作品タイトル不明
45.悪役令嬢は枢機卿の拘束を見届ける
(単独犯だからこそ、今まで隠れてこられたのだわ)
穏やかな時間は、ここで終わりを告げた。
急に玄関が慌ただしくなり、スラフィムが騎士を連れて現れる。
クラウディアたちにとっては予定通りだ。
「ナイジェル枢機卿、貴方の身柄を拘束させていただきます」
「これはこれは……穏やかではありませんな」
ナイジェル枢機卿は驚いた表情を見せるものの、慌てた素振りはない。
証拠はないと高をくくっているのだろう。
確かに現状あるのは、ルキをはじめとしたドラグーンの証言だけだった。
港町で現地の犯罪ギルドにシルヴェスターを襲わせたように、近年のドラグーンの勢力拡大にはナイジェル枢機卿が関わっていた。
一見するとドラグーンが抗争に打ち勝ったようだが、ナイジェル枢機卿がタイミング良く告発によって相手組織を弱体化させていたのだ。
犯罪ギルドの動きには国も目を光らせている。
ドラグーンに力が集まり過ぎると警戒されるため、中には併合せずに裏で繋がっている組織もあるという。
この中でナイジェル枢機卿の動きは犯罪ギルドの告発しかない。それも情報を流しただけで、告発に動いたのは別の人間だった。
彼は己の発言力をよく理解していた。
言い逃れができる範囲でしか行動を起こさず、枢機卿という立場で得られた情報を悪用していても物証はない。
しかし情報の提供はドラグーンに留まらず、ケイラからも得ていた。
女性に見栄を張りたいのはナイジェル枢機卿も一緒なのか、彼は睦言の中で自慢を洩らしていたのだ。
娼館はドラグーンの資金源だ。
その事実がなくとも娼婦の地位は低く、世間での証言の信憑性は犯罪ギルドと変わらない。
だが証人としては呼べなくとも、情報の価値をクラウディアは理解していた。
ケイラの話だけでは単なる自慢にしか聞こえなくとも、ドラグーンの情報と掛け合わせると見えてくるものもあった。
ナイジェル枢機卿は自分がいかに物事を隠すのが上手いか、金銭に余裕があるかを語り、いつか湖畔へ行こうとケイラを誘っていた。
他にも花の群生地や現地に行かなければわからない話もあったという。
語られた地域の特徴は、ドラグーンが掴んでいたナイジェル枢機卿の行動経路と符号した。
(自慢の中で語られた場所に何もないはずがないもの)
一緒に美しい景色を見るだけなら、誘えばいいだけの話だ。
彼がそこで見せたいのは景色ではなく、己の権威であることは容易に想像がついた。
(権力者って、考えることが同じなのかしら?)
娼婦時代、クラウディアも客の自慢によく付き合った。
立場を自慢したい客ほど、縁の地をクラウディアに案内したものだ。
貴族なら一族の歴史を語る建物や領地。
商人なら保有している劇場などの不動産を見せられた。
修道者ならば、王都の大聖堂が真っ先に思い浮かぶ。
しかしナイジェル枢機卿が語った場所にあるのは、廃れた修道院や教会だった。
コテージのつくりを鑑みても、何か隠されていると思わざるをえない。
シルヴェスターも同じ判断をし、現地へ早馬を走らせた。
結果、ナイジェル枢機卿がいかにして資金を稼いでいたのかが判明した。
貧民街と併せて王都郊外では既に部隊が指揮され、悪事の証拠が集められている。
この三日間は、シルヴェスターだけではなくクラウディアも奔走した。
ナイジェル枢機卿に気取られることなく、ハーランド王国と連携する必要があったからだ。
さらには証拠隠滅を防ぐため、彼の身柄も拘束しなければならない。
間違いは許されず、慎重を期す場面だが時間は限られていた。
動きが鈍ればそれだけ逃げる隙を与えてしまう。
本国の部隊の動きとナイジェル枢機卿の拘束は、同時であるのが望ましかった。
ナイジェル枢機卿の視線を受けて、シルヴェスターが眉尻を落とす。
「実に残念なことだが、貴殿には犯罪の容疑がかかっている。ここで身柄は拘束されるが、すぐにハーランド王国へ移されるゆえ安心して欲しい」
教会に懐疑的な国と、信仰心の篤い国では居心地が違う。
ナイジェル枢機卿の油断を誘うため、シルヴェスター――ハーランド王国――としては、親身な対応を貫いた。
だが嫌疑がある以上、ここから交渉相手はナイジェル枢機卿ではなく教会へ替わる。
ハーランド王国としては教会に責任を求める意向だ。
「私も最善を尽くすゆえ、ご協力いただきたい」
穏やかなシルヴェスターに、ナイジェル枢機卿は従順だった。
「もちろんです。疑われているのなら、なおのこといくらでも協力しましょう」
余裕の笑みさえ浮かべている。
この期に及んでだ。
(枢機卿の地位があれば、裁かれないと思っているの?)
罪が明るみになれば断罪は免れない。
政治的配慮があったとしても、深手は避けられないはずだ。
「何らかの行き違いがあったこと、お手間を取らせたことを申し訳なく思います」
騎士に囲まれる段階に至っては、スラフィムへも殊勝な態度をとる。
ナイジェル枢機卿の様子に危機感が感じられず、クラウディアは気味が悪かった。