作品タイトル不明
47.悪役令嬢は諦めない
悔恨に胸を押し潰される。
その先で、修道者が咳き込んだ。
早く発見できたおかげで、一命を取り留めたようだ。
現場監督は医者を呼ぶために走っていった。
急場を脱し、膝から力が抜けた。
「クラウディア様……!」
ヘレンが寄り添ってくれる。
――そう、必要だったのだ。修道者にも自分を癒やしてくれる人が。
(わたくしは、どれだけの人に寄り添えていたというの?)
領地に来てから、触れ合い、直接相手を励ましたのはネリだけである。
クラウディアの立場上、常に一人一人と寄り添うのは難しい。領地に着いたときは、騎士越しに話すことしかできなかった。
けれど、考えていた以上に助けを必要とする人がいた。
難民に同行していた修道者もその一人だった。
修道者だって人間だ。
(わかっていたはずなのに)
カルロ司祭の言葉が思いだされる。
誰かの導き手になる者ほど、自分を労れねばならないこと。
クラウディアやレステーアは、自分の考えをしっかり持っているから補佐役に選ばれたのだと。
(けど、わたくしが強くいられるのは)
リビングに腰かけるよう促されながら、ヘレンを見る。
(ずっと助けてくれる人が傍にいるから)
前世では、ヘレンをはじめたとした先輩娼婦たちのおかげで、生き方を習い、知る活力が生まれた。
逆行後も、味方になってくれる人に励まされ、今がある。
逆を言えば、前世でヘレンと出会うまで、誰よりも寄り添ってくれる人を求めていたのは自分だった。頼れる人のいない孤独を、誰よりも知っていたはずなのに。
(いつから鈍感になっていたのかしら)
振り返れば、何となく警鐘はあったのだ。
補佐役の話が出た際、本当に自分でいいのかと思ったこと。
ずっと見落としが気になっていたこと。
日常では、パトリック夫人をはじめ、上級貴族と過ごす時間が増えていた。
ローズガーデンでの取り組みも、為政者視点での関わりで、貧民一人一人の立場に立ったものではない。
娼婦時代とはすっかり変わってしまった現状に、自分でも心の片隅で疑念があったのだ。
難民に同行していた修道者は、弱者を助けたいという信念があった。それでも精神が摩耗し、このような事態に至ってしまった。
他の人はどうだろう?
難民を含めた政策をおこなうことで、未来を切り開いたつもりだった。
直接的には物資や金銭的な支援で、人々を救えると思っていた。
だけど、それだけでは足りないとしたら?
クラウディアは祖国を離れた経験がない。
娼婦時代ですら、王都にいた。
(ニアは、無理矢理、皮膚が剥がされるようだと言っていたわね)
故郷と家族との別離を、彼女はそう語っていた。
それこそ、恐怖に耐えるため、祈ることしかできなかったと。
どうして今の今まで思い至らなかったのか。
もっと精神面にも重きをおくべきだったのだ。
(聖女のせいにはできないわ)
聖女の存在は、難民たちを大きな光で照らした。実際、発言に救われた人もいる。
それで十分だと、胡座をかいてしまったのは自分たちだ。
聖女や修道者に任せて、精神的なケアを怠ってしまった。
反省すればキリがなく、頭を抱えそうになるのを我慢する。
(ここで思考を停止してはいけないわ)
気付いたならば、改善する方法を探すのだ。
自分にはヘレンをはじめ、助けてくれる人がいる。相談にのってくれる人がいるのだから。
気を持ち直したところで、医者が到着した。
経過を見る必要があるものの、現状命に別状はないと聞いて胸を撫で下ろす。
「早期に発見できたのが功を奏しました。あとは意識を取り戻してからの判断になります」
クラウディアとしてもできることがないので、その場を辞す。
あとは現場監督に任せるしかなかった。
「容態がわかったら知らせてください」
「はい、ご連絡致します。クラウディア様が異変に気付かなければ、発見が遅れていたことでしょう。心労を重ねる光景であったとは思いますが、あまり気負い過ぎないでください」
「ありがとうございます。改めて色んな人に支えられているのだと強く感じますわ」
課題を胸に屋敷へ戻る。
馬車へ乗り込むと、隣に心配を隠さないヘレンの姿があった。
「クラウディア様、大丈夫ですか?」
「ええ、だいぶ気持ちは落ち着いたわ。ヘレンも衝撃的だったしょう?」
「わたしが見たときは、騎士たちが床へ下ろしているところでした。ほどなくして息を吹き返されたので、そこまで心理的負担はありません」
「ならば良かったわ。考えをまとめるのを手伝ってくれるかしら?」
「はい。ですが無理をされてはいませんか?」
「こうして気遣ってくれるあなたがいるから大丈夫よ。顔色もそんなに悪くないでしょう?」
じっとクラウディアの顔を見つめたあと、ヘレンは頷く。
とりあえず了解してくれたようだ。
「少し気になったのは、修道者が行動を起こしたタイミングなの」
単身用の家屋に入居する前は、難しかったのだろうと推測する。
人目のあるところではできない行為だ。
「そうですね。一人になれる場所があったからこそ、行動できたのだと思います」
「これって他の人にも当てはまる条件じゃないかしら」
以前の慰問時、広場で大勢が身を寄せ合っているときにはなかったことだ。
難民施設にいる間も、誰かしらの目があった。
仮設住宅へ移る段階になり、一人になれたことが悪く作用したのだとしたら。
「単身者には目を配ったほうがいいかもしれないわ」
「住宅を確保することが、悪いことにも繋がるなんて……」
現場監督は、難民たちの表情が明るくなったと言っていた。
上手く他人と交流できた人はそうかもしれない。けれど皆が皆、現状に馴染めるとは限らないのだ。
修道者でさえ、耐えきれなかった。
難民はどうだろう。
「中でもご老人は、若い人以上に祖国への思い入れが強いわよね」
割合でいえば家族のいる難民が多い。その中でも単身者といえば、戦争に子どもを徴収された老人が筆頭だった。
住み慣れた場所を離れるのは、若者より老人のほうが堪える。
リンジー公爵領へ辿り着くまでに、過労がたたっている人もいた。
世帯ごとに住まいが分かれた分、互いを見る目は減った。
各々が生活と向き合う中で、自分から助けを求められない人がもっといるかもしれない。
精神的ケアに注目すべきだと課題を挙げる。
その後もヘレンと会話を重ね、馬車が止まるまでクラウディアは方法を模索し続けた。