軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

08.王太子殿下は婚約者に焦がれる

顔合わせのための立食パーティー。

身支度を終えたシルヴェスターは、クラウディアをエスコートしようと部屋の前で待機していた。

ドアが開き、ドレスの裾がひらりと舞う。緑みを帯びた青色は、海峡を渡る船から見た海を想起させた。

目線を上げれば瑞々しい肌色が飛び込んでくる。

現れたクラウディアを見た瞬間。

シルヴェスターの頭の中は、真っ白になった。

すらりと伸びた腕。

守りたくなる肩に、くっきりと浮かぶ鎖骨。

首にはチョーカーがあり、続く生地がリボンとなって背中で揺れていた。

体に沿う緩やかなクセのある豊かな黒髪。

愛する婚約者は青い瞳に晴天の空を湛え、はにかんでいた。

色づいた頬を見た瞬間、電流が全身を駆け抜け、体が勝手に動く。

気付いたときには両手でドアを押し、クラウディアを覆い隠していた。

まるで太陽を直接見てしまったかのように、目の前がチカチカする。

視界がなくなる中、やっとの思いで口を開く。

「さすがに、これは隠すしかあるまい?」

目に映る全てが眩しかった。

クラウディアが自分の陰に入ったことで、やっと慣れてくる。

それはそれで。

(幻を見ているのではあるまいな?)

美しい婚約者の姿を頭の天辺から眺め、この世に存在するものなのか疑いが生まれた。

傷つけないよう、親指でそっと鎖骨を撫でる。

肩を震わせながら、美の化身は確かに存在した。

「ディアの肌を見るのは、私だけでいい」

心からの言葉だった。

彫像ではない、血が通い、温もりと柔らかさを感じる扇情的な体に触れるのも、見るのも、自分以外にあってはならなかった。

頭の隅に残った理性では、ケントロン国の風土に合わせた装いなのだと理解している。

本島では、開放的な姿をした人が大半だった。

とはいえ、肩を出し、谷間が覗くのはいかがなものか。

いや、自分だけが見る分には素晴らしいのだが。そんなことを考えながら、肩にキスする。

自分だけのもの。

その証明が欲しかった。

このままベッドに連れ込みたい衝動を必死に抑える。腹の中で暴れ狂う獣を宥めるのは難しかった。

だからといってクラウディアを怖がらせるわけにはいかない。

表面上は理知的に会話を続ける。独占欲は隠せなかったが、狭量なのは知られていた。

折衷案として、自分が身に着けていたオーシャンブルーのストールで、クラウディアの肩から胸を隠して、立食パーティーの会場へ向かう。

このときほど衣服の色味を合わせていて良かったと思ったことはない。

しかし問題はそれだけで終わらなかった。

四階の客室から、二階の広間まで階段で降りる最中、ドレスのスリットからクラウディアの太ももが見えたのだ。

目眩を覚えたシルヴェスターは、危うく階段を踏み外すところだった。

(どこのどいつだ、このドレスをデザインしたのは)

憤慨と賞賛が心の中で乱れ狂う。

いっそベッドのシーツで全身をグルグル巻きにしたい。いや、一緒に巻かれたい。

前言撤回できない己のプライドが憎らしかった。

顔合わせのパーティーがはじまり、一息つく。

ケントロン国の王太子妃を筆頭に、参加している女性陣のドレスのデザインは、基本的に露出が多かった。

同席したパルテ王国の王太子妃も、肩と背中を出している。

金髪の髪を刈り上げ、白い歯を覗かせる王太子に、ついシルヴェスターは訊ねた。

「奥方の今夜の格好は、心配になりませんか?」

パルテ王国の王太子はちらりと妻へ視線を向け、にかっと笑う。

「心中お察しします。けれど、自分は可憐な妻を自慢したいほうでして。どうです? とても魅力的でしょう?」

「王太子妃が可憐であることに異論はありません。和やかなお人柄には、私の婚約者も助けられています」

パルテ王国の王太子夫妻とは、ハーランド王国の王都でおこなわれた婚約者のお披露目のときに会っていた。

「周囲の視線が気になりませんか?」

「ははは、全て羨望の眼差しだと解釈しています。何せ他の者は視線を向けるしかできないのですから」

男が触れようものなら、骨を粉砕してやりますよ、と王太子は豪快に笑う。

筋骨隆々な王太子の目は真剣だった。

「ものは考えようです。自分は優越感に浸ることのほうが多いですね」

「なるほど」

大人な回答だった。

シルヴェスターは、とても真似できそうにない。

今も嫉妬の炎が燃えさかり、クラウディアを見る男たちの目を片っ端から潰していきたかった。

◆◆◆◆◆◆

シルヴェスターの部屋で集まってラウルたちと話すときは膝掛けも駆使した。

クラウディアの全身はほぼ布で覆われ、ドレスの端しか見えない有様だったが、やっとシルヴェスターは落ち着けた。

余計な布を取り去って、ベランダへ向かうクラウディアは美しかった。

チョーカーから背中へ向かって垂れるリボンが、妖精の羽に見えた。

いかに自分が無粋なことをしていたのか思い知らされる。

それでも、己の狭量さが反省を許さない。

(私だけが知っていればいい)

部屋の明かりに照らされる緩やかなクセのある黒髪も。

自分を待つ、艶やかな青い瞳も。

露出された傷一つない柔肌も。

全て。

全て、自分のものにしたかった。

対価になるなら、自分自身を喜んで差し出せる。

緑みを帯びた青色のドレスは、夜に触れ、深い海の色へと変わる。

後ろ姿を眺めているだけでも、自分のどこにそんな熱量があったのか疑問に思うほど、腹の底が熱くなった。

追いつき、クラウディアの肩に触れただけで体内が火を噴きそうだ。

頭がくらくらする。

肩から二の腕、前腕へ無骨な手を滑らす途中、皮膚の厚さの違いに驚き、一瞬手を引いてしまいそうになる。いつも通り、触れたい欲望が勝るのだが。

余裕のなさをおくびにも出さず、一回り以上小さな手を握った。

指を絡め、これが幻想でないことを再確認する。

握り返されると胸がいっぱいになった。。

歓喜で、目が潤む。

「ディア」

名を呼び、愛を告げる。

答えを得ても満足できず、顔を覗き込んだ。

細められた目尻が淡く色付いているのが見え、爆発的に膨らむ感情を持て余す。

気付いたときにはキスをし、強引にクラウディアを反転させていた。

抱き締めることで、理性の復活を図る。

きっと体の強張りは伝わっているだろう。

それでも恐れることなく、クラウディアは自分と向き合ってくれた。

制御不能になった手が、ドレスのスリットを探す。

波打つ生地は妨げになるどころか、指先が呑まれることで気持ちを煽られた。

この先に、触れたい――。

辛うじて境目で留まると、熱のこもった息が耳朶に触れた。

(全ての神経が焼き切れそうだ)

軽口を叩くことで意識を保つ。

「トリスタン様を呼んで、背中から抱擁していただきます?」

才覚を発揮するクラウディアには拍手を送りたい。

スンッと体内温度が下がったことには、感謝すべきなのか複雑な心境だが。

顔を上げ、青い瞳を見る。

水を湛える様に、彼女も同様に昂ぶっていたのだと知った。

自分だけでなかったことに安心する。

(今はまだ)

婚前の、このやり取りを楽しもう。

もう少しで、婚約期間も終わるのだから。