軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

02.悪役令嬢は接待する

すっかり寂しくなった枝に、庭師が吐息で白い葉を盛る。

重苦しい雲が昼の陽光を遮っていた。

寒さから誰もが動きたくないと考えるのとは逆に、マットを広げたクラウディアの自室には熱気があった。

ふっ、ふっと呼吸を浅くしながらも、サンセット侯爵家のパトリック夫人こと、エリザベスは口を動かす。

「あなたの美しさは、若さゆえと、思っていたけれど、秘訣があったのね」

鈍色の髪をまとめ、後れ毛が頬に貼り付いている様は、運動で上気しているのと併せて歳を重ねた大人の色香があった。首筋を汗が伝う。

疲れでキツい目尻も下がり、普段の気難しい雰囲気が軟化している気がした。

とはいえ、社交界の後ろ盾であるのと同時に、母親と同じぐらいの歳の人を相手にものを教えるのは、中々に気を遣った。

「急な運動は体に響きますから、くれぐれも無理はしないでくださいませ」

「そこまで年老いてはいなくってよ」

過信は禁物だけれど、言葉通りエリザベスに辛そうな表情はない。

聞けば四十代になった今でも、体を意識的に動かしているとのことだった。

「若い頃から、人に見られる立場ですからね。摂生を怠ったことはないわ」

トーマス伯爵夫人と一緒にしないで頂戴、と続く。

言われて、夜会で顔を合わせた、ふくよかな女性がクラウディアの頭に浮かんだ。

同じ王族派でありながら、サンセット侯爵家とトーマス伯爵家の確執は根深い。

エリザベスは普段から敵対心を持ち続けているようだ。

「一昔前は、太っていることが富の象徴でもありましたけどね。もう古い考えですよ。今はドレスを美しく着こなしてこそだわ」

「さすがです、お姉様」

即座に頷いたのは、一緒に汗を流す継母のリリスだった。

クラウディアが考案し、娼館の娼婦たちと協議を重ねた、体を美しく保つためのストレッチ方法は、身内に限り伝授されていた。

エリザベスを誘ったのはリリスの提案だ。エリザベスの立場を鑑みて、興味があるなら誘ってもいいのでは、という話になった。

サンセット侯爵家とリンジー公爵家は、未だ親密とは言い難い関係だが、サンセット侯爵家の嫡男であり夫であるパトリックが起こした一件により、エリザベスの立ち位置は変わった。

弟が次期当主として本家入りしたことで、次期女主人の座を弟の嫁に譲り、彼女自身は本家にある離れで幼い息子と二人で住んでいる。

(それでいて社交界では依然、影響力を持っているのだから流石だわ)

最終的には直系であるエリザベスの息子に跡目を継がせたい本家の考えもあるが、弟の嫁に付け入る隙を与えていないのは、エリザベスの手腕によるものだ。

本家はリンジー公爵家と距離を置く意向でも、エリザベスは比較的自由に動き回れる立場を確保していた。

そんなエリザベスにとって、クラウディアと親密な関係を周囲にアピールするのは悪いことではない。何せ未来の王太子妃である。

現王妃とも気の置けない仲である彼女にとって、二代続けて懇意な関係を保てる意味は大きかった。

リリスが頑張ってくれているとはいえ、親世代から上の人の機微について、リンジー公爵家は遅れを取っている。議会では上手く立ち回れても、女の園であるパーティーやお茶会で父親は無力だった。

そこを補完してくれるのがエリザベスだ。

(お互いに利益がある関係を築けて良かったわ)

片方が不満を抱けば、腹の探り合いになる。余計な労力を使わずに済むのは僥倖だった。

体形の維持、ないしは改善に役立てれば、エリザベスからの信頼も増すだろう。

こうした日常の中での積み重ねも、人の心に訴える上でバカにならない。

暖炉の火は最小限に抑えられている。

クラウディアもマットに並び、お手本になりながら体を動かす。

血が全身を巡りぽかぽかしてくると、縮こまっていたいときほど動くべきなのだと実感した。

エリザベスとリリスの雰囲気も和やかだ。

共に体を動かすことで一体感が生まれていた。

「ハーブ水でございます」

一息ついたタイミングを見計らって、ヘレンが給水を促してくれる。

水温は体を冷やさないよう調節されていた。

喉を潤したエリザベスは、ヘレンを頭の天辺から足の爪先まで眺めて、唇をへの字に曲げる。

「主人が主人だと、侍女も可愛げがなくなるのね」

お決まりの嫌みだった。

言葉の意味を裏返してクラウディアは微笑む。

「自慢の侍女ですの」

「だったら尚更、早く嫁ぎ先を見付けてやりなさい。もう適齢期でしょう?」

ここで結婚が話題に上がるのは予想外だった。

クラウディアの反応に、エリザベスは小さく首を振る。

「お気に入りの侍女を手放したくない気持ちはわかるわ。けれど良い嫁ぎ先を用意してあげるのも主人の務めよ。これだけ尽くしてくれているのだから」

もちろんクラウディアとて、ヘレンには幸せを掴んでほしい。ただヘレンの気持ちを一番に考えたくて、自分からは水を向けられずにいた。

ちらりと視線を向ける。ヘレンの表情は変わらない。

「クラウディアが婚約した今なら時期的にも良いでしょう。同じタイミングで結婚式を挙げるのがいいわ。一から乳母を探すのは大変だもの」

乳母、と聞いて、未来が急接近するのを感じた。

胸がそわそわして、クラウディアは人知れず落ち着かなくなる。