作品タイトル不明
08.悪役令嬢は先を見据える
深く考え込むと、クラウディアの気分が沈むのを察したルキが、会話で意識を引っ張り上げてくれる。
「そうね……要因になっている黒魔術に奇跡の力がないことは、聖女様もわかっているはずなんだけど」
黒魔術の力を使ったと、フェルミナは確信していた。
(逆行については触れられなかったから、奇跡の力とは別の解釈を持っているのかしら)
何かしらがクラウディアに作用したといった具合に。
そもそも儀式すらしたことがない。
頭にはエリザベスの夫、パトリックが浮かぶ。
(いえ、待って……)
もしかしたら黒魔術は、名目でしかないのかもしれない。
どう考えても、黒魔術に関する証拠を集めるのには無理がある。
何か糸口を得られないかと、ルキに質問する。
「ルキにとって黒魔術ってどういうもの?」
「え? あんま聞き慣れねぇけど、闇市で怪しげなもん売ってんのは、たまに見かけるな」
「黒魔術に使うものが売られてるってこと?」
「ああ、なんとかの生き血とか言って。せいぜい家畜の血だろうけど。具体的に何をするのかは知らねぇ」
「普通に暮らしていれば、触れることのないものだしね」
ただ不思議と噂には聞く。
一般への浸透率もそんなものだろう。
よくわからないけど、怪しいもの。悪いもの。
「結局のところ、悪徳商法の一つじゃねぇの? 得られるもんは何もねぇんだし」
「そう、何も得られない……」
一人でバカを見るだけの話。
パトリックのように、生け贄を出そうとしない限りは。
そしてやはり、クラウディアが誰かを生け贄にしたことはない。
(喉に魚の骨が刺さったみたいな気分だわ)
実際、黒魔術に傾倒することは教義に反する。
だからといって異端審問の対象になるとは考えにくい。
「放っておけば自滅するのに、異端審問にかけるかしら?」
「ああ、そう考えれば変だよな?」
無駄な労力である。
王太子の婚約者である公爵令嬢、という身分が衝撃的だったとしても。
「身分を踏まえて、わたくしが黒魔術に傾倒することで、社会に及ぼす影響を訴えたいのかしら。その証拠をナイジェルは握っている……?」
「まぁ、やつのことだからねつ造だろ」
「頭が痛いのは、聖女様がそれを信じていることよ」
フェルミナの拡散力は、既に難民問題で浮き彫りになっている。
領地では無駄に領民の不安を煽る結果になっていた。
「一度口に出したことを翻すのは難しいでしょうしね」
「聖女様は教会の象徴だしな」
確証のない情報が言いふらされることによって、それ自体が既成事実に成りかねない。発端はナイジェルの企てでも、教会も無視できなくなるのではないか。
「このまま黙ってはいられないけど、情報が足りないわ」
王都の状況ですら、わからない有様である。
額を押さえるクラウディアに対し、ルキは普段どおりに返す。
「姉御が一人で悩むこたぁねぇだろ。シルヴェスター殿下もいるんだし」
「それはそうなんだけど……ルキは、魔女に嫌悪感を持ったりしないの?」
貧民街の生まれで、犯罪に手を染めているとはいえ、ルキにも信仰はある。
「おれらも大概、社会から爪弾きにされてるからな」
教義を守らないときもあるため、魔女も気にならないという。
「周りが何と言おうと、おれらを助けてくれたのは姉御だし。他のやつらも同じ意見だろうよ。シルヴェスター殿下だって、信仰より実利を取りそうじゃん」
後頭部で手を組みながらルキは続ける。
「今後もローズガーデンの構成員を連絡係にして、シルヴェスター殿下には姉御の動向を伝える。これには異論ないだろ?」
「ないわ。殿下を信用していないわけじゃないのよ」
むしろ助けてくれるだろうと信じている。
それでも不安が拭えないのは、自分が弱いからだ。
「ローズガーデンは、姉御の組織だぜ。おれらはいつだって手足になる。今はこんなところで申し訳ないけどよ」
「ありがとう、頼りにしているわ」
実際、資金や人手に困らないのは大きかった。
今は情報がなくとも、時間が経てば誰かが届けてくれる。
(焦りすぎているわね)
考えてもどうしようもないことで悩んでいる気がした。
ルキの言うとおり、自分には味方がいるのに。
顔を上げ、グレーの瞳を見る。
グレーと聞くと、くすんだ色をイメージしがちだが、艶めき透明度の増した瞳は、むしろ輝いていた。絵画でも濃い色の中にあれば、グレーも光となる。
アラカネル連合王国の王太子、スラフィムと同じ顔でありながら、ルキの素の表情は荒く、二人を見間違うことはない。
いつもと変わらない姿に安心を覚え、頬が緩む。
「偶然、現場に居合わせたルキに助けられるなんて、運が良かったわ」
そう言うと、ルキは考える素振りを見せた。
「んー、おれは偶然とは思わねぇけどな。ナイジェルは共通の敵だ。それぞれの要素が組み合わさった結果っつーか。必然とはまでは言わねぇけどさ」
考えを上手く言語化できないらしく、ガシガシと頭を掻く。
「姉御に助けられなきゃ、おれはここにもいないんだ。運より、これまでの姉御の選択が大きかったんだと思う」
「なら、わたくしの選択は間違っていなかったわけね」
「そういうこと。……もし今後について信仰がネックになるなら、スラフィムに協力を仰ぐってのはどうだ?」
アラカネル連合王国は、教義が浸透していないため、魔女への忌避感がない。
ハーランド王国のように、信仰から誰が敵に回るかわからない状況を回避できた。
「あんま頼りたくないのはわかるけどよ。相手がナイジェルとなれば、むしろ向こうから食い付いてくんだろ」
アラカネル連合王国は、信仰の違いから教会と確執がある。
特にナイジェルは、連合王国の国民を奴隷として売ろうとした前科があり、王家としても憤まんやるかたない相手だった。
(あのときは見逃すしかなかったけれど、今度こそという思いは、あちらも強いわ)
とはいえ、スラフィムに協力を仰げば、向こうの国が動くことになる。
解決できるなら、ハーランド王国内で済ませたい話だ。
「それに聖女様が喧伝するんじゃ、他国にも伝わるだろ?」
「ええ、無難に、というのは高望みし過ぎね」
遅かれ早かれ接触することになるなら、先に連絡を取ろうと判断する。
スラフィムへの連絡手段は、ルキが知っていた。
「つっても、すぐに返事が来るかは相手次第だ」
「構わないわ。今はできることをやりましょう」
「んじゃ、朝になったら港だな。仮眠用のベッドがあるから使ってくれ。風呂は港町のほうで入れるよう手配する」
言うなり、ルキは構成員へ指示を出しに行った。
クラウディアはパーティションで仕切られた仮眠場所へ移動し、硬いベッドの上に腰掛ける。
木製のベッドに、厚手の布が敷かれているだけだった。
いざというときは捨てるのが前提の拠点なら、お金をかけるほうが無駄だ。
(贅沢は言っていられないわ)
そう思うものの、疲れは溜まる。
追っ手を気にせず眠れるだけマシだと、クラウディアは横になった。