軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19.悪役令嬢は予想を裏切られる

長時間、幌馬車に乗っていた疲れもあって、ベッドに入るなりクラウディアは意識を手放した。

起きたあとの表情を見るに、ヘレンとキールも同じだったようだ。

行商人から声をかけられ、宿で軽く朝食を済ます。

厩舎までは行商人の護衛も含めて五人で向かった。

「いやぁ、早くに動いて正解みたいだよ。下手すると足止めをくらいかねない」

「何かあったんですか?」

ヘレンが行商人に訊ねる。

「昨日の夜、早馬が来ていたみたいでね。内容まではまだ伝わってないけど」

どこかの町から連絡が届けられたようだ。

詳細はわからないけれど、盗賊の類いが出たというものではないらしい。

それでも昼には検閲がはじまるかもしれないという。

予定の遅れは行商人にとって痛手だ。

早く王都でゆっくりしたいとおじさんは笑う。

クラウディアたちも心から同意した。

厩舎に到着すると、想像以上の大きさに驚く。

共有とは聞いていたものの、軒を連ねる宿屋を合わせたぐらいの広さがあった。

行商人が警備員に挨拶して、荷馬車を厩舎から出す。

行商人と護衛は、御者台に並んで座った。

荷台は柵を設けただけの簡素な造りだが、長距離を移動するだけあって、全体的に骨組みがしっかりしていた。

(大丈夫よね?)

幸い天気は良く、雨を降らしそうなどんよりとした雲は見当たらない。

一抹の不安を覚えるのは、追っ手が御者の一人だけではないからだろうか。

もし仲間と落ち合っていれば、どれだけの数になっているかわからないのもある。

荷台へ乗り込みながら何もないことを願った。

(まずはキールを保護しないと)

貴族街へ報告に来ていた以上、キールの依頼人は貴族だと考えられる。

そもそも貴族でなければ、キールのような外部の人間に、貴族街へ入るための許可証を発行するのは難しかった。

追っ手の存在を知っても依頼人の貴族が調査の継続を望めば、介入して止める腹積もりだ。

キールの意見も聞く必要はあるが、危険が伴う調査を見過ごすことはできない。

公爵家が間に入れば、相手も無理は言えないはずだ。

「良い見晴らしだわ」

「こうして荷馬車も出入りするから、特に厩舎周りの道幅は広く造られてるんだね」

キールの答えに頷く。

不審者がいたらすぐ気付けるよう、防犯を意識して通りは設計されていた。

(わたくしたちのことも、よく見えるでしょうね)

あえて声には出さない。

無駄に不安を煽りたくなかった。

もう荷馬車は出発したのだ。

心配するのはお尻の痛みだけでいい。

「そういえば町に早馬が来ていたと言っていたわね。わたくしたちのことかしら?」

「多分そうじゃないかな」

公爵令嬢が予期せず連れ去られてしまったのだ、周辺に通達があって然るべきだった。

「ただディーさんの名前は出されていないと思うから、どこまで拘束力があるのかわからないけど」

「侍女を捜しているだけだったら、せいぜい目撃情報を集めるぐらいね」

「もしくは事件の容疑者として捜せば……うーん、それだと拘束力は増すけど、不当な扱いを受けかねないか」

「事件の証人として保護する、というのが順当そうだわ。強ち間違いでもないし」

「ああ、それだ! もう町は出ちゃったけど。早馬の詳細がわからない以上、下手に近付けないよね」

問い合わせて藪蛇にならないとも限らない。

追っ手が潜伏している以上、警ら隊の発表を待ってもいられず、クラウディアたちは出発するしか手立てがなかった。

「これからは硬い床との格闘だわ」

「うん、揺れは昨日よりマシだけど、乗ってる時間は倍ぐらいになると思う……」

「そんなに!?」

ヘレンが声を上げる。

皆、昨日の痛みがまだ残っていた。

「馬の速度がゆっくりだから。このペースで、間に休憩も入れたらね。昨日は馬に無理をさせてたから、これが普通なんだけど」

家が牧場を経営しているだけあって、キールは馬に詳しかった。

乗馬も得意だという。

「速い馬をお求めなら、ぜひ当家にご相談ください!」

「わたくしはそれほど詳しくないけれど、お兄様が聞いたら喜びそうだわ」

「ヴァージル様は馬がお好きだものね」

それから色んな話に花を咲かせたものの、日が高くなるにつれて、やはりお尻が痛くなる。

休憩を挟んでも、こればかりはどうしようもなかった。

「今後、公爵家の馬車に乗るときは感謝を忘れないようにしないといけないわ」

「ぼくは乗ったことないけど、全然違うの?」

「そうね、心地良く乗れるよう設計されているから。キールも王都へ着いたら乗る機会があると思うわ」

「わっ、楽しみ!」

暗に公爵家へ連れて行くと伝えてもキールは素直に喜んだ。

公爵家との縁なら誰もが望みそうだが、巨大な権力を前に萎縮してしまう者もいる。

権力闘争に巻き込まれないよう、あえて距離を置くという考え方もあるのだ。

クラウディアとお近付きになりたいと考えたキールは、単に縁が欲しかったのか、理由があってのことなのか。

彼の口癖と関係なければいいと思ったときだった。

突然、荷馬車が停まる。

予定外の振動に、キールが御者台に向かって叫んだ。

「何かあったんですかー?」

「道に倒木がね。どかすからちょっと待っててくれ」

木はさほど大きくないらしい。

馬は跨げるけれど、荷馬車の車輪が越えられないようだった。

道沿いにある林から強風で飛ばされてきたのだろうか。

行商人と護衛が御者台から降りようとしたところで、荷台に人影が現れる。

「きゃああっ!?」

「何だお前らは!?」

ヘレンの叫びと護衛の威嚇が重なる。

事態の急変に心臓がバクバクと早鐘を打った。

目に力が入り、瞳孔が開くのがわかる。

キールを背中へ庇ったのは、ほぼ無意識だった。

「女性と子どもを渡してくれたら手荒なマネはしない!」

「そうだっ、大人しくしろ!」

荷馬車を五人の男たちが囲んでいた。

全員、茶色の服装だ。中には昨日見た御者の姿もあった。

まさか手を出してくるなんて、とキールが唇を戦慄かせる。

しかしすぐに男たちへ向かって声を荒げた。

「こんな目立つことをしてタダで済むと思ってるの!? 村にも捜査が入るよ!」

「うるせぇっ、元はといえばおまえらが悪いんだろうが! ちょこまかと嗅ぎ回りやがって!」

御者が血走った目で荷台へ上がってくる。

キールを睨み付けていた御者だったが、クラウディアを視界に収めるなり薄ら笑いを浮かべた。

(吐き気がするわね)

下卑た嘲笑に鳥肌が立つ。

充血した目が、異質さと不快感を与えた。

昨日話しかけた時点では、どこにでもいる青年でしかなかったというのに。

今や臭気すら纏っているように感じられた。

「やっぱ良い女だよなぁ」

欲に溺れた目で腕が伸ばされる。

指一本でも触れられたくない、そう思ったときには足が勝手に動いていた。

御者の股間を強かに蹴り飛ばす。

「おごっ!?」

一瞬で御者は頽れたが、仲間も荷台へ上がってきていた。

幌馬車とは違い、荷馬車に屋根はなく、柵で荷物の転落を防いでいるだけだ。

横から力任せに乗り込んだ男が、キールの腕を取る。

「放せっ!」

「キール!」

すかさずキールの手を握るも、クラウディアも別の男に捕らえられた。

「ディー! 待って、ディーを助けて!」

ヘレンの声に顔を向けると、彼女は強引に馬へ乗せられていた。

行商人に雇われていた唯一の護衛によって引っ張り上げられたようだ。

行商人と護衛は荷台から馬を放し、それぞれ単独で馬に乗っていた。

護衛の仕事は行商人を守ることだ。

追加でヘレンだけでも助けてくれたことを、よしとしなければならない。

「すまないっ、すぐに助けを呼んで来る!」

そう叫ぶと、行商人と護衛はヘレンだけを連れて走り去った。

馬が土煙を上げる。

待って、行かないで!

本音では、そう訴えたかった。

クラウディアたちのことも助けてほしかった。

しかし数では釣り合いが取れていても、力の差は歴然だ。

行商人と護衛の判断を責められない。

残されたクラウディアとキールには為す術がなかったとしても。

互いを人質にされてしまえば抗うこともできず、大人しく状況を観察する。

すぐに害されるわけではなさそうなのが救いだった。

立ったまま腕を掴まれている二人の元へ、リーダーらしき男が近付いてくる。

「手荒なことをするつもりは……君は!?」

クラウディアの顔を確認したリーダーの男は驚愕し、次いで目尻をつり上げた。

急所を蹴られて荷台で蹲っている御者の元へ向かい、何事かを怒鳴り散らす。

(何だって言うの……?)

意味がわからずキールと顔を見合わせた。

逃げられないよう拘束はされているものの乱暴に扱われることはなく、他の男たちもリーダーの怒気に戸惑っていた。

「はぁ、こうなっては仕方ない。とりあえず村へ帰ろう」

クラウディアとキールは静かに連行され、林の中に隠されていた幌馬車へまた乗ることとなった。