作品タイトル不明
26.公爵令息は侍女を心配する
(ヘレンに声をかけるだけのことはあるか)
状況を理解し、抗っているのだ。
自分がクラウディアに評価されていることも加味して。
いかにヴァージルでも、簡単にブライアンを処すことはできないと踏んでいる。もしくはこの程度で男爵子息を手にかければ、悪評にしかならないと考えているのか。
貴族は世間体を大事にする。特に嫁入り前の娘がいる家庭では。
なんにせよ、考えなしの行動ではなかった。
騎士が対戦相手と向き合うことで相手の力量を推し量るように、こういった対峙では相手がどういう考えのもと行動しているのかわかるときがある。
それは互いに同じだけの知見、共通認識があるのを示唆していた。
簡単に一般常識と言われるが、個人が持っている知識量、考え方には違いがある。この差が大きくなればなるほど、相手の考えは理解できない。
この時点でヴァージルは、ブライアンに好感を持った。
同じものを見て、同じことを考えられる同士を見付けたようなものだ。
とはいえ、ヘレンの前から退くことはできなかった。
どれくらい睨み合っていただろう。体感は長く感じられたが、一、二秒ほどだろうか。
最初に動いたのはヘレンだった。
「ヴァージル様、お手数をおかけして申し訳ありません。ブライアン様も、ヴァージル様のお言葉にあった通り、仕事外のお誘いはお断りしております」
「……そうですか、残念です」
ヘレンの答えに肩を落としたブライアンだったが、それも一瞬のことだった。
すぐに顔を上げ、なぜかヴァージルへ向かって口を開く。
「でもおれは諦めませんから!」
宣戦布告だった。
しかし、この場だけを切り取ると、いらぬ誤解を招くのではないか。
特にブライアン側から見れば、ヘレンの姿がヴァージルで隠れてしまっている。
流れを知らない者からしたら、ヴァージルのことを諦めないと宣言しているように見えるだろう。
そんなことを考えていると、ヘレンが笑みを漏らす。
「これではヴァージル様を誘っているようですね」
ヘレンも似たような印象を受けたようだ。
二人の危惧が伝わったブライアンは、目を白黒させる。
「へっ!? えっ、違います! 違いますよ!?」
「心配せずとも意図は伝わっている」
「良かったぁ……あ、それでは、おれはこれで失礼いたします」
「うむ。だがヘレンから苦情があれば、次はないぞ」
「はい、線引きは心得ています。嫌われては元も子もありませんから」
「ならばよい」
彼なら付き纏いをする心配はなさそうだった。
そもそもクラウディアが認めた人物である。ヘレンに対し、一家言あるのもクラウディアのほうだ。先にある程度の試練は通過しているだろう。
(ディーのヘレンへの思い入れも相当だからな)
ブライアンが辞し、改めてヘレンと向き合ったところで、頭を下げられる。
「助けてくださり、ありがとうございます」
「余計な手出しだったみたいだが」
ヘレンの態度を見れば、自分で対処できたのは明白だ。
間違った捉え方をされては困ると言葉を続ける。
「君の能力を過小評価したわけではない。守らねばと咄嗟に体が動いたのだ」
はい、と頷くヘレンに、誤解はなかったようで安心する。
そして今こそ、当初の目的を果たすべきだ。
「先ほど、その、君に触れたのは軽率だった。誤解を招く行動を取ってしまったのは、こちらの落ち度だ」
「誤解……はい、わたしも取り乱してしまい、申し訳ありませんでした」
やはりヘレンにも思うところがあったのか、話題に上げた途端、体が強張った気配がした。
「他ではありえないのだ。俺も考えてみたが、どうも君相手だと予防線が力を発揮しないようでな。君が悪いと言いたいのではない。俺の問題だ。気が緩んでしまうというか……」
「えぇと、ヴァージル様は誤解を解かれたいのですよね?」
「そうだ。妙齢の女性に触れるなど、あってはならないことだった。反省している」
「はい、その件については理解しました。ヴァージル様が清廉潔白であられることは存じ上げておりますので、ご安心ください」
軽薄な主人ではないと伝わっているようで心からほっとする。
「時間を取らせて済まない。君に、他の女性にも同じことをしていると思われるのは嫌だったのだ」
「はい……」
「プレゼントを贈ったのも、君だけだ。普段、形式的に贈っている返礼品とは違う」
「はい……」
「ヘレンだけは、やはり俺にとっても特別なのだろう。いや、俺が勝手に思っているだけだが」
「あのヴァージル様、少し落ち着きましょう」
「俺は落ち着いているが?」
誤解されていない安心感から、つい口が軽くなってしまったようだ。
見れば、ヘレンが顔を赤くしていて焦る。
「すまない、体調が悪かったのか!? 誰か、医者を」
「大丈夫です! すぐに治まります!」
「無理をするな。君に何かあったら困る」
「失礼を承知で申し上げますが、ヴァージル様は一度口を閉じてください」
「う、うむ……」
ヘレンは会話するのも辛そうだった。
やはり医者に診せるべきだと動こうとするが、当人に止められる。
「本当に大丈夫ですから。ヴァージル様はこれから登城されるのですよね? わたしのことは気にせず、ご出発ください」
言われて馬車を待たせているのを思いだす。
だからといってヘレンを放っては行けなかった。
見れば目も潤んでいる。熱が出ているのかもしれない。ブライアンが帰ったあとで良かった。こんな弱った状態の彼女を見たら……。
「すまない、先に謝っておく」
「え? ヴァージル様!?」
ブライアンに限らず、他の男には見せられないと思ったらダメだった。
先ほどの発言を反故にしてしまう行動を取っているとわかっていても、動かずにはいられない。
心配が勝り、早く彼女を人目のないところで休ませたかった。
ヘレンを横抱きにし、空いてる部屋へ連れていく。
「マーサを呼ぶ。彼女なら君も安心できるだろう」
「は、はい……」
体勢がしんどくはないか確認してソファーへ寝かせ、すぐに侍女長のマーサを呼んだ。
本当は医者を呼びたかったが、ヘレンに断られている。実際に必要かどうかの判断はマーサに任せた。
女性にしか伝えられないこともある。
心苦しいが、男の自分では解決できないことがあるのを身をもってヴァージルは知っていた。
その後、念のため経過を知らせるよう言付けておく。
執務中、大事はない報せが届き、ヴァージルはほっと胸を撫で下ろした。