作品タイトル不明
44.難民は文化交流する
しばらくして、領民との文化交流がはじまった。
伝わらない単語、やらない習慣などが洗い出され、互いの理解を深めていく。
ここで自分の頭の悪さが露呈した。
現地の女性たちと川で洗濯をしているときだった。
この頃にはお湯が行き渡り、身綺麗にできる余裕が生まれていた。
何でもかんでも施設の人に任せるのは気が引けて、汚れた食器なども一緒に洗おうとして止められる。
「あ、ネリさん、油汚れはダメよ!」
「洗濯はいいのに?」
「服はそうそう油まみれにならないでしょ?」
川に流していい汚れの基準があるのだとはじめて知る。
「考えなしに川へ流すと、汚れが広がって下流の人が困るのよ」
魚たちにも良くなかった。
そのために下水道があることを教わった。難民施設にも引かれているという。
人口の多い都市部では、洗濯すら川でしないとか。この辺りは農地が多く、比較的に人が密集していないため、許されていた。
「汚れた水を集めて、綺麗にするところがあるのよ。ある程度、汚れと水を分けてから川へ流すの」
「水を綺麗に……考えたこともなかったわ」
かしこく生きてきたつもりだけど、何というか、ものの考え方とか、視野の広さとか、ずっと狭い世界で生きていたのだと突き付けられた。
女性たちは環境の違いよ、と慰めてくれ た。
領民でも農業従事者は、農業のことしか知らずに一生を終えると。
頭が悪いのではなく、知識が少ないだけだと言われた。
慣れれば自分に合った職が与えられ、賃金も出ると聞いて、感傷に浸るのはやめた。お金は大事だ。祖国の村では物々交換も多かったけれど、衣類の購入にはお金が必要だった。
ちょうど農業の繁忙期でもあるらしかった。
交流で一番盛り上がったのは子どもについてだ。
どこでも母親が抱える悩みは同じで安心する。
「うちの子は、とにかく動くものが好きで、危ないって言ってるのに、すぐ工事現場へ行っちゃうのよ」
正に同じことで悩んでいて、思わず手を叩く。
「うちも一緒! 男の子だからかわからないけど、兄弟揃って工事を見ようとするの。施設周辺は何かしら工事してることが多いから、もう目が離せなくて」
「わかるわー! そうね、施設だともっと大変よね。わたしでも、いっそ犬のリードでも着けておきたいぐらいよ」
離れて見ている分にはいい。けれど大人が注意していないと、怖い物知らずでドンドン近付いていくのだ。しかも大人しくしていないし。
警備が増えたおかげで一時に比べれば不安は減ったものの、知らない人について行かないか、気が気でなかった。
話が盛り上がっていたからか、現場監督へお弁当を持って来ていた奥さんも顔を出す。
現地の領民と難民が打ち解けている様子に、奥さんはほっとした様子を見せた。
ふと、奥さんが持つ鞄に着いていた飾りに目が行った。
視線に気付いて、より見やすいよう前に出してくれる。
青と黒の小さなタペストリーだった。どうしてか心が惹かれる。
「これはクラウディア様とヴァージル様を象徴する、推し雑貨よ」
「推し雑貨……?」
面談をしてくれた美しい人の名前がクラウディアということは、そのあとすぐに知った。
兄がヴァージルで、領主代行を務めているとも。
推し雑貨というフレーズは聞き慣れなかったけれど、二人の髪色と瞳の色を表すタペストリーに、概念はすぐに理解できた。
「わたしも手に入れられるかしら」
「あら、そうね……これは主人に提案したほうがいいかも」
言うが早いか、奥さんは現場監督の下へ向かった。
後日、難民の大人向けに見覚えのある飾りが配給された。
推し雑貨の存在は、難民の間ですぐに広まった。
持っていると領民の視線が和らぐとわかってからは、お守りになった。
仮設住宅の建設が一段落し、日雇いの人間がいなくなると、子どもを預けて働きに出られる女性が増えた。
皆、支援が永遠に続くものでないと理解していた。
打ち切られるまでに自立しないと。
運良く貴族の後援者が見付かった人もいるけれど、稀な話だった。
(一難去って、また一難)
手持ちのお金を 見て、溜息をつきたくなる。
配給物資の他に、毎月食費が手当としてあった。
炊き出しが終わったあとは、自分たちで賄わねばならない。とはいえ、配給物資に食糧もあるので、現金は実質、緊急時に傷薬といった必要なものを買うためのものだった。
配給が終わったときのことを考えると憂鬱になる。
それでも命の心配がないだけ幸せだった。
予告もなく突然支援が打ち切られることはないと聞いている。それこそ戦争でもはじまらない限り。戦争なんてあり得ないと、現場監督の奥さんは笑っていた。
(不思議な感じ……)
二つ、三つ、国を越えただけで、平和な世界があった。
自分が物心ついた頃から、祖国の情勢はずっと不安定だったというのに。
(何が違うんだろ)
頭の悪い自分にはわからない。
けれど、何の杞憂もなく走り回る子どもたちを見られる尊さは理解できた。
時折、夫のことが浮かぶ。
もし。
もし、祖国が落ち着いたら、また会えるだろうか。
生まれ育った場所のことは忘れられない。
ただ昔の日常に戻れる自信はあまりなかった。子どもたちにとったら、ここで暮らすほうが幸せだろうとも思う。
土と掘っ立て小屋だけの、狭い世界に閉じ込めるのは可哀想だった。
(夢よね)
わかっている、いつかは帰らないといけない。
領民がどれだけ良い人たちでも、自分たちは難民で、異物に過ぎないのだから。
そのうち出て行く客人だから、優しく接せられているとも考えられる。
(難民でなくなったら、帰れと言われて当然よ)
聖女の言葉通り、難民だから保護されているのだ。
では、難民でなくなったら? 祖国へ戻るしかない。
あの狭い世界へ。
貧しい村へ。
正直言うと、貴族の後援を得られた人が羨ましかった。彼女はずっとここで暮らせるから。
夫が頭を過る。
忘れたわけじゃない、今だって恋しい。
だけど――。
(はぁ、今は目の前のことに集中しよう)
仕事に就かないと。
子どもたちの分も、推し雑貨を買ってあげたかった。