作品タイトル不明
26.悪役令嬢は未来を語る
パトリック夫人は、未来の王太子妃に圧力をかけることで、自身の力を証明しようとした。友人と取り巻きを用意し、準備は万端だった。
ただその圧力にクラウディアは屈さず、なおかつ独自に条件を揃えた。
(あなたの言いなりにはならないわ)
風向きは完全にクラウディアのほうへ向いていた。
かといって、パトリック夫人を蔑ろにしているわけではない。
夫人の審美眼を褒め、話を通す姿勢を見せている。
(あくまで主催者に対する礼儀としてだけれど)
だとしても文句は言えない。
実際、パトリック夫人は瞳を左右に動かし、どう対処すべきか悩んでいた。
やっとのことで声を上げる。
「わたしたちは家を守るのが務めです。商売のことに口を出すのはいかがなものかしら」
王族派らしい言い分だった。
商売を是とする貴族派と対立している手前、王族派である招待客たちは一斉に静かになった。
だが、忘れていないだろうか。
リンジー公爵家は、中立派であることを。
クラウディアが黙る理由はない。
「パトリック夫人のおっしゃる通り、皆様、家を守っておいでです。それはご結婚前の令嬢時代も同じでしょう。今も昔も、皆様は人脈を築くことで、家に貢献されてきたのではありませんか?」
「ええ、その通りよ」
「そして友好を示されるために、他家の特産品をお茶会などで使用されている。わたくしも同じです。使用の場が商館なだけですわ」
「わたしたちは商売をしているわけではありません!」
「商品を卸し、販売をする、という意味では違いますね。けれど特産品を宣伝するという点ではいかがですか? 領地に鉱山をお持ちのご婦人なら、産出された宝石を身に着けてパーティーに出るのは当然のことでしょう?」
友好の証としてイベントで特産品を用いるのも、結局のところは宣伝だ。
出席者が商品を気に入れば、販売に繋がるのだから。
どう言い繕ったところで、利益を出せるのが一番だった。
「もし、わたくしの商館に特産品を卸す機会を失ったと、当主の方々が知ればどう思われるでしょう? もちろん歯牙にかけない方もおられるでしょうが、何のために刺繍の会に参加したのだと、責められる方がいないと言い切れますでしょうか」
商館以前に、クラウディアは未来の王太子妃である。
王妃を背後につけたパトリック夫人主催の会なのを鑑みて、皆、直接繋がりを持とうとするのを遠慮しているに過ぎない。
クラウディアの発言で、ざわつきが生まれる。
当主の意向は、夫人たちにとって免罪符でもあった。
「逆に、わたくしに自領の特産品を推薦したことで、怒られる方はおられるでしょうか?」
むしろ、それこそが交流の場で当主が夫人に望む務めの一つだというのに。
貴族派の商売に眉をひそめても、広大な領地を持ち、自領だけで財政が完結する王族派は一握りだ。
当てはまらない貴族は、他家に特産品を売り、活路を見出すしかない。
(そういった方々が、結果的に取り巻きという形に収まるのよね)
アンセル男爵夫人、ローレンス伯爵夫人を見て微笑む。あなたたちの推薦を、自分は無下にしないと。
目が合った夫人たちは、一瞬にして喜色を浮かべた。
ここで終わりではない。
自分はお妃教育の一環として、刺繍の会に参加しているのだと姿勢を正す。
「わたくしは品薄になったから代替えになる商品を集めるのではなく、ハーランド王国にどれだけ優秀なものがあるのかを他国に宣伝するために、商品を集めたいと思っております」
今後、リンジー公爵家の在庫が戻っても、商品の割合を変えないと明示する。
「どうしてか? 皆様もすぐにご理解いただけるでしょう。自領の特産品が名品であればあるほど、それが自領の力を示すことになるのは、身をもってご存じでしょうから」
クラウディアの商館は他国、アラカネル連合王国にある。
自ずと、客は連合王国の国民だ。
ハーランド王国に数多くの名品があると知れば、どう考えるだろうか。
「わたくしは、皆様がされていることの規模を大きくしたに過ぎません。範囲を自領からハーランド王国に広げ、我が国の力を示そうと計画しております。このお話はサンセット侯爵家にも打診する予定です」
「なんですって?」
つまりサンセット侯爵家の特産品も、商品候補の一つだということだ。
これにはパトリック夫人も愕然とする。
正に今、どちらが主導権を握るかやり合っているところではなかったのか。
敵対とまでは言わないまでも、打ち負かしたい相手ではないのかと、ベージュの瞳がクラウディアの表情を探る。
夫人の視線に、クラウディアはしっかり頷いた。
「王妃様の愛飲されているワインが筆頭候補ですわ」
言わずもがな、サンセット侯爵家のものだ。
ワイン、の一言にざわめきがより大きくなる。
全員がリンジー公爵家の特産品がワインであると知っていた。
実のところ、サンセット侯爵家とリンジー公爵家の特産品は競合しているものが多い。
だからこそ王妃の生家という立場で得られる現在の優遇処置を、リンジー公爵家に譲りたくないのだ。
「もちろん、わたくしがどこのワインがおすすめかを訊ねられたら、実家のワインを一番にあげます。けれど、おすすめを一つに限る必要はありませんでしょう? 味の違いで好みは分かれるものですし」
取り扱う品数を増やすことで、ワイン一つとっても良品が多いことを示す。
それは国が優れた農業技術を持っていることの証だった。
特に小さな島国が集まってできたアラカネル連合王国は、農業があまり進んでいない。
技術がハーランド王国にあると現物で見ることになれば、与える影響も大きいだろう。
「わたくしはまだまだ若輩者です。知らないことも多いと自覚しております。でもだからこそ、視野を広げていきたいと思っているのです」
自領にこだわらず、ハーランド王国全体の発展に目を向けたい。
一方を排除するのではなく、共に切磋琢磨していきたい未来を伝える。
シルヴェスターは力で押さえ込むことで、反抗する意思を挫いた。
クラウディアが選んだのは共存だ。手を取り合うことで道が開かれるのではないかと示唆した。
とはいえ、一つの商館でできることなど、たかが知れている。
ましてやクラウディアが個人で持つものともなれば。
だからといって、行動しない理由にはならないのだ。
また規模が小さいからこそ損を恐れず、試すことだってできる。
「口では何とでも言えますわ。耳当たりの良い言葉を並べて、こちらに不利な条件を突きつけるのではなくて?」
「お疑いになりたい気持ちはわかります。その問いには、行動で答えますわ」
契約すれば自ずとわかることだ。
その場しのぎの言葉だったなら、クラウディアが信用を失うだけである。
「まずはローレンス伯爵夫人の刺繍糸からでしょうか」
「は、はいっ、ぜひ……!」
刺繍の会に用いられている時点で、品質に間違いはない。
あとはどのように展開していくか、ローレンス伯爵家との契約が試金石となる。
(即行動に移せるのは、自分で商館を持っている強みね)
はじめこそ戸惑ったものの、今では誕生日に商館を贈ってくれたことに感謝している。
そして商売に忌避感を持つ考え方に触れるたび、父親の柔軟さが際立った。
これで家庭に問題がなければ良かったのだけれど。
(仕事も家庭も完璧、というのは高望みなのかしら)
会場にいる夫人たちを見渡す。
パトリック夫人の言葉で萎縮した姿はどこにもなく、ほとんどの夫人が次は自分の番だと瞳をギラつかせていた。
成り行きを見ていくしかないと悟ったのか、サンセット侯爵家の特産品も候補に挙がっているからか、再度パトリック夫人が横やりを入れてくる気配はない。
(やれるだけのことはやったわ)
王太子の婚約者として、未来の王太子妃として、展望を示した。
引き続き、商館の運営はあるけれど、有能な担当者と二人三脚で頑張っていくだけだ。お妃教育が終わっても、商館はなくならないのだから。
あとは王妃がいかにクラウディアを採点するか。
こればかりは、待つしかなかった。