作品タイトル不明
14.悪役令嬢は確認する
(考えれば考えるほど、幽霊説が浮上してくるわね)
あり得ない、という思いと、もしかしたら、という思いが交錯する。
ヘレンも同じ考えなのが、眉尻を下げた表情から察せられた。
ドアがノックされ、待ち望んでいた報告がやって来る。
騎士の表情は芳しくない。
「誰もいなかったの?」
「はい、廊下から城壁塔内部まで調べましたが、誰も発見されませんでした」
外で周囲を巡回していた騎士たちも見ていないという。
「行き違いになった可能性は?」
「城壁塔へ続く廊下は一本道ですので、引き返していた場合は出会います」
クラウディアたちが目撃した白い人影は忽然と消えてしまった。
どうしても頭に「幽霊」という文字がちらつく。
(本当に存在するのかしら?)
不思議な現象について、クラウディアは否定できる立場にない。
自分自身が逆行して、人生をやり直しているのだから。
なのに、どうして素直に認められないのか。
「わたくしも城壁塔を確認したいわ」
気付いたら、そう口にしていた。
騎士の報告が信じられないのではなく、自分の見たものが信じられなかった。
騎士の先導に従い、城壁塔を目指す。
「ヘレンは無理しなくてもいいのよ?」
「ご心配ありがとうございます。わたし、気付いたんです」
パニックになっていたのが嘘のように、いつの間にかヘレンの瞳には揺るぎない意志があった。
「クラウディア様が害される恐怖に比べれば、幽霊なんて大したことありません」
幽霊が出たところで、自分にとって何ら危機的な状況ではないと。
目が覚めました、と笑う。
(素直に喜んでいいのか迷うわね)
克服できたのなら、めでたい。
けれど頭での理解と感情は別ものだ。
(ヘレンが大丈夫だと言っている限りは見守りましょう)
わざわざ水を差すことでもないだろう。
先ほどと同じ順路を辿る。
歩きながら、クラウディアは素直に幽霊を信じられない理由に思い至った。
(ローズガーデンで、わざと幽霊の噂を流したりするからだわ)
クラウディアがトップを務める犯罪ギルド「ローズガーデン」。
司祭の話にもあった通り、人の来ない廃れた場所は、ならず者が拠点として使うのに最適だった。
そして場所によっては、人避けのために幽霊の噂を流す。
都市部ならまだしも郊外ならば、怖いもの見たさでやって来る者はほぼいない。
なぜなら大人も子どもも生きるのに精一杯で、遊んでいる余裕がないからだ。
人為的に噂を流す事例を知っているからこそ、どうしてもクラウディアは幽霊に対して懐疑的になってしまうのだ。
ちなみに元城下町だけあって、この辺りは郊外でも賑わいがあった。
こういう場所は生活に少し余裕があるため、大人でも子どもでも、ちょっと足を伸ばしてみようとする者が現れる。
だからローズガーデンなら、ここで幽霊の噂を流したりしないのだが。
(修道院が人の防波堤になっているのね)
教会や修道院は一種の聖地である。
部外者が踏み荒らして良い場所ではないと子どもでも知っていた。
酔っ払いでさえ、修道院の壁を汚すのを避ける。
興味本位で肝試ししようとする輩も二の足を踏むようで、部外者の侵入に困っているという話はなかった。
(まだ古城が修道院として機能しているから)
修道者が退去すれば、すぐさま荒らされそうだ。子どもにとっては危険な遊び場になるだろう。
解体工事をおこなうのは、地域のためにも理にかなっている。
つらつら考えながら歩いていると、気付いたときには城壁塔へ続く廊下に立っていた。
「ここに、いましたよね?」
窓から見えた人影の位置をヘレンが指差す。
「そうね。城壁塔へ向かって歩いているように見えたわ」
「わたしは揺れているように見えました」
「ええ、そうともとれるわ」
揺れていた、というのも間違いではない。
いかんせん歩いていたにしては、いささか不自然な動きだった。
そう思った原因は、長い髪の揺れ方だ。
大きく頭を左右に揺らしながら歩いているように映った。
先導してくれていた騎士の一人が城壁塔のドアを開けてくれる。
「何もないわね」
城壁塔内部は、仮に鎧を着た騎士が二十人集まっても余裕がある程度に広かった。
調度品が一切ないため、ネズミが潜むのも難しそうだ。
ただ使用していなくても清掃はされているようで、ホコリは溜まっていない。
こういった場所は、人の手が入っていないとすぐに朽ちてしまう。
必要以上の老朽化を防ぐため、修道者たちが手をかけているようだ。
しかし、薄気味悪い。
生温い空気が皮膚にまとわりついてきて、腕をさする。
(幽霊が近くにいると寒くなるって聞くけれど)
秋に入り、夜は肌寒い。
暖房がない砦も、もちろん寒いはずなのに。
なぜかその逆で。
不可解さが、正体の知れない怖さを呼ぶ。
(来たのは早計だったかしら)
騎士の報告にあった通り、他の気配はない。
わかっていたことだけれど、自分の目で確認したほうが安心を得られる気がしたのだ。
事実を受け入れられると。
(何もないことが、これほど不気味なんて)
はじめての体験だった。
何もない、ということは、脅威もない、ということだ。
安心していいはずなのに、ちっとも落ち着けない。
ヘレンが幽霊を怖がる理由がわかった気がした。
結局、収穫のないまま部屋へ戻る。
クラウディアもヘレンも、水差しを取りに行く気力は残っていなかった。
(忽然と消えた人影……)
眠る前、なぜかクラウディアの頭には、劇場で出会った美しい青年のことが思いだされた。