作品タイトル不明
21.悪役令嬢は幽霊の真相に辿り着く
「お久しぶり、というには、まだ早いかしら?」
「あれから一週間ですか。滞在されていたのが、まだ昨日のことのようです」
首を傾げるクラウディアに、司祭は朗らかに笑う。
さぁ、どうぞ、と促されて修道院にある応接室のソファーへ腰掛けた。
窓から入る日差しが、二人の間に置かれたテーブルを照らす。
「本日は私に話があるとか」
「はい。どうしても目撃した幽霊のことが気になってしまって……」
「心をお煩わせして申し訳ない限りです」
眉尻を落とす司祭をクラウディアは見つめ返した。
「わたくしなりに調べさせていただきました」
「何かわかりましたか」
「ええ、司祭様に工事を進める気がないことがわかりましたわ」
「…………」
司祭の表情が凍るのを見て、クラウディアは確信する。
彼は修道院を、古城を壊したくないのだと。
ミラージュが告げた、怪談の情報元。
それは目の前に座る司祭に他ならなかった。
なぜ、司祭は幽霊話をミラージュに語ったのか。
彼には動機があり、ローズガーデンと同じ手法を取ったのだ。
要は、人避けである。
「幽霊話で施工主が見付からないとおっしゃっていたのは、嘘だったのですね」
そもそも司祭は探してすらいなかった。
周辺の施工主に聞き込みをしてわかったことだ。
「こんなことをしても時間稼ぎにしかなりませんわよ?」
修道院の再編成は教会が決めたことだ。
いつかは移転を迫られる。
司祭は前屈みになると、震えを止めるように両手を組んだ。
「悪あがきでしかないことは、わかっております」
「サンセット侯爵家からの要望ですか?」
以前にもサンセット侯爵家は、古城を教会へ寄付することで延命を試みた。
今回もそうなのかと考えたのだが、司祭は大きく首を振る。
「いいえ、いいえ、侯爵家は関係ありません。これは私の勝手な一存です」
わがままでしかないのです、と語る司祭が、侯爵家を庇っているようには見えなかった。
「私は、クリスティアン様を、クリスティアン様のことを、世間に忘れてほしくなかったんです」
「事情をお聞かせ願えますか?」
司祭が少年時代、城へ奉公に出ていたことは知っている。
それからずっと縁があるのも。
ただイタズラに城の延命を計っていたのではないと察していた。
クラウディアの言葉に、司祭は深く息を吐く。
そして、ゆっくりと思い出を語りだした。
「クリスティアン様は、分家の嫡男としてお産まれになられました。兄弟はおられませんでした。当時十八歳だった彼は、本家の血を色濃く継ぎ、輝く金髪に宝石のような紫目を持った、それは美しい青年でした」
奉公に出ていた司祭が十歳のとき、身の回りの世話を任されたという。
「子どもの頃から小柄でしたので、任せられる仕事があまりなかったんです。それを知ったクリスティアン様がお側に置いてくださったんです」
仕事は朝、主人を起こすことからはじまり、お茶出しや日用品の補充などが主な仕事だった。
「私のような子どもにも気をかけてくださる優しいお方でした。使用人の誰もが彼を慕っていました。クリスティアン様がいるだけで、この石造りの城が華やいだものです」
今や司祭しか知らない城の姿が、そこにはあった。
「子どもながらに一生お仕えしたいと思いました。しかし貴族社会は、クリスティアン様にとって優しくはなかった」
言葉を切り、司祭は口を結ぶ。
組んだ両手には、より力が入っていた。
「クリスティアン様は……クリスティアン様は、同性愛者だったのです」
絞り出された声は、心配になるほどか細かった。
クリスティアンは嫡男だった。
兄弟もいないとなれば、同性愛がどう重くのしかかるか、貴族社会に生きるクラウディアには痛いほどよくわかる。
「司祭様の口ぶりからして、ご家族の理解は得られなかったのですね」
理解があれば、家を継ぐための養子がとられたりする。
世継ぎを生むことだけが条件の、契約結婚もあるにはあった。
「クリスティアン様は親戚一同から責められました。嫡男として良家の嫁を娶るのが責務だと。時には口汚く罵倒されて。ベッドに裸の女性を入れられることもありました」
日に日に、クリスティアンは追い詰められていった。
既に聞くのも心苦しい展開だが、話には続きがあった。
最悪の、続きが。
「クリスティアン様に思い人がいることが家族にバレてしまったのです」
一人の使用人に対する態度の違いを看破されてしまった。
十八歳の青年にとって、彼だけが心の拠り所だった。
「使用人は、馬車に轢かれて亡くなりました」
「っ……」
ぎゅっと胸が締め付けられて痛い。
事故でないことは誰の目にも明らかだった。
「最期のお別れを告げられないほど、酷い見た目だったと聞きました」
さらに酷いのは、彼が墓に入れられなかったことだ。
「墓地の空き地に穴を掘って、ゴミのように捨てられました」
なぜ、当時少年だった司祭がよく知っているのか。
震える声で、司祭は言った。
「見せしめだったんです。クリスティアン様や彼を慕う者へ対しての」
だから少年にすら隠されることなく、状況が周知された。
「後日、クリスティアン様は思い人を掘り起こしに行かれました。不在に気付いた家族によって、途中で止められましたが」
そして、その夜。
「クリスティアン様は、首を、吊られ……っ」
司祭の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
クリスティアンの第一発見者は、朝、彼を起こすのが仕事の少年だった。
なんてこと。
胸を占める思いは声にならない。
クラウディアは膝の上で拳を握る。
どこかに力を入れていないと、耐えられなかった。
ミラージュに伝えられた怪談には、真実もあったのだ。
少年は、目の前で揺れる人を見ていた。
「なぜ、なぜ! お優しかったクリスティアン様が……!」
両手で顔を覆い、司祭は慟哭する。
どうして、あのような惨いことができるのか。
彼に何の罪があったのか。
「心根もお美しく、下々の者にまで愛されていたあの方が! 首を吊らねばならなかったのか!」
夜のうちに最期を遂げたのだろう、自重で彼の首は不自然に伸び、ドス黒く変色していた。
宝石のようだった瞳は濁り、目は眼窩から飛び出していたという。
きらきら輝いていた金髪は色褪せ、枯れた蔦のようだったと。
「なぜ、あの方が、美しかったあの方が、醜く顔を歪め、糞尿を垂れ流しながら亡くならねばならなかったのか!」