作品タイトル不明
39.現場監督は胸に誓う
難民の慰問当日。
先におこなわれた領民への慰問が成功に終わったことは妻から聞いていた。外の声を届けてくれる妻の有り難みが身に沁みる。
パルテ王国の隊長から聞いた、適材適所という言葉が蘇った。
今からでも女性の文官を呼べるか、本部と掛け合おうとメモに残した。
いかんせん、難民からの聞き取りが万全とは言い難かった。
まとめ役である修道者も男性なので、手落ちがあるように思えてならないのだ。
忘れがちになるが、彼自身も難民である。あまり負担はかけられなかった。
領内の修道者に協力してもらっているものの、現地から来た修道者と比べると信頼度がどうしても劣る。核心に触れられている自信がなかった。
領主代行とその妹を乗せた馬車を前に、気を引き締める。
領民と同様に、難民の目にも輝きが戻ることを願ってやまなかった。
ただ失礼だけはあってはいけないと、否が応でも緊張が走る。
二人が通られる動線にも気を遣い、極力汚いものが目に入らないよう心掛けた。
――黒檀を冠した兄妹を目にした瞬間、意識が飛んだように感じられた。
肌が光り輝いているようで、同じ人間なのが信じられない。
(住む世界が違うとは、こういうことか)
直属の上司が子爵ということもあり、貴族は見慣れている。
けれど、まるで違った。
固定観念が覆される。雲の上に住んでいると言われても納得しそうだ。
自然と頭が下がった。恐れ多くて、目も合わせられない。
(この方から手紙をいただいたのか)
帰ったら額縁を磨こうと決める。
仕事を労われると夢を見ている心地になった。
状況をくみ取るための質問が出て、ハッと我に返る。
お二人とも、貴重な時間を割いてまで現場を知ろうとしてくださっているのだ。浮かれるなど言語道断。
難民の衛生面については、浴場を用意できないのが痛手だった。
しかし水の使用量や排水には気を使わなければならない。
なぜならリンジー公爵領の大部分は農地であり、施設周辺も例に漏れないからだ。
たとえ周辺地域に限った話でも、難民が原因で水不足や水質汚染を招くのだけは避ける必要があった。そのため大量の水や燃料を使用する浴場の設置は見送られている。
これらの事情は承知のようで問い質されない。
滑らかな質疑応答が続き、思わず至らなさを吐露してしまう。
「今日は、わたくしが耳になりましょう」
「うむ、女性同士だから言えることもあるだろう。男だけでは限界がある」
即決だった。
予定外のことで現場は慌ただしくなったが、嬉しい悲鳴だった。
クラウディアから出た標語を胸に、改めて自分の考え違いを反省する。最初から女性の部下を配置しておけば良かった話だ。
慰問の成果は目に見えてわかった。
クラウディアの対応後、難民女性たちの表情が明るくなったからだ。
つられて全体の雰囲気も良くなった。
(ここまで変わるのか!)
一時的ではなく、長期的に受け入れられるのだと実感できたからだろうか。
自分がどれだけ言葉を重ねても、所詮は現場監督に過ぎず、できる保証は限られる。
上の人間が約束することで、やっと安堵を得られたのだ。
「あとは警備の強化か」
日中の施設の雰囲気を指摘されたときはハッとした。
油断があったからだ。
施設に赴く人間は、職員をはじめ、善人だろうという先入観があった。
どこかで聞いた、人は誰しも二匹のオオカミを飼っているという話が思いだされる。
人の中では良いオオカミと悪いオオカミが常に争っていて、餌を与えられたほうが勝つと。
今の状況は、悪いオオカミに餌を与えかねないと悟らされた。
難民の男女比では、女性のほうが多い。男性は現地で徴兵されるからだ。
だから男手が必要だろうと考えたのだが、悪い面をもっと洗い出すべきだった。
幸い、ダートンなる人物のことをクラウディアが知っていた。パルテ王国人を雇う了承も得て、名前を使う許可も下りた。
クラウディアの機転には舌を巻くばかりで、ネリとの面談では難なく心を開かせていた。
「少しずつ信用を積み重ねていこう」
標語を胸に前を向く。
「あとは売春の禁止か」
これはアラカネル連合王国の島民を受け入れる際にも徹底していた。
研修から逃走し、不法移民になろうとする者もいないわけではない。そういった者は、身分が証明できず、自分の体を売るしかなくなる。
幸い、周囲が農地に囲まれ、領民は全員顔見知りという土地柄のおかげで、今のところ逃亡者は全員捕まっている。素行不良と判断された者は、強制送還する決まりだった。
遠くから子どもの声に混じって、女性の笑い声が届いていた。
この何気ない光景を守りたいと思う。
農業研修にやって来る連合王国の島民と難民では前提条件が違う。
だから安易な思考に走ることはないと信じたいが、これもやはり、まずは自分たちが信用されなければ要件を周知したところで意味はないのだ。
少しずつ信用を得られるよう努めること、クラウディアが何気なしに放った言葉は、やはり標語として相応しい。
自分がその見本になれるよう、現場監督は胸に誓った。