軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

30.修道者は聖女に認定される

案の定、眠れなくて客室を出る。

気分転換を兼ねて、教えてもらったモニュメントを見に行くことにした。

(昼と夜で表現方法が変わるって、ノリス司祭は言ってたけど)

ランタンの明かりを手に、エントランスを目指す。

廊下にも照明はあった。けれど光源がロウソクなのもあって、全体を照らすには弱い。

上を向けば、闇が天井を覆っていた。

じっと眺めていると、垂れてきそうだ。

ありえない想像に身震いがして、早足になる。

(真っ暗な中で、どう表現するっていうのかしら)

大方、日光から人工の照明に切り替えるぐらいだろうと、期待はしていなかった。

明日おこなわれる式典の緊張を解せればよかった。

エントランスの付近がぼんやり明るくなっているのを認めて、予想通りだと薄く笑う。

しかし台座に近付くにつれ、笑みは消えた。

「闇が落ちてる」

日中とは真逆のことが起きていた。

天窓から台座へ、真っ直ぐ闇が降り注いでいる。

そんなことがありえるのだろうか?

目の前の現実が信じられず困惑していると、近付いてくる人の気配があった。

「やぁ、早速見に来たんだね」

「ノリス司祭、これ、どうなってるんですか?」

求めていた反応を得られて、司祭は楽しそうに笑う。

「あはは、初見だとやっぱり混乱するか。何も不思議なことはないよ。手品より簡単さ」

ちょうど台座の上に影が落ちるよう、照明が工夫されているのだと説明を受ける。

「廊下から台座へ向かって、徐々に明るくなるよう調整もされている。ランタンを持って歩いていると気付きにくいけどね」

試しに離れたところにランタンを置き、台座の元へ戻る。

すると司祭の表情を確認できる程度の視界があった。

確かに遠目でもエントランス付近が明るく見えていた。

照明があるとわかっていたのに、何故あんなにも驚いてしまったのだろう。

「いざ近付いてみると、眼前の事象に気を取られてしまうものだ。どれだけ知識を身に付けていても、当事者になると何もできないようにね」

「色々と考えさせられるモニュメントですね」

見えていたはずのものが、見えなくなる。

体感すると身に染みるものがあった。

「まだ胃は痛いかな?」

式典に向け、神経質になっているのが伝わっていたようだ。

「今は少しマシです。良い気分転換になりました」

「なら良かった。もしかしたら私が緊張を強いてしまったのではと思ってね。君にかける期待が重荷になってやしないかい?」

まだ聖女認定の報せが出る前にもかかわらず、司祭からは一般市民だけでなく、教会の希望になるのだと言われた。

そのあとにも世界情勢を習う中で、難民についても聞かされた。

紛争地帯での戦争が長引き、疎開を迫られている人が多数いると。

自分が本当に不安を抱えている人の救いになれるのかと問われれば、正直わからない。

だからといって、辞退したいとも思わなかった。

素直に胸の内を伝える。

「わたしは、わたしにできることをしたいです。少しでも困っている人たちの力になれるように。この思いは、島にいたときから変わりません」

断言すると司祭は朗らかな笑みを浮かべた。

最初からこちらの返答を予測していたようだ。

(わたしの考えなんて、全てお見通しってことかしら)

こちらを気にかけながらも、ノリス司祭には余裕があった。

暗がりの中でも彼の碧眼は揺るがない。

司祭からすれば自分は小娘に過ぎない上、一修道者から司祭にまで上り詰めた人だ。経験値がまるで違う。

当然といえば、当然だった。

「君は、やっぱり聖女になるべき人だ。君のその姿勢が多くの人を救うと、私が保証するよ」

「ありがとうございます。これで式典も乗り切れたらいいんですけど」

司祭と話したことで気分は軽くなっていた。今なら余計なことを考えず眠れそうだ。

君なら大丈夫だよ、とお墨付きを貰って客室へ戻る。

(光と闇、ね)

日中と夜間で変わるモニュメント。

手の込んだつくりなのに、関係者しか見られないのが残念だった。赤毛のシスターならどんな反応をしただろう。

思い返せば、自分がどう行動すべきなのか、彼女が一つの指針になっていた。

離れてしまったけれど、一緒に行動する時間が増えていたおかげで、なんとなく反応の予想はつく。きっと自分以上に驚きを露わにして、最後には笑うんだ。

ベッドに横たわって声を思いだしていると、いつの間にか眠りについていた。

◆◆◆◆◆◆

きまぐれな神様は決まった姿を持たない。

物語では光で表現されることが多かった。

聖女の認定式。

光を背負って立つ教皇は、紛うことなき神の使いだった。

あまりの眩しさに、参列者の視線も気にならなかったのを覚えている。

名前を呼ばれた先で、教皇から肩にかける帯を授けられたあと、二言三言、言葉を交わしただろうか。この辺りから記憶があやふやだ。

ノリス司祭から終始失礼はなかったと聞き、安堵する。

「さぁ、いよいよお披露目だ! 挨拶は頭に入っているかい? 忘れそうだったら、メモを見るんだよ」

いつになく司祭のテンションが高い。

自分が推薦する人物が聖女に認定されたのが、嬉しくて仕方ない様子だった。

聖女の後援者となることで、取れる一手が増えるからだろう。

彼の反応は期待の表れでもあった。

(聖女に、なったのよね)

肩に加わった重みが何よりの証拠だ。

修道者は地位によって装飾品が替わる。枢機卿の場合は、幅の広い布を肩にかけ、その上に帯を載せる。聖女も同様で、帯の模様が、枢機卿のものとは違った。

白地に青い糸が使われた帯は上品で、二つとないものだ。歴代の聖女に受け継がれてきたため、汚れこそないものの、生地は年代物だった。

(夢の中にいるみたい)

先ほどの緊張は、紛れもない現実だったけれど。

一般市民に挨拶すべく大聖堂前へ向かう道のりは、雲の上を歩いているようだった。

最初に意識が向いたのは、大勢の人の気配だ。

騎士たちが壁をつくっているため、壇上に上がるまで人々の姿は見えない。それでも耳に届くざわめきが人の多さを教えてくれた。

壇上へ上がり、互いの姿を認める。

瞬間、正面から風を受けた。

ふわりと白いベールの端がはためく。

歓声があった。

祈り、泣く人がいた。

風の正体は、集まった人々の思いだった。

(これだけの人が、皆、わたしを見てくれているの?)

ぞくぞくと背筋が震える。

人の列は大聖堂と町を結ぶ道にまで延びていた。

正確な人数はわからない。けれど間違いなく、人生ではじめて見る人の多さだった。

(声を、届けなきゃ)

集まってくれた彼らに報いるために。

人々の、希望になるために。

そのうち島にも聖女認定の話が届くだろう。

馴染みのシスターの顔が浮かんで、頷く。

一人でも多くの人が不安から解放されることを、難民となった子どもたちが飢えで苦しむことがないよう願うだけで終わっていてはダメなのだ。

口を開こうとした矢先だった。

ノリス司祭が姿を見せる。予定にはなかった行動だ。

観衆に不安を与えないよう歩調は緩やかであるものの、鬼気迫ったものが感じられた。

(何かあったの?)

視線で問うと、耳打ちされる。

内容を瞬時には理解できなかった。

よりによって、どうしてこの大切な場面で不安を煽るようなことを伝えるのか。

ベールに隠されつつも顔に出ていたらしく、司祭に励まされる。

「このような場だが、君にはいち早く知らせておいたほうがいいと判断した。詳細はあとで話そう。大丈夫、私は君の力を信じているよ」

更に司祭は言葉を重ねる。

「大丈夫、君ならこの情報を乗り越えて、むしろ力にできると思ったんだ」

碧眼を和ませ、司祭は静かに辞す。

(考えがあってのことなのね)

一緒に過ごすうちに、無駄なことはしない人だと理解していた。

自分のことをお見通しなのも。

そんな彼が言うのだ、今聞くべきだったと。

ならば素直に受け止め、考えよう。

(わたしにできることを)

傍目にわからないよう小さく深呼吸する。

澄んだ空気を肺の隅々にまで行き渡らせると、頭が冴える気がした。

(難民だけで終わる話じゃないってことだわ)

今の今まで、貧民や難民の具体例にばかり気を取られていた。司祭の情報で、問題のカテゴリーは違うけれど、新たに一つ加わったともとれる。

けれど司祭が伝えたいのは、そういうことじゃないだろう。

(もっと広い視野で考えなくちゃ)

そして人々の意識を、問題へ誘導する。

聖女には、その力があった。

これから自分が問題と立ち向かうためにも必要なことだ。

(魔女が実在するだなんて)

司祭が持って来た情報は、信じられないものだった。

未だ消化しきれていないが、本能的に邪悪さは感じていた。

意を決し、民衆へ向かう。

導かなければ。

集まった彼らもまた、それを期待しているのだから。

ここから、わたしの新しい人生がはじまるのだ。