軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

23.悪役令嬢は悩殺する

修道院の客室は、屋敷の客間と引けを取らなかった。

調度品こそ職人の一点物ではないものの、材質にマホガニーが使われた暗褐色のドレッサーやテーブルが、往年の重厚感を感じさせる。

部屋は入ってすぐが応接室、奥が寝室と二部屋あった。

寝室にはベッドが二つ並んでおり、今夜はレステーアと泊まる。

「隣も客室だったわよね?」

他に泊まり客はいない。

保護された犬は、騎士たちの寮で世話になると聞いている。

ならば別々の部屋でもよかったのでは。

「お世話する人間が必要だろうと、ぼくから同室を願い出ました」

「修道者は自分のことは自分でするものよ」

「どうか、我が君と泊まる名誉をお与えください」

言うなり、目の前でレステーアは片膝を床につけ、頭を垂れた。

周りに人がいなくなった途端、これである。

「仕方ないわね」

「ありがとうございます!」

「あなたのためではなくて、予定を変えたら他の人に迷惑がかかるからよ」

空室でも準備がいらないとは限らない。

しぶしぶ頷くクラウディアに対し、レステーアは碧眼を輝かせる。

「後悔はさせません!」

「もう、精神的に疲れるから座って頂戴」

クラウディアも応接室のソファーに腰掛ける。

これから来客の予定があった。

待っている間、気になっていたことを訊ねる。

「補佐役への選出だけど、理由は聞いているのかしら?」

クラウディアが選ばれた理由はわかりやすい。王太子の婚約者だからだ。

レステーアについては、エリザベスほどではないが意外に思っていた。

「女性という固定観念にとらわれない服装が評価されました」

声には感情がこもっていなかった。

評価しているわりに、礼拝ではクラウディアと同じ修道服だったのが関係していそうだ。

溜息をついて、レステーアは続ける。

「その実、保守的な自分たちにも斬新な考えを受け入れる懐の広さがあるのだぞ、という表面上だけの宣伝に使われているだけです」

真に共感していれば、礼拝でも男装が許されたはずである。

カルロ司祭の人柄にレステーアが和んでいたのは、先に教会の悪い面を見ていたからだった。

「聖女祭当日も、もちろん男装はなしです。我が君と同じ称号を得られる誉れのためだけに任命を受けました」

「となると、一般市民は、あなたが男装の麗人であると知ることはないのね」

「ありませんね!」

バーリ王国の貴族なら、誰もがレステーアのことを知っている。

けれど平民となれば別だ。住む世界が隔絶されていた。噂では耳にしたことはあるかもしれないが、実際に男装姿を見ていないと結びつかないだろう。

「ポーズはポーズでも、貴族向けのポーズなんですよ。頭が固いにもほどがあるでしょう。まだ枢機卿は話がわかる人なんですけど」

「そうなの?」

ハーランド王国と同じく、バーリ王国へも教会から枢機卿が派遣されている。

「女性なんですけど、先駆的な考えをお持ちで仲良くさせていただいています。補佐役になったのを機に、教会の内情も教えていただけているので、得るものがないわけでもないですね」

今日、ギーク枢機卿が来られなかった理由にも見当が付いているという。

「どうやら聖女候補に、新たな人物が出てきたようです。ぼくが聞いた時点では、そういう動きがある、という程度の話でしたが、ギーク枢機卿に急用ができたのを鑑みるに、本格化したんじゃないでしょうか」

「可能性は高いわね」

一体何があったのか疑問だったけれど、話を聞いて納得する。

聖女候補は、全員が数いる枢機卿の縁者だった。選出には、教会内部の権力闘争が絡んでいても不思議ではない。

新たに出てきた人物が気になるところだ。少なくとも、既出の候補者たちを上回る何かがなければ認められないだろう。

「認定されるかどうかは、それこそ駆け引きの結果でしょう。誰がなったところで、ぼくたちには関係ありませんけど」

補佐役を務めるというのに、結構な言い草である。

ただ政治から教会を切り離そうと考えているハーランド王国は、聖女とも距離を置くかもしれない。

(話が通じる相手に越したことはないわね)

そんなことを考えていると、来客の報せが入る。

レステーアがドアを開け、入室を促した。

入ってきたシルヴェスターとラウルの姿に、クラウディアは目を瞬く。

二人が男性用の丈の長いローブ――修道服――に身を包んでいたからだ。

クラウディアの反応に満足して、シルヴェスターはにこりと笑った。

「我々がここにいるのは一般の者には内緒だ。あまり目立たぬよう服装を揃えさせてもらった」

「目立たぬように、ですか?」

つい聞き返してしまう。

ハーランド王国、バーリ王国の王族が二人並んでいる時点で無駄な気がした。

何せ、この容姿である。

凜と佇む黄金を冠したシルヴェスターに、陽を体現する褐色のラウル。

華美な装飾がないおかげで、二人が持つ自前の華々しさが際立っていた。

(しかも体のラインが出る装いでないはずなのに、普段より筋肉が目立つのよね)

重力に沿う布地に対し、筋肉が盛り上がっているからだろうか。着痩せして見えるシルヴェスターも、しっかり胸筋の輪郭が見て取れた。

気を抜けば、ぼう、と眺めてしまいそうだ。

(ここは大聖堂。王都で一番神聖な場所よ。不純な考えは消えなさい。お願い、消えて)

スキンシップできないのも願望に拍車をかけているのか、どうしても今すぐあの胸に飛び込みたくなる。

内心葛藤しているクラウディアに何を思ったのか、シルヴェスターはラウルの視界を手で塞いだ。

「おい?」

「これはお前のためだ」

「何がだよ」

「今すぐ両目を潰したほうがいい」

「いきなり物騒だな!?」

どうしたというのだろうか。

シルヴェスターの行動が理解できず、じっと見上げる。

真意を探ろうとしたが、シルヴェスターは目を泳がせるばかりだ。

あー、と隣でレステーアが一人納得する。

「人は入浴後が最も魅力的だと言いますからね」

「はっ、そういえば保湿しかしていなかったわ!?」

入浴後、というキーワードで、化粧をしていないことに気付く。

いつもならヘレンが身なりを整えてくれた。旅先で一緒に夜を過ごしたときも、薄化粧をしていたはずだ。

まだ湿り気が残る髪を両手で掴む。

(わたくしったら、うっかりし過ぎよ!)

慌てたところであとの祭りだった。

「ごめんなさい、こんな格好で」

「いや……」

もごもごと珍しくシルヴェスターの歯切れが悪い。

視界を奪われながら、ラウルもどうした? と首を傾げる。

「我が君、ぼくが一番伝えたかった部分を飛ばしておいでです」

「え?」

「今、我が君はこの世で最も美しい姿であると、言ったんですよ」

そういえば魅力的だというフレーズもあった。

ことあるごとにレステーアは自分を賛美するため、スルーするクセが裏目に出たようだ。

次いで細かく説明してくれる。

「入浴後は全身の血行が良くなります。体の冷えを解すため、この時期は長風呂になるため余計ですね。無駄なむくみが消え、肌に潤いが満ちることから、男女共に入浴後の姿が一番美しいと言われています」

説明を受けて、前世の娼婦時代、ミラージュが入浴は天然の化粧だと言っていたのを思いだす。

貴族令嬢にとっては生活の一部に過ぎないため、すっかり忘れていた。

「いつにも増して瑞々しい肌、自然に火照った頬。何も塗っていないからこそ、血色を伴ったふっくらとした唇は、正に『美』そのもの!」

しまいには高らかと歌い出す。

ラウルは力任せにシルヴェスターの腕を掴み、視界を確保した。

「貴様っ、死にたいのか!?」

「オマエに殺されるっていう意味か? それともクラウディアに悩殺されるという意味か? 彼女に殺されるなら本望――」

クラウディアと目が合ったラウルは、全ての動きを止めた。中途半端に開けられたままの口が、その衝撃を物語る。

シルヴェスターはすかさずラウルの手を振り払い、防御すらまともに取れないラウルのみぞおちに拳を沈めた。

「ぐふっ!? オマエ、マジかよ……っ」

「私の婚約者に見蕩れる権利が、貴様にあると思うか?」

先ほどまでは気軽にお前呼びだったのが、距離ができて貴様呼びに替わっていた。