作品タイトル不明
18.悪役令嬢は侍女と丘を登る
翌朝、玄関を出ると眩しい日の光に出迎えられる。
明るい日差しの下で見る屋敷は、夜に感じた印象と大差なかった。
歴史を感じさせる堂々とした佇まい。
風化し、崩れてしまっている装飾もあるけれど、往年の存在感は未だ残っていた。
ただ補修が終わりきっていないらしく、工事用の足場が目立つ。
「行政官がそのまま屋敷を使ってくださっていて感謝の言葉もありません」
同じところを見ていたのか、ヘレンがそう口にする。
王家直轄領には領主代行として王家から行政官が派遣された。
文官のエリートとして知られる彼らは決して無駄なことをしない。
穿った見方をするならば、元ホスキンス伯爵の屋敷を残したのは利用価値があるからだ。
(そしてその価値をつくったのも元ホスキンス伯爵だわ)
もし屋敷が領民にとって悪の象徴なら、早々に取り壊されていただろう。
これも目に見えない元ホスキンス伯爵の功績だとクラウディアは思う。
けれどそれだけでは領地運営ができない難しさも痛感していた。
(このままでは哀愁に浸ってしまいそうね)
気持ちを切り替えるために、わざと違う話題を振る。
「晴れて良かったわ」
んーと伸びをしながら呼吸すれば、肺が清らかさで満たされる。
隣に立つヘレンがそわそわしているのを見ると頬が緩んだ。
「あの、よろしいのでしょうか?」
「侍女が午前中の休みをどう過ごそうか自由よ」
「ですがクラウディア様までそのようなふりをする必要は……」
「フリと言っても、ヘレンとお揃いのワンピースを着ているだけじゃない。それにわたくしは文官よ?」
公爵令嬢は王都にいて、ここにはいない。
屋敷では身分ある文官を装い、ヘレンの友人であることをアピールしていた。
友人同士で出掛けるのに問題はないはずだが、ヘレンはクラウディアが質を落とした服を着ていることを気にしていた。
飾り気のない茶色いワンピースは生地が粗いだけで着心地は悪くない。
装飾がない分、頭から被るだけで着られるので着脱については楽過ぎるくらいだ。
靴もヒールが全くないぺたんこ靴だった。
動きやすいよう、髪もポニーテールにしている。
「この手軽さを覚えてしまったら、ドレスを着るのが億劫になりそうだわ」
「確かに楽ですよね……」
元伯爵令嬢であるヘレンも、ドレスの煩雑さには思うところがあるらしい。
「クラウディア様を着飾らせるのはとても楽しいんですけど」
「他人事だと思って。あと、こちらにいる間は『ディー』って呼ぶようにね」
クラウディアという名称は珍しいものではない。
だとしてもシルヴェスターの近くにいれば、どうしても公爵令嬢の名前として受け取られてしまうため、人前では愛称で呼ぶことを決めていた。
「はい、復唱」
「で、ディー」
「……」
言わせておきながら、恥じらうのを隠せない姿に言葉を失う。じわじわと頬が熱くなるのが自分でもわかった。
「は、恥ずかしそうに呼ばれたら、こちらが照れるじゃない!」
「そう言われましても!?」
二人して顔を真っ赤にしていると、しびれを切らした第三者から声がかかる。
「あのーお邪魔するのは大変心苦しいんですが、出発しないと時間がなくなってしまいますよ?」
「さぁ我が君、お手をどうぞ」
ブライアンが苦笑しながら頭を掻く横で、レステーアは軽く腰を折った。
今日は青髪ではなく、ウィッグの黒髪をさらりと揺らす。
念のためレステーアも身分を隠し、ブライアンに合わせて商人を装っていた。
グレーのベストと茶色のパンツ姿で身を包みベレー帽を被っている。地味な色合いだが、流石というかこれはこれで様になっていた。豪商の息子だと言われれば、誰もが納得するだろう。
彼ら二人が、サスリール辺境伯領へ向かうクラウディアの同行者だった。
そもそもクラウディアが存在を隠しここまで来られているのは、ブライアンのおかげだ。
エバンズ商会の行商を隠れ蓑にしたのである。
エバンズ商会の護衛を務めるのは、傭兵に扮したリンジー公爵家の騎士たちだ。
本来ならコストを考えて必要最低限に抑えられる護衛の数も今回ばかりは大盤振る舞いだった。
ただ多くても悪目立ちしてしまうため、そのほとんどは商品運搬用の馬車で待機している。
そして視察の準備をしていくうちに、レステーアの同行も決まった。
ブライアンの前では体裁を取り繕うのを止めたレステーアを見て、クラウディアは溜息をつきたくなる。
最初はラウルの側近であるレステーアの同行を訝しんだブライアンだったが、クラウディアが大丈夫だと言えば即座に納得した。そこにブライアンの忠心を見たのか、レステーアは我を隠さなくなったのだ。
「仕方ないわね、出発しましょう」
レステーアにエスコートされて、エバンズ商会の馬車に乗る。
隣の席にヘレンが座り、クラウディアの正面にはレステーアが、ヘレンの正面にはブライアンが座った。
「全てが懐かしく感じます」
昨晩と同じように窓の外を眺めるヘレンの表情は晴れやかだ。
クラウディアですら哀愁を感じたのに、その面影はまるでない。
「このままヘレンはシルに同行してもいいのよ?」
「とんでもない! わたしはクラウディア様と一緒にいます!」
よかれと思ってした提案も、頭を振って断られた。
「少し見て回れるだけで十分です。屋敷にいる間に話も聞けましたから」
満足げにヘレンは微笑む。
もう彼女の中では区切りがついているらしい。
天気同様、晴れ晴れとした姿に、反対側に座るブライアンも優しい笑みを浮かべていた。
窓から見える景色は、素朴の一言に尽きた。
広がる田園地帯に、ぽつぽつと立つ人影。
リンジー公爵領と違うのは、山が近いことだろうか。地平線が見えることはなく、平野にはすぐ終着点があった。
ヘレンがクラウディアに見せたいといった場所も小高い丘だった。
傭兵に扮した騎士たちが先行し、念のため安全を確認する。
「頂上まで歩きますけど時間はかかりません」
伯爵令嬢だったヘレンが訪れていた場所だけあって、頂上までの道も簡単にだが整備されている。
「ヒールでなくてちょうど良かったわ」
「そうですね、人の手が入ってますけど土は軟らかいですから」
なだらかな坂道を上がったところで、木が密集している場所に着く。
クラウディアの目にはそう映ったのだが、更に近付くと間違いであることに気付いた。