軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

祈りの言葉

湯気の立つ出来立てのスープとオムレツ、そして焼きたてのパンを載せたトレイを、サムが三人分メイナードの部屋のテーブルまで運んで来た時、ちょうどルディが眠そうに目を擦りながら部屋のドアを開けた。

「兄さん、おはよう。フィリア姉さんとサムも。……あれっ?」

自分の足で立ってテーブル脇の椅子を引くメイナードを見て、ルディの大きな瞳がさらに大きく瞠られた。

「凄い! ……兄さん、歩けるようになったの?」

きらきらとその瞳を輝かせてメイナードの元に駆け寄ったルディに、彼は優しく頷いた。

「ああ、まだほんの少しずつではあるがね。フィリアが助けてくれたお蔭だよ」

「フィリア姉さん……ありがとう!!」

フィリアに駆け寄って勢いよく抱き着いたルディに、彼女は嬉しそうに微笑むと彼の頭を撫でた。

「ふふ、これもメイナード様が懸命に歩く練習をなさったからですよ。強くて格好良いお兄様ですね」

「うん! ……兄さん、本当に、よかったあ……」

ルディは、今度はメイナードにぎゅっと抱き着くと、堪え切れずにその目からぽろぽろと涙を零した。

「兄さん、もう立ち上がることもできないんじゃないかって、もしそうだったらどうしようって、フィリア姉さんが来る前には僕、そう思って……」

しゃくり上げながら涙が止まらなくなったルディを、メイナードも柔らかく抱き締め返した。

「ルディ、心配を掛けてすまなかったな。不安な思いもたくさんさせてしまったが、今はこうして体調もどんどん上向いているから、安心して欲しい」

「……うん」

こくこくと頷いたルディが、頬に涙を伝わせたまま瞳を細めて笑った。そんな二人の様子を、フィリアとサムも微笑ましげに眺めていた。

「俺も本当に嬉しいです。旦那様がこれほど短期間のうちに、ここまで回復なさるなんて。何だか夢を見ているようです」

「サムにも、ずっと世話になっているからね。色々と迷惑も掛けてしまったが、人手も減ったこの屋敷で僕たちを支え続けてくれて、心から感謝しているよ」

笑顔の三人を見つめて、フィリアも胸が温まるのを感じていた。

(メイナード様と、ルディとサムとの絆がこれほど強いのも、彼のお人柄によるものなのでしょうね。後は、完全に彼の呪いを解くことさえできたなら……)

フィリアは、メイナードのベッド脇のテーブルにいったん置いた薄い書物を遠目に眺めた。

ちょうど半ばほどまで目を通したその本には、まだフィリアが探す文字の記載は見付かってはいなかったものの、フィリアには、きっとそこには何かが見付かるのではないかという、確信に近い期待があった。

(また、朝食を終えたらすぐにでも続きを確認したいわ)

明るい希望を胸に感じながら、フィリアはいつも以上に笑顔の増えた朝食の席を楽しんだ。

朝食を食べながら、メイナードとフィリアが見た夢と、早朝にフィリアが経験した不思議な出来事をルディに伝えると、白い竜なんてきっと吉兆だね、フィリア姉さんなら奇跡を起こしてもおかしくないし、と明るく笑っていた。

和気藹々とした団欒の時間を過ごした後、フィリアはそのままメイナードの部屋のテーブルの上で、早朝に見ていた文献を再び開いた。彼女の両側の椅子には、メイナードとルディがそれぞれ座っていた。

隣に座るフィリアの開いている本を興味深げに覗き込んだルディは、彼女に尋ねた。

「ねえ、それは何が書いてある本なの?」

フィリアはルディに微笑むと、ページ毎にひとまとまりになっている紋のような文字の羅列と、ページ上部に記された数字を示した。

「この本には、幾種類もの神への祈祷文が、その昔に神官が用いていたという言葉で残されているの。それから、ほら、ここに番号が書いてあるでしょう?」

各ページの上の方に記載された番号を見て、ルディは頷いた。

「うん。……へえ、大昔から今まで、数字はあまり変わっていないんだね」

「ええ、そうね。これらの祈祷文は、今でも用いられている、神への祈りの起源とも言えるものなのよ。祈りの文言の構造自体は、遥かな時代を経た現代でもほとんど変わっていないと言われているわ。ルディが聞いたことがあるものも、きっとあるのではないかしら」

フィリアは、好奇心に目を輝かせているルディに向かって続けた。

「そして、今も尚、神官たちが使用している聖典に記載されている祈祷文には、大昔から引き継がれた番号がそれぞれ付されているのよ」

「ということは……」

ルディの言葉を、彼と目を見交わしたメイナードが継いだ。

「僕の首に現れている文字がその文献の中に見付かれば、現代に受け継がれている聖典の文言と照らし合わせることで、その意味がわかるということかい?」

「はい、その通りです。メイナード様の首に現れた文字と同じ綴りの文節が、この本の中に見付かって欲しいと、そしてどうか呪いを解く手掛かりになって欲しいと、そう願っているのですが……」

フィリアは二人に微笑み掛けてから、再び本に目を落とした。彼女を囲むメイナードとルディも、彼女と彼女の視線が追う先を真剣な表情で眺めていた。

静かな部屋の中には、フィリアが本のページを捲る音だけが静かに響いていた。

(なかなか、見付からないわね……)

もどかしさを覚えながらも手元の本をじっくりと読み進めていったフィリアの視線が、あるページの半ばでぴたりと止まった。

「あっ」

はっとして小さな声を上げたフィリアのことを、メイナードとルディは揃って見つめた。

「フィリア?」

「見付かったの、フィリア姉さん?」

フィリアの目を奪ったのは、まるで光を帯びて浮き上がってきたように感じられた、ある祈祷文の一節だった。

「……これだわ」

フィリアが指先でなぞった文字を、メイナードもじっと見つめた。

ルディが、メイナードの首元をしげしげと眺め、フィリアが指差した先に記されている文字と見比べた。

「確かに、まったく同じだね」

そう呟いたルディの前で、フィリアももう一度、彼の首元に現れている文字と、開いているページに記載されている文字とを見比べていた。

やはり同じであることを確認した彼女は、そのページ上部にある番号を確かめると、自らの首元にそっと触れたメイナードとルディに向かって口を開いた。

「これは、現代に受け継がれている祈祷文の中でも、良く知られている祈りの一つですね。その内容は、私も記憶しています」