作品タイトル不明
23.王太子殿下は悩む
あの状態ではクラウディアと食事を共にできず、夕食も朝食も別にした。
ピリピリとした緊張感はまだ続いている。
見かねたトリスタンから朝の散歩を提案されるほどだ。
表情には出していないが、雰囲気で察せられるらしい。
お忍びなのもあって人目につかないほうがいいだろうと、漁港から離れた浜辺を歩くことにする。
多数の護衛に囲まれての移動なので、目立つのは避けられないが。
散歩を提案したトリスタンは終始無言で後ろを付いてきた。
無理に話しかける必要はないと、長い付き合いでわかっているのだろう。
打ち寄せる波の音を聞きながら、夕闇の中で抱き締めたクラウディアを思う。
世界から光が消える時間。
彼女の黒髪が闇と溶け合う刹那。
そのまま消えてしまいそうに感じたことが何度もあった。
普段は自信に満ち溢れていても、弱い一面があるのを知っている。
豊満に見えて、呆気なく腕の中で収まってしまう華奢さも。
シルヴェスターにとって愛しい全てが詰まった体は、少し力を入れただけで簡単に折れてしまいそうだった。
だからだろうか。
たまに捕まえていないと心配になる。
(どうすれば伝わるのか)
昨日はいつも以上に感情が高ぶっていた自覚がある。
思いのまま言葉をぶつけてしまったが、全て本心だ。
(守りたい)
いつだってそう思っている。
クラウディアにも同じ言葉を返された。
考えていることは一緒なのに、思いは一方通行のまま終わってしまった。
(私はまた何か間違えたのか)
こと恋愛に関しては、不慣れだった。
何せクラウディアが初恋なのだ。
これほどまでに感情を揺さぶられた相手は、彼女以外にいない。
自分の想定通りにならない唯一の人。
普段なら彼女の反応を楽しんでいたように思うが、今回ばかりは余裕がなかった。
「……そうか、私は余裕がないのか」
「そろそろ散歩する速さじゃないと気付いてくれました?」
周囲を顧みず歩いていると、早足になっていたらしい。
トリスタンが気を紛らわせるどころじゃないとグチる。
「折角、朝は涼しいのに、汗をかいてどうするんですか」
「付き合わなくともいいぞ」
お忍びの旅行ではあるが、護衛は十二分にいる。
地理に詳しい者も必要だろうと、スラフィムからも何人か派遣されていた。
「今のシルを放っておけと? 冗談じゃありませんよ。僕は将来シルの近衛騎士になる予定ですが、それ以前に親友です」
知ってます? クラウディア嬢と出会う前からずっと一緒にいるんですよ、と言われて何も言い返せない。
茶化した様子がないから余計に。
(いつだって、こいつは真面目だからな)
どこかの王弟とは違う。
「お前には私がどう見えている?」
「鬼気迫る感じですね。希有なことにクラウディア嬢とケンカしたわりには、不機嫌さはあまり見受けられません」
「子どもではないのだ、ケンカしたからといってへそを曲げるか」
「いや、大抵の人は不機嫌になりますよ?」
言われてみればそうか、と頷く。
大人でも些細な言い合いで議論を中断する輩はいた。
「ディアに対し、怒っているわけではないからな。思いが上手く伝わらないのが、もどかしいだけだ」
「愛し合っているがゆえのケンカだと言われると、惚気られているようにしか聞こえませんけど……」
「そう単純な話ではない」
「本当にぃ?」
恨みがましい視線を寄越されるが、パートナーが欲しいならさっさとルイーゼ嬢に告白すればいい話だ。
成立するかは相手次第だが、雰囲気を見るに悪い結果にはならないだろう。
わざわざ教えてやる気はないが。
「トリスタンは、枢機卿についてどう思う?」
気付いたときには、クラウディアと同じ質問をしていた。
トリスタンは目を瞬かせるけれど、すぐに答えてくれる。
「急に話が飛びましたね。あまり関わりがないので良い人そうだなーという印象しかありません」
「悪い話を――噂でもいいが、聞いたことはないな?」
「ありません。そんな話が出るような人なら、ハーランド王国に派遣されないでしょう」
ハーランド王国は、大陸の中でもバーリ王国と並んで大国だ。
生半可な人物では呆気なく力の強い貴族にのまれてしまう。
裏を返せば、権力に負けず政治的手腕を持ち合わせている人物が派遣されていた。
(敵には回したくない相手だ)
そう思うものの、クラウディアの予感は当たっているだろう。
シルヴェスターにとってもナイジェル枢機卿と犯罪ギルドの繋がりは濃厚に思えた。
「枢機卿のことが、クラウディア嬢と関係あるんですか?」
「食い違いの発端がそこだった。厄介な相手と関わって欲しくないのだが……言葉選びを間違えたようだ」
「言葉だけの問題でしょうか?」
「違うと言うのか?」
「だって人の機微に聡いクラウディア嬢ですよ? 言葉選びを間違えたところで、真意は汲み取ってくれるでしょう」
「なるほど……」
どうやら着眼点からしてあっていないらしい。
これも余裕がないせいだろうかと頭をひねる。
原因に心当たりはあるが、それを考えると余計クラウディアには関わらないでいて欲しかった。
(ドラグーンと枢機卿の組み合わせではな)
一歩間違えればどんな混乱が起こるか予想できない。
その混乱に、クラウディアを巻き込みたくなかった。
(堂々巡りだ)
出口の見えない状況に眉根が寄り添うになったとき。
絵に描いたような荒くれ者の一団に道を遮られた。