作品タイトル不明
43.悪役令嬢は自由を手にする
異端審問が一時閉廷となった後、クラウディアは礼拝堂近くに用意された個室にて待機となった。
(まさかフェルミナさんが弁護人になってくれるなんて)
フェルミナが名乗りを上げてから、ずっと興奮しっぱなしだ。
ナイジェル枢機卿にまで切り込むとは、予想外にもほどがある。
それだけに彼女の覚悟を感じた。
(シルが動いてくれたのね)
クラウディアが護送から逃げたあとは、フェルミナに寄り添っていると聞いていた。
彼はフェルミナの持つ可能性に気付いたのかもしれない。
ふと気配を感じると、弁護人に選んだ女性修道者が、紅潮した顔でクラウディアを見ていた。彼女もまたクラウディア同様に、気が昂ぶり続けたのだろう。
「驚きの連続でしたが、クラウディア嬢の弁論には信徒として感銘を受けました!」
「少しでも賛同を得られて、嬉しい限りですわ」
「少しだなんてとんでもない! 礼拝堂で、司祭様のお話を窺っているようで、心が浄化されました。信仰の原点に帰り、日々の当たり前の中で忘れていた初心を思いだしました」
胸の上で手を組み、修道者は祈りを捧げる。
目を合わさなかった彼女が話しかけてくれるようになった。
フェルミナの訴えもまた、彼女に届き、クラウディアに対する嫌疑が薄らいだのだ。
良い機会だと、クラウディアは水を向ける。
「一つ質問してもいいかしら?」
「はい! なんですか?」
「聖女様がどういった経緯で選ばれたのか知りたいの。聖女候補者様も良い方ばかりだったでしょう?」
フェルミナ以外は枢機卿の縁者だった。
ナイジェルの後ろ盾があったとはいえ、無名の修道者はどうやって他の候補者を退けたのか。
「皆、新しい風を望んでいたんです」
きまぐれな神様に信仰を捧げる。それが本質であるはずの教会は、近年内部での政治衝突が目立っていた。
「信仰の元、一つになるはずなのに……人によっては対立する者を悪し様にこけ下ろすばかり。理想とはほど遠く、志の高い修道者ほど辟易していました」
そして聖女選出を機に、枢機卿を中心とした権力闘争が激化。
今まで目を逸らしていたものを、否応なしに見せ付けられたのだという。
「どうせ誰が聖女に選ばれても一緒。一部の者が得をするだけ。そういった諦観が蔓延していました」
どこか重たい空気に包まれた教会本部。
そこへ一筋の光が射した。
「フェルミナ嬢が身を挺して少年を庇った話は、すぐさま広まりました。皆、求めていたんです。信仰を体現してくれる人を。権力に媚びない人を」
フェルミナは鬱屈した人たちに新しい風を届け、未来を、修道者としてあるべき姿を見せた。
「ナイジェル枢機卿の支持で、聖女候補に挙がってからは、展開が早かったです。皆が一丸となり、フェルミナ嬢を支持しようという空気が高まりました。結果がご存じのとおりです。まさか支持者の一人であるナイジェル枢機卿に、あんな裏があったなんて……未だに信じられません」
ナイジェルからしたら裏切られた形だ。
ただ、それだけに真実みがあった。
(フェルミナさんにも信念がある。曲げられないものができたのね)
フェルミナ自身も罪を償うと明言し、告発は、彼女にとって何の得もない行為だ。
最悪、聖女の役職を剥奪され、離島の修道院に戻されることも十分考えられる。
クラウディアは、顔を青くしながらも奮い立つフェルミナを傍で見ていた。
全てを承知の上で、声を上げたのだと察した。
修道者が溜息をつく。
「教会内から異端者が出るなんて、あってはならないことです。けれどナイジェル枢機卿に対する不信感は、ハーランド王国での一件から僅かに顔を出すようになっていました」
ナイジェルは部下に騙された、というのが教会の見立てである。
ハーランド王国の社交界でも、処分が重すぎるが故、関係があったのではと訝しむ声があった。それは教会も同じだったのだ。
(仮にナイジェルが裁かれるとしても、公にはされないでしょうね)
教会を支える枢機卿の不祥事。
ナイジェルがおこなってきた非道を鑑みれば、土台すら揺るがしかねない。
教会の宣教は、マッチポンプでしかないと。
(けれど悪しき者が裁かれるなら、まだ教会には希望があるわ)
自浄できるならば。
少なくともフェルミナは大きな一歩を踏み出した。
あとは教皇の判断次第である。
「開廷します。礼拝堂へ戻ってください」
進行役に呼ばれ、クラウディアは弁護人である修道者と一緒に元の席に着いた。
高座に枢機卿三人と教皇の姿はあるが、ナイジェル、フェルミナ、そして傍聴席に座っていた現地修道者たちはいなくなっている。
静けさが増した中、教皇が立ち上がり言葉を紡ぐ。
「此度の異端審問は異例である。聖女によって枢機卿の一人が告発されたため、判決は私が言い渡す」
本来なら枢機卿たちの満場一致で下る。
しかしフェルミナの告発で、同席した枢機卿たちにも衝撃が走り、正しい判断ができるか不安視された。
結果、教皇が舵を取ったのである。
クラウディアは無心で、判決を待った。
やれることはした。
あとは信じるのみ。
人事を尽くして天命を待つ。
「クラウディア・リンジーにかけられた容疑は、先の弁論で晴れたものとする。異端審問の結果は無罪。クラウディア嬢には、これからも変わらない教義の信仰をお願いする」
「謹んで承ります」
一礼するクラウディアを見て、教皇が頷く。
「これにて異端審問は閉廷!」
進行役に退室を促され、クラウディアは礼拝堂をあとにした。
ナイジェルやフェルミナが、これからどうなるのかは不明だ。
お役御免となった女性修道者に別れを告げられる。
「わたしは何もできなかったけれど、無罪の確定を心より祝福します」
「お話を窺えただけで十分ですわ。お付き合いいただき、ありがとうございました」
教会内部の話を訊ける機会はほとんどない。
生の声を教えてくれただけで、クラウディアには得るものがあった。
聖女の任命は、やはりナイジェルだけの力で成ったのではない。
色んな要素が絡んだ結果だった。
手向けに女性修道者が胸元に飾っていた花を贈られる。
「異端審問前に同僚から貰ったのですが、あなたにこそ必要な花でしたね。今更ですが、あなたの信仰の結果として受け取っていただけませんか?」
「ありがとうございます。嬉しいですわ」
自然と顔が綻び、女性修道者とは笑顔で別れた。