ちあがる。両親がはらはらと見守るのを横目に、私は彼女を一瞥して、小さくため息を吐いた。

「それは、私がウォルジー伯爵家の当主だからです」

「当主? 当主はお父さまでしょう……?」

「お父さまが当主であったことなど、ただの一度もありません。私は昨日、十八歳の成人を迎えました。父が投げ出した職務を埋めるための『代行』という仮初めの立場を終え、名実ともにこの家の当主となったのです」

その言葉に、父と継母は狼狽の色を隠せず、おずおずと顔を上げた。私の誕生日と年齢を、ようやく思い出したのだろう。

「そんな……嘘よ……」

混乱したように目を泳がせるフルール。

彼女だけは、この家の真実を初めから何一つ知らなかったのだ。

両手を口元に寄せ、ぶつぶつと呟く彼女は憐れだった。

両親はフルールを慰めるでも諭すでもなく、自分たちの身の振り方に手一杯で、ただ狼狽える娘を茫然と見つめることしかできない。

私は三者三様の家族を見渡した後、一度目を閉じて、深く息を吐いた。

「……文句があるのなら、出て行けばいい」

私は、一切の感情を剥ぎ落とした声で、逃げ場を塞ぐように言葉を置いた。

食堂が重く、しんと静まり返る。

「でもね。もし、これからも我が家の一員でいたいのでしたら」

私は四日前に真っ二つにしたテーブルの残骸へ、優雅に指先を向けた。

パチンと指を弾く音と共に、シュッと鋭い裂断音が幾重にも重なる。

かつて机だったものは、四方八方から交差した不可視の刃によって一瞬でその形を崩され、跡形もない塵へと変貌した。四日間の休息によって、今の私は十分すぎるほど魔力がみなぎっている。

パラパラと、雪のように降り積もる木屑の音を聞きながら。

私は貴族らしく、完璧で温度の宿らない微笑を浮かべ、しなやかに小首を傾げた。

「お姉ちゃんの言うことに、従ってくれるかしら?」