作品タイトル不明
49.悪役令嬢は聖女祭へ向かう
控え室を出て、本堂の裏手を目指す。
そこに停められた教会の馬車が聖女の待機場所だった。
道中は教会の騎士が付き添ってくれる。
ほどなくして、大聖堂の入口から隠れるように停められた馬車が目に入る。
車体は白を基調に、金と銀で縁取られていた。
側面に大きく教会の紋章が入っているのを見て、確信する。
(あの中に、聖女様がいるのね)
クラウディアの来訪が察せられたのか、おもむろに馬車のドアが開いた。
黒髪の司祭が出てきて、中にいる人を導く。
エスコートされた聖女は、目映い白を纏っていた。
修道服とは違う形だが、白地に白糸で刺繍があつらえられた生地には、新たな光が宿っているように見えた。
近付き、クラウディアは敬意を表す礼法で迎える。
聖女は頷きで応え、そして、ゆっくりとベールを脱いだ。
最初に髪が見え、相貌が露わになる。
クラウディアは一瞬、心臓が止まるのを感じた。
(まさか)
記憶の奥にしまっていた記憶が呼び起こされる。
数年のときを経て、雰囲気は変わっているものの間違いようがない。
継母であるリリスの実子。
クラウディアの異母妹。
ここにいるはずのない人物が、たおやかに笑顔を湛えていた。
フェルミナだった。
聖女は――フェルミナだったのだ。
「ごきげんよう、お姉様」
何か言わなければと思うものの、驚きで声が発せられない。
どうやって修道院を抜け出したのか。
いや、聖女になったのか。
頭の中で思考が目まぐるしく駆け回る。
理由を探し、視線を動かした先で、フェルミナの隣に立つ人物へはじめて意識が向いた。
しかし。
「どうされました? もしかして体調が優れないんですか?」
心配げなフェルミナに、視線を引き戻される。
「いえ、大丈夫よ。久しぶりね、すっかり見違えたわ」
「修道院ではたくさんの学びを得ました。経験が我が身に現れているなら嬉しいです」
一目でフェルミナだと看破したものの、それは直感に近かった。
改めて見ると、以前とは佇まいからして違う。
落ち着き、修道服を身に纏ったフェルミナは、聖女たる威厳があった。
少し痩せて見えるのは修道院での生活によるものだろうか。
よくよく観察すれば、ピンクブラウンの毛先も艶やかとは言い難い。
楽な生活をしていたわけではなさそうだ。
クラウディアを陥れようと罪を重ねた結果、フェルミナは公爵家から籍を抜かれ、修道院送りとなった。俗世から離れ、慎ましく生きるようにと。
フェルミナの質の悪さを知ったシルヴェスターは、安易には済まさなかった。
詳細は知らされていないが、厳しい環境に置かれたのは確かだ。
(改心できたのかしら?)
学びを得た、という言葉通りに。
ならば喜ばしいことだ。
真実、聖女と呼ばれるほど、人徳を得たならば。
「少年を庇って鞭で打たれたと聞いているわ。傷は大丈夫なの?」
「はい、おかげ様で完治しています。ミミズ腫れのような跡は残ってしまいましたけど」
晴れやかな笑みでフェルミナは答えた。少年を助けられたのが全てとでも言うように。
傷跡は誤魔化がきかない。
以前のフェルミナなら自分の手を汚すことを厭い、綺麗なままでいることを望んだ。
傷を負ってまで行動を起こした彼女は、一歩前へ進んだのだ。
(良い方向へ)
そう思いたいのに、胸の奥がざわざわする。
ヤスリを心臓に近付けられているような感覚があった。
固くなったフェルミナの指先が右手に触れる。
そのまま持ち上げると両手で包まれた。
彼女も緊張しているようで、温もりは感じられなかった。
「お姉様とのことを、ずっと後悔していました。自分はなんて愚かなことをしていたのかと」
教義に従い、素直に生きれば良かっただけなのにと、フェルミナは語る。
「わざわざ悪いほうへ曲解して、行動していた自分を恥じるばかりです」
「フェルミナさん……」
かつての自分と同じように、フェルミナも愚かな自分と向き合った。
悔恨する表情に嘘は見られない。
身に覚えがあったからか、これに関しては事実だと受け入れられた。
「もっと早く、気付けていたら」
修道院へ送られることもなかったと言いたいのだろうか。
ここで、はじめてフェルミナは陰りを見せた。
何かを決心し、顔が近付けられる。
「お姉様の真実にも、辿り着けたのに」
振り払った過去の残滓が蘇る。
けれどかつての断罪時とは違い、フェルミナの表情は歪んでいなかった。
真摯な目で見つめられる。
「真実……?」
「お隠しにならないでください。わたしはもう知っているんです」
続けてフェルミナの口が動く。
最初、何を言われているのか理解できなかった。
「実母の死を境に、お姉様が変わったことを。噂に聞くような善良なものではなく、まるで人が変わったようであったと把握しています」
言葉を咀嚼するほど、体が固くなるのを自覚する。
(まさか、いや、でも)
わかるはずがないのだ。
逆行したなんて。
仮に事実を聞いたとしても、冗談だと笑い飛ばされる話である。
「今までの癇癪が嘘のように落ち着かれ、完璧な淑女になられた。それから兄と父親を手玉に取るにようになったこと。もうわかっているんです。わたしも聞いたときは信じられませんでした。けれど思いだしたんです。お姉様の所業で、わたしにも覚えがあることを」
何のことだと訊ねるまでもなかった。
体が芯から冷え、背中が粟立つ。
「学園で、お姉様の提案によって催された学園祭。あれは、わたしの案でした」
そうだ、元はフェルミナの案だった。
逆行前に催されていたのを知っていた。詳細まではわからなかったから、自分なりにまとめて提案したのだ。
当時も、フェルミナは自分の案を奪ったと訴えていた。
ずっと謎だった手段が、ようやく判明したという。
「魔女であらせられたのですね」
「え……?」
「バレていないとお思いですか? 教会が集められる情報の多さを見くびらないでください」
どこから「魔女」という単語が出て来たのか、「魔女」とは何者なのか。
戸惑っている間にもフェルミナは畳みかけてくる。
「黒魔術によって不当な力を得たことはわかっています。どうか、ご自分の罪から目を逸らさないでください」
フェルミナの目配せで、教会の騎士たちが動く。
咄嗟に距離を取ろうとするも、握られた右手を放してもらえなかった。
誰もフェルミナを――聖女を、疑おうとすらせず、取り囲まれる。
考える暇もなく後ろ手に拘束され、無実を訴えることしかできない。
「わたくしは何もやっていないわ!」
「わたしが過去にそう言ったとき、お姉様は聞いてくださいました?」
あのときは証拠が揃っていた。
では、今も?
フェルミナの茶色い大きな瞳には確信があった。
かつて小動物を連想させた少女はもういない。
聖女として、権威を得た女性修道者が断罪を執行する。
「悪しき魔女、クラウディア・リンジーに裁きを与えます。教会を裏切り、恐ろしき黒魔術に傾倒した罪を、我が身で償いなさい!」