軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

23.選手は未来を夢想する

王国騎士団の中から、フットボールの選手を選ぶと聞いたときは耳を疑った。

しかし王太子による発令は正式なもので、騎士団が若干ざわついたのは否めない。

(最初は道楽かと思ったよなぁ)

フットボールは所詮、ボール遊びである。

政治との繋がりが全く見えなかった。

そこへ現れたのが、運営を任されたリンジー公爵家の嫡男だった。

王太子の婚約者の兄でもある。

社交界で氷の貴公子と呼ばれるまま、まとう雰囲気は冷たく感じられた。

フットボール経験者や適正のある騎士が集められた場で鋭い視線が向けられ、人知れず息を呑む。

「今日は諸君らに、リーグ戦を開催する理念と意義を伝えにきた」

地方から人を集め、試合をおこなう。

真っ先に頭に浮かんだのは、参加経験のある武芸試合だった。

貴族たちが名誉をかけてお抱えの騎士団をぶつけ合う。

一か所に集めて試合をするのも同じだ。

(だけど、あれで喜ぶのは貴族と騎士だけだ)

観客のほとんどが貴族で、平民も貴族と繋がりがある富裕層のみ。

滞在先は賑やかになるため、一定の経済効果はあるだろう。

フットボールでも、限られた人間たちが楽しむだけではないか。

その考えが変わったのは、「難民」というフレーズが出てきたときだった。

王国騎士団のほとんどは、貴族の中でも家督を継げないものが志願する。

訓練は大変だが、苦労する分、騎士には、自分たちの手で国を守っている自負と誇りがあった。国民もそれを理解し、人前に出れば憧憬を抱かれる。

家を出たからといって、実家との繋がりが途絶えるわけでもない。

騎士たちの多くは、領地で起こっている問題を耳にしていた。

最近の筆頭は、領民と難民の軋轢についてだった。

「フットボールは、ボール一つあればできる遊びだ。そこに領民と難民の垣根はない」

看過できないのは、安全が確保されていない点だった。

リンジー公爵令息は、リーグ戦を通してそれを塗り替えるという。

「領地でクラブをつくる未来を想像してほしい。自分たちの生活区域の選手たちに、愛着を持たない者がいるだろうか。彼らの試合に、一喜一憂しない者がいるだろうか。これにもまた領民と難民の垣根はない」

理想だ、と思った。

領民と難民が抱える問題は、フットボール一つで解決できるほど、生易しくない。

(でも、なんで、こんなに胸が熱くなるんだ?)

自分が知っているだろうか。

フットボールの楽しさを、熱中する感覚を。

一緒にプレイする仲間だけでなく、観ているだけの外野とも、気持ちを一つにできる瞬間があることを。

心が沸き立ち、背中がゾクゾクする。

「諸君らが命を賭して守るシルヴェスター殿下は、このような未来を見ておられる。そして理想を現実にする一助を、諸君らに求めておいでだ」

本気なのだ。

王太子にとって、これも国を繁栄させるための事業の一つだった。

濃く色付いた青い瞳と目が合う。

そこにあったのは氷ではなく、全てを溶かしてしまうような青い炎で。

(リンジー公爵令息も本気だ)

向けられた熱量に、思わず仰け反りそうになる。

負けないよう、力の限り踏ん張った。

忠誠を誓う王太子から求められているならば、是非もない。

「公爵家も騎士から選手を出す。見知った顔も多いだろう。健闘を祈る」

それがダメ押しとなった。

リンジー公爵令息の姿が見なくなった途端、雄叫びが上がる。

「うおおおお、負けてられねぇー!」

「アイツらに花を持たせてたまるか!」

「一泡吹かせてやろうぜ!」

リンジー公爵家の騎士とは、武芸試合で対戦したことがある。

加えて、王都で模擬戦をすると対戦相手は限られた。

幾度となく剣を交えた相手だ。

この情報が騎士団に行き渡ると、選抜されなかった騎士からもエールを送られるようになった。

日々の体力づくりに、ボールを扱う練習が加わる。

観客を入れて試合をする時点で、エンターテイメントである要素は拭えない。

賭けもおこなわれるとなれば、更に要素は濃くなる。

けれど、これを遊びと考えている騎士は一人もいなかった。

たとえリンジー公爵家以外のクラブが相手でも、騎士の誇りを胸に戦う。

王国騎士団の名に恥じぬように。

◆◆◆◆◆◆

グラスターの町には馴染みがあった。

王家発祥の地だけあって、定期的に王族の訪問がある。

リーグ戦の会場となるスタジアム――円形闘技場――も、見知ったものだ。

王都郊外にあるものと比べて規模は小さいものの、つくりは同じだった。

何十個ものアーチが、すり鉢状の観客席を支えている。

風雨に晒されて傷付いた外壁。くすんだ色には、少しばかり哀愁が漂う。

使わなくなって久しいと聞いていた。

(改修したって話だけど)

外観に大きな変化はない。

壁に傷があるとはいえ、柱にヒビがあるわけでもなく堅牢さを保っているからだろう。

試合の三日前に、内部の案内を受ける。

「控え室は、地上階にあります」

「地下じゃないんですか?」

円形闘技場の控え室は、決まって地下につくられていた。

「芝生の管理のため、使用しないことになりました」

統一ルールの規定で、フットボールは芝生の上でおこなわれる。

転倒時など、選手をケガから守るためだ。

大量の水を撒くため、地下の部屋は雨漏りのリスクがあるとのこと。

控え室は対戦チームごとに用意されているので、間違えないよう覚える。

試合前や試合後の流れも確認しながら、最後にピッチへ案内された。

日中でも薄暗い室内から、外へ。

開けた場所に出た瞬間、風に煽られ、咄嗟に目を瞑る。

仲間たちの喜ぶ声を聞きながら、ゆっくり光を享受した。

「うわ」

目の前に広がるエメラルドグリーンの草原に、ここがスタジアム内ということを一瞬忘れた。

ピッチを歩けば、柔らかい芝生の感触が伝わってくる。

(寝転びたい……)

監督を務める上官の目がなければ、仰向けに転がっていた。

観客席があるのを思いだし、視線を上げる。

一階席、二階席、三階席。

ぐるりとピッチを囲う観客席が、綺麗に並んでいるのを見る。

(ここに観客が入って、フットボールを観るんだ)

身分で階層は分かれるものの、平民と貴族が集まり、同じ時間を共有する。

(途方もないな)

リーグ戦の運営については考えないようにしていた。

自分は選手として、フットボールに集中するのみ。

けれど、観客が席を埋め尽くす光景を想像すると、事業の大きさを感じずにはいられない。

(はじまりの草原)

クラブネームは、気付いたときには決まっていた。

豊かな実りを表す黄金と、歴史のはじまりを表す草原が組み合わさった名前だ。

忖度がないよう、クラブをオーナーと切り離して考えるための処置だった。

(さもないと王太子殿下と戦える相手がいなくなるもんな)

とはいえ、領地と無関係とまではいかず、オーナーの「色」は残されている。

(今立っている、このピッチから、俺たちの、フットボールの歴史がはじまるんだ)

◆◆◆◆◆◆

初戦の対戦相手は「紺青のレーヴァン」。

リンジー公爵家の騎士たちによって構成されたチームである。

死力を尽くしたものの、あともう少しが届かず、残念な結果に終わった。

疲れ果て、ピッチに座り込みたくなる。

足が限界だった。

今すぐ楽な姿勢を取りたい衝動と戦いながら、整列する。

帰ったらベッドに飛び込もう。

規律を保ったまま、そんなことを考えているときだった。

黄色のタオルマフラーが宙を飛んできたのは。

観客席からものが投げ込まれるのを見た瞬間、視界が怒りに染まる。

(俺たちはそんなこと望んでない!)

試合前に、ギーク枢機卿が話されたのを聞いていないのか。

公平性の体現者として、自分たちは戦った。

悔しいのはわかる。応援が報われなかった腹立たしさも。

だとしても。

(敬愛はどこに行ったんだ!)

自分たちは騎士でもある。

この手で国を守っている自負と誇りがある。

国民も理解してくれている。

なのに、どうして。

選手というだけで、こうも対応が変わるのか。

憧憬を抱かれた記憶があるだけに、信じられなかった。

(俺たちでは力不足だったのか)

王太子の一助にはなれなかったのかと、不甲斐なさが募る。

事態の収拾を上官に仰ごうとしたときだった。

ピリッと空気が張り詰める。

視界に、緩くクセのある長い黒髪が映った。

(リンジー公爵令嬢……!)

てっきり王太子と一緒に三階の貴賓席にいるものと思っていた。

社交界で完璧な淑女と名高い、王太子の婚約者が自分たちの前へ出る。

緊張感が漂うのも当然だ。

整列した騎士の全員が、彼女を守るために視線を動かしていた。

だが、熱くなった観客たちも、さすがに失態を自覚した。

(なけなしの理性は残ってたか)

周囲の警戒はそのままに、静まり返った観客を見て、息をつく。

リンジー公爵令嬢は、選手全員の気持ちを代弁してくれた。

悪い部分を指摘し、是正を求める。

その上で、激昂した観客にも寄りそった。

青い瞳を向けられ、背筋が伸びる。

「ここに、各チーム十一人の尊き戦士たちがいます。わたくしは皆に、十二人目の戦士になっていただきたい」

傍観者になるな、とリンジー公爵令嬢は訴える。

等しく守るべき倫理があるのだと。

「わたくしは『紺青のレーヴァン』の忍耐力と、『黄金の草原』の不屈の精神に敬意を表します!」

盛大な拍手を送られ、一瞬、何が起こったのかわからなかった。

悪い流れがあった。

リンジー公爵家の騎士が耐えていたため、一方的な怒りだったものの、「紺青のレーヴァン」を応援していた者もいて、いつ観客同士の争いに発展してもおかしくない状況だった。

リンジー公爵令嬢が前に出たことで、応援していた側の溜飲は下がった。

叱責されて、熱くなっていた観客も教義を思いだした。

(それで終わりじゃないのか)

讃えられたときには、観客が一つになっていた。

アリーナを囲む全方位から、歓声と賞賛が聞こえる。

こめかみが熱くなるのを感じた。

鼻の奥がツンとする。

ずっと、自分さえ頑張っていればいいと考えていた。

勇姿を見せさえすればいいと。

(もっと視野を広げるべきなんじゃないか)

リンジー公爵令嬢は言った、観客は十二人目の戦士だと。彼らも当事者だと。

拍手の音と共に、それが体に染み渡る。

(そうだ、一つにならないと意味がない)

王太子の意向は何だったか。

フットボールを通じ、領民、難民の軋轢をなくす理想があった。

この事業には多くの人が関わっている。

リンジー公爵令息をはじめとする、運営スタッフ。日雇い労働者。商人。そして観客がいるからこそ、この賑わいだ。

選手は欠かせない存在だが、同時に全体の一部でもある。

(自分は一人だけど、一人じゃないんだ)

今、肌で感じている一体感を胸に刻む。

ここが歴史のはじまり。

足裏から伝わってくる芝生の柔らかさを噛みしめる。

「黄金の草原」だけでなく、対戦相手も含め、スタジアムに集まった人たち全員でつくる物語があった。