軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31.悪役令嬢は喜びを共にする

夕日がリンジー公爵家の屋敷をオレンジに染める頃、久しぶりに、シルヴェスターが顔を出していた。

リーウェイのその後に関する報告を兼ねてだが、クラウディアの継母であるリリスが産気づいたと聞いたためでもあった。出産予定日を大幅に過ぎており、周囲も心配していたのである。

「母上が、あれもこれもと押し付けてきて困った」

屋敷へ行くなら持って行けと、王妃から色々と託されたことを愚痴る。来る頃には、シルヴェスターが乗る馬車のうしろに、更に二台増えていた。

「有り難い限りですわ。お礼の手紙を認めさせていただきますね」

「今度は手紙の配達人になるのか」

「すねないでくださいまし」

今はクラウディアの部屋で過ごしている。

リリスの傍にいたとして、応援すること以外できることはなく、逆に邪魔だった。

クラウディアとシルヴェスターは大人しく吉報を待つ。

お礼の手紙を書き終わったクラウディアは封をしながら、後日判明した報せを聞く。

「結局、リーウェイ殿下は偽者だったのですね」

「一週間の調査の上、依然として行方不明であることをケントロン国がファンロン王国に伝えると、不参加だったことがわかった。怪盗はどこかで欠席の旨が書かれた手紙を入手し、悪用したようだ」

リーウェイのことは疑っていたものの、確証はなかった。

改めて王族に変装して潜入していた胆力を考えると、思わず感心してしまう。

「最後は逃げるために、家宝を追ったと見せかけたのでしょうか?」

クラウディアはあとから知ったが、あの時点で潮流は戻っていた。各国の船は安全を期して早朝を選んだのだ。

だとしても浮き袋を手放し、単身で潜るのは危険極まりない。

怪盗としての彼の行動は、全てそうだったとしても。

「他に理由があったのか、こればかりは不明だ。私たちは疑っていたが、リーウェイの正体については証拠があったわけではない。迎えの、手の者の船に乗っても良かっただろうに」

ちなみにこのときの迎えの者たちは、本国に報告するといって姿を消した。

「もし怪盗に得るものがあったら、後日わかるはずだ」

「成果があれば、宣伝するそうですものね」

大々的に功績を喧伝することは、怪盗の事件に遭遇したスラフィムから聞いていた。

「平民を味方に付けることで協力者を確保しているのだろう」

「ずる賢い方ですわね」

利益を貧民街に還元するやり方は、地域密着型の犯罪ギルドと同じである。

どれだけ義賊だと振る舞っていても、つまるところ最も得をしているのは怪盗だった。

「波乱はあったが、コスタスも無事に回復した。自力での解決を他国へ見せ付けられたのだから、お妃教育の最終課題としても結果は上々だ」

「やっと終わったのですね」

新たに覚えることも多く、エリザベスからの圧力や、聖女祭による期間の延長など、挙げたらキリがないほど色んなことがあったお妃教育期間だった。

「ナイジェルの隠し財産が海の藻屑となったことで、彼の呪縛から解放された気分ですわ」

あれが全てだとは到底思えないけれど。

お妃教育と共に、大きな区切りがついたと実感できる出来事だった。

ふっと、黄金の瞳が細められる。

「晴れやかなディアの顔が見られて、私も嬉しい」

「問題を乗り越えられてきたのは、シルのおかげですわ。城塞都市でもたくさん助けていただきました」

「お互い様だ。だが、頼りになると思ってもらえたなら、未来の夫として喜ばしい限りだ」

「シルほど頼りになる方はおられませんわ」

「ラウルの前でも言ってくれないか?」

「あまり煽らないでくださいまし。恨まれてしまいますわよ」

「君と添い遂げる時点で十分恨まれているさ」

言いながら、緩やかなクセのある髪の一房に指を絡められる。

次いで、指の背中で頬を撫でられた。

「こうしてディアに触れていることを知れば憤死するだろう」

ケンカするほど仲が良い、という言葉は、シルヴェスターとラウルのためにあるようだ。

暖炉の火がパチパチと弾ける音を聞く。

今日は襟と袖にレースが付いた、厚手のワンピースを着ていた。

城塞都市で肩を出していたのが信じられない。

ハーランド王国は現在、冬真っ只中である。

例年なら領地で過ごしている期間だが、今年はリリスの出産もあって一家で王都に留まった。

春の雪解けを待って、領地で出産の報告をする予定だ。

シルヴェスターと二人、ソファーで暖炉の熱にまどろんでいると、ドンドンッと激しくドアが叩かれる。

「クラウディア様、産まれました!」

侍女長マーサの報せに、急ぎお産部屋へ向かう。

部屋の前には、兄のヴァージルが立っていた。ドアの隙間から室内を覗いている。

「俺たちは順番を待とう」

「はい」

何故か小声でやり取りしながら、クラウディアはヴァージルに倣った。

室内では、産まれたての赤子を抱いた父親が涙ぐんでいる。

出産をやり遂げたリリスはやつれて見えるものの、意識を手放すことなく、はじめての父子の対面を愛おしげに眺めていた。

「赤子は男の子だ」

「弟ができたのですね……!」

手を叩いてはしゃぎそうになるのをギリギリ自制する。

隙間から赤い顔が一瞬見えただけだが、既に愛らしさで胸がいっぱいだった。

「わたくしのときも、お兄様はこのようなお気持ちでしたか?」

「ああ、ケガをさせてはいけないからと、あまり近寄らせてもらえなかったが、子供心に感動したのを覚えている。どうして数年で忘れてしまったのか」

「褒められた妹ではありませんでしたもの」

逆行後でも十四歳までは癇癪持ちの妹だった。

手を焼いていたのは想像に難くない。

「俺がもっと寄り添ってやるべきだったんだ」

「過去より、未来ですわ。ほら、呼ばれましたわよ」

リリスと父親に手招きされて、クラウディアたちも入室する。

「お疲れ様です。弟の誕生に言葉もありませんわ」

労い、兄弟でありがとうとおめでとうを口々に添える。

「家族をはじめ、助けてくださった方々のおかげです。さぁ、ヴァージルさんも、クラウディアさんも抱いてあげてください」

リリスに促され、先にヴァージルが父親から赤子を受け取るかと思いきや、尻込みして順番を譲られる。

「俺の力で抱いたら壊しそうだ」

「優しく包み込むようにすれば大丈夫ですわ。頑張ってくださいまし」

逃げるのは許さず、ヴァージルに発破をかける。

「お父様のようにすれば良いのです」

「う、うむ。そうだな……」

腰が引けたヴァージルを見るのは珍しく、つい笑みが漏れる。

「では一緒に抱かせていただきましょう」

「頼む……」

この調子ではいつまでかかるかわからなかったので、クラウディアも赤子へ腕を回す。

後ろで控えるシルヴェスターは、ヴァージルの様子を楽しそうに見ていた。

名は決まっているのか、と父親に訊ねる。

「フェルミナから名付け親になると連絡が来ました」

ハーランド王国での聖女祭は終わったものの、まだ他国では開催中だ。

出産に立ち会えない代わりに、名前を考えると手紙が届いていた。

(聖女に名付けてもらえるのだから、これに勝る祝いはないでしょう、とも書かれていたわね)

歯に衣着せぬようになったおかげで、家族間でも随分やり取りがしやすくなっていた。

「ということは、まだ決まっておらぬのか?」

「連絡待ちですわ。来るまでは何てお呼びしましょうねー?」

シルヴェスターに答えつつ、後半は腕の中の弟に呼びかける。

「どうしましょう。凄く可愛いですわ!」

「ヴァージルも見たことのない顔をしているな」

どこか呆けた表情でヴァージルは、一心に赤子を見つめていた。

後ろ髪を引かれるが、母子を休ませるのが先決である。

まだ目も開いていない弟との顔合わせは切り上げて、お産部屋をあとにする。

「良い景色を見させてもらった」

「わざわざお祝いに来てくださり、ありがとうございます」

クラウディアは改めて、シルヴェスターにお礼を告げる。

「こうして一緒に喜びを分かち合えて嬉しいですわ」

「ディアもヴァージルも幸せに満ちた顔をしていた。弟でこれなのだから、自分の子になったらどうなるか楽しみだ」

早速シルヴェスターは、ヴァージルの反応をからかう気だ。

当のヴァージルは、部屋を出たあとも上の空だった。

「公爵より衝撃を受けておらぬか?」

「そのようですわね。大丈夫かしら」

ふらふらと足取りもおぼつかないので、ヴァージルの部屋へ送り届けてもらうようヘレンに頼む。

「かしこまりました。ヴァージル様、こちらです」

「あ、ああ……」

ヘレンの先導で歩いていく二人の後ろ姿を見守る。

「まるで介護だな」

「シル、夢がありませんわ」

咎めるものの、クラウディアの目にもそう映っていた。

(あの二人はどうなるのかしら)

これといった進展は聞いておらず、現状維持が続いている。

エバンズ商会のブライアンもヘレンに思いを寄せているため、展開が気になるところではあった。

ヘレンが結婚する際の手続きについては父親に相談済みだ。上手く対応してくれると約束も取り付けている。

進展を待っている話は、もう一つあった。

「トリスタン様とルイーゼ様は、どういった状況ですの?」

「サヴィル侯爵の返事待ちだ」

「回答はまだですのね」

トリスタンのニューベリー侯爵家から婚約の申し出は送られている。

クラウディアが異端審問の問題を抱えていた頃の話なので、かれこれ半年ほど経っていた。

「前向きには検討されているらしい」

「ルーも気が気でないでしょうね」

「国際会議から戻ったら答えが出ているのを期待していたと、先日トリスタンに泣きつかれたところだ」

サヴィル侯爵家は、本格的な冬が来る前に領地へ帰っていて、ルイーゼとはすぐに連絡がつかない。

「この様子だと春を待つことになりそうだ」

「無事にまとまることを心より願っていますわ」

「私たちは私たちで婚儀の準備があるからな。あまり他人に構っている時間はなくなる」

アラカネル連合王国よりは南に位置しているとはいえ、ハーランド王国も冬は移動が困難になる。

新しいことへの着手は春に、と問題が先送りされる季節だった。