軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24.王太子殿下は視察へ向かう

クラウディアには心配ないと言いつつも、シルヴェスターは一つ隠していることがあった。

暴動を扇動したと思われる工作員が、未だ捕まっていない点だ。

しかし安全が保証されているのは嘘じゃない。

馬車で移動中の今も、隣にはトリスタンが、正面には行政官が座り、馬車の周りは護衛騎士によって守りを固められていた。

「いつも眺めているハンカチって、もしかしなくてもクラウディア嬢お手製のものですか?」

「あぁ、出立前に贈られた。トリスタンはルイーゼ嬢から贈られていないのか?」

「はっ!? え!?」

あれだけ親密な雰囲気を作っておきながら、周囲にバレていないと思っている幼馴染みを嘲る。

トリスタンは、耳を自身の赤毛と同化させた。

「ディアも気付いているぞ」

「いや、えーと、ルイーゼ嬢とは、まだそんな関係じゃないんです」

「私とディアのことなら、ルイーゼ嬢も知っているだろう? 何に遠慮している?」

「遠慮しているというか、えーと……」

「油断していると、第三者にかっ攫われるぞ。私の婚約者候補であるとはいえ、心は自由なのだからな」

「うぐっ」

婚約者候補の期間中は、他の男も手を出せないと思ったら大間違いだ。

(相手が男とも限らないのが、一番頭の痛いところだが)

仲睦まじい婚約者と婚約者候補の姿を思いだす。

やはり誓いには、女性との接触も入れるべきだったと、後悔ばかりが募る。

ハンカチに刺繍された黒のパンジーと青い鳥を見て、気持ちを落ち着かせた。

(私を思って、とは可愛らしい一面だな)

目を閉じれば、いつでも緩やかなクセのある黒髪と、青い瞳が浮かんでくるというのに。

――キツい目元が、和らぐ瞬間が好きだった。

イタズラに、誘うような眼差しも、胸を熱くさせられる。

たおやかな白い肢体に意識が行きそうになったところで、軽く頭を振った。

今はそれどころではない。

正面に座る男を見る。

最近、直轄領に配属されたばかりの行政官は、面長で目の下にはクマがあった。

肌は色白を通り越して青白く、痩身と相まって不健康そうだ。

けれど実際は健康で、能力も高いというのだから、人は見た目で判断できない。

暴動が未遂で終わったのも、彼の功績によるところが大きかった。

「まだ工作員の足取りは掴めないままか」

「申し訳ありません。新参者という情報を元に、ローラー作戦をおこなっていますが、結果は芳しくありません」

「痛いところを突かれたな」

聞き込みの結果、煽動をおこなったとみられる工作員は、王都からやって来た孫を名乗る新参者だった。

王弟滞在という厳戒態勢の中でも、身内だから転居を許されたと。

そして事実、港町の年老いた住民には、王都に息子夫婦と暮らす孫がいた。

特徴も一致しており、祖母にあたる住民でさえ、偽物と見抜けず同居を許していたという。

王都へ照会をおこない、やっと孫は王都から出ていないとわかったのだ。

「港町ブレナークでは、商才さえあれば裕福な暮らしができますが、昔ながらの漁師など、蓄えのない住民の子ども世代は、王都への憧れが尽きません」

王家直轄領である港町ブレナークは、他国との流通の拠点であり、決して貧しい土地ではない。

しかしそれ故に、商人の出入りが激しく、他の領地と比べて王都の煌びやかな情報が次々と入ってくる。

潮風厳しい田舎より、都会に若者が憧れるのは、どうしようもなかった。

そんな若者の大半は王都へ移住するも、夢破れて出戻ってくる。

上手く王都で定住できたとしても、日々の生活でかつかつで帰省する余裕はない。

今回工作員が隠れ蓑として選んだのは、そういう家だった。

「普段、手紙でしか家族の近況をやり取りしていなければ、騙されても仕方ありません。事前に対象となる家庭の情報は集められているでしょうから」

「こればかりは防ぎようがないか……」

「王都住まいの家族へ、予算を付けて帰省を促すのはどうですか?」

顔を合わせていれば、騙されることもないだろうとトリスタンは言う。

シルヴェスターは、そんな幼馴染みの頭を軽く小突いた。

「現在、王都在住の住民の多くが、地方から出てきている。提案するからには、莫大になるであろう予算の捻出先も考えているのだろうな? しかも子どもは成長する。帰省は定期的に促す必要があるぞ」

「えーと……すみません、考えてませんでした」

「着眼点は悪くない。予算の面で実現はできないがな。どうすれば遠方に住む親類が騙されずに済むかは、引き続き検討していこう」

工作員が入り込む余地は、可能な限りなくしたい。

問題はそれだけではないのだ。

「侵入ルートもまだ不明か」

「王弟殿下の滞在にあたり、陸海の関所という関所は、厳戒態勢を敷いています。特に王家直轄領は役人の意識も高く、賄賂は通用しません。商人たちも細心の注意を払っている状況下で、侵入ルートが最大の謎です」

工作員が商人を装ったり、物資に紛れ込むのはよくある話だ。

有らぬ疑いをかけられて商売を止められぬよう、商人は役人以上にピリピリしていた。

「隠れて出入りできるなら、もう逃げられているだろう」

「だとしても色白なら、すぐに見つかっても良さそうですけどね」

トリスタンが憮然と呟く。

工作員の上手いところは、ハーランド王国の中でも焼けた肌色が多い港町に、さも王都生まれだと言わんばかりの色白で現れたことだ。

悪目立ちしそうだが、雑多な町に紛れてしまえば、肌の色を気にする人はいない。

それでもいざ焦点を当てて探せば、見つけやすい条件のはずだった。

「色白でなくなっているのかもな」

絵の具でも何でもいい。

服から出ている部分さえ色を塗れば、肌の色は変えられる。

念のため、と行政官が補足する。

「ローラー作戦では主に、新参者、見慣れない住人がいないかで調査をおこなっています。肌の色には固執していません」

「うむ。しかし腑に落ちぬ……何故このタイミングで、新しい工作員を送った?」

立案者の意図がわからなかった。

シルヴェスターの言葉に、行政官が続く。

「タイミングとしては悪くありません。むしろ暴動を起こせるなら、これほど宣伝力のある機会はないでしょう」

他国の王族が滞在中という厳戒態勢にもかかわらず、王家直轄領で暴動が起きる。

これほどセンセーショナルなことはない。

王家の権威を失墜させたいものにとって、得がたい好機だ。

「現に失敗している通り、分の悪い賭けだがな」

厳戒態勢は伊達ではないのだ。

けれど入念に準備されていたなら、もう少し事は上手く進んだかもしれない。

「工作員は、短くとも数年は潜伏させるのが常套手段だろう?」

普通に生活させ、長い年月をかけて住民から信頼を得る。

現に、王都での情報収集はそうやっておこなわれているはずだ。

今回の工作員は上手く入り込んだものの、住民たちの疑念を拭い去ることはできなかった。

だから行政官は情報を得て、暴動を未然に防げたのである。

トリスタンが頭を捻る。

「ラウル殿下の留学は急に決まったことです。潜伏させる期間がなかったんじゃ?」

「留学は急でも、訪問は前々から予定されていた。留学も話には出ていたからな。期間がなかったのなら、決行しなければ良かったのだ」

にもかかわらず、リスクの高い作戦はおこなわれた。

(行動することに意味があったのか? 失敗は既定路線だった?)

逃げ道が確保されているなら、あり得る話だ。

王家直轄領で何かあれば、必ず王家の耳に入る。

シルヴェスターたちの手を煩わせたかっただけかもしれない。

何にしても許せる話ではないが。

(甘く見られたものだ)

失敗が前提だったとしても、ハーランド王国の、それも王家直轄領で勝手ができると思われているのだから。

気を抜くと眉間にシワが寄りそうになる。

窓から外を眺めると、ちょうど目的地に着いたようだった。

港町ブレナークでも内陸に位置する、この場所の名はグラスター。

ハーランド王国はじまりの地であり、シルヴェスターとラウルがはじめて顔を合わせた地でもあった。