軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ルディの気付き

イアンからの手紙を開封して便箋を取り出したフィリアは、その中身に目を走らせると、みるみるうちにその表情を固くした。

フィリアの様子に、ルディが心配そうに尋ねた。

「どうしたの、フィリア姉さん? 何か悪い知らせでも?」

はっとしたように、フィリアはルディに微笑み掛けた。

「ううん、大丈夫よ。少し驚いただけ。……この手紙をくださったイアン様は、私が勤める研究所の所長なの。明日にでも、ちょっと研究所まで出掛けて来るわ」

「うん、わかった」

大人しく頷いたルディの頭を、フィリアは不安を胸に隠してそっと撫でた。イアンからの手紙は、彼女が予想していた通り、竜の調査に関することだった。

その文面には、竜の調査からは既に帰還していること、竜の身体はその動きを止めてはいるものの、まだ生き永らえていると思われる旨が綴られていた。

(竜は、もう命を落としたものだと思っていたのに。生きながら、メイナード様に呪いを掛けたということ……?)

どこか胸騒ぎを覚えつつ、フィリアは便箋を畳んで封筒にしまうとサムを見つめた。

「明日の朝に研究所に向かおうと思っているのだけれど、馬車を用意してもらうことはできますか?」

「はい、すぐに手配しておきますね」

彼女の緊張を帯びた表情から、サムも何かを察した様子ではあったけれど、それ以上の詳細は尋ねることなく、すぐに彼女の言葉に頷いた。

サムが部屋を出て行くと、フィリアは気を取り直したようにルディに向かって口を開いた。

「今日調べられることは、できるだけ調べてしまうつもりよ。明日になったら、読み終えた資料は研究所に返しに行こうと思っているの」

「じゃあ、僕も今日中にこの本を見てしまうね」

挿絵のページが開かれている手元の本に視線を落としたルディに向かって、フィリアは慌てて首を横に振った。

「あ、でも、ルディは急ぐ必要はないわ。もし面白いようなら、ゆっくり見てくれて構わないから。……その本は今までにも、あまり研究に直接使ったことはなかったし」

「そうなんだ、ありがとう!」

微笑んだルディの前で、フィリアはまだ読んでいない文献を手に取ると、メイナードの呪詛に関連しそうな記述に、手際良く目を走らせていった。

***

メイナードが身体を動かした気配を感じて、フィリアはベッドの上の彼を見つめた。数回瞳を瞬いたメイナードは、分厚い書物に向き合っていたフィリアに向かって微笑み掛けた。

「僕のためにずっと調べものをしてくれて、ありがとう。……ルディも、本を読んでいるのかい?」

ルディはメイナードに向かって嬉しそうに笑った。

「フィリア姉さんが、絵がたくさん載っている本を教えてくれたんだ。僕にはこの古い字は読めないけれど、絵だったら、書いてある内容は何となくわかるからね」

「そうか、随分と熱心に見ているようだったね」

「うん! 見ているだけでも面白いし、それに、何か兄さんの呪いを解くのに役立つことが見付かったらいいなと思って」

「そうか、ありがとう、ルディ。貴重な本をルディに見せてくれて、フィリアにも感謝しているよ」

メイナードは温かな笑みをルディとフィリアに向けた。ルディは本の挿絵を眺めながら続けた。

「……呪いに関するお話も、いくつかあったんだけどね。随分昔から、こういうお話って似たようなものが多いんだねえ」

メイナードとフィリアは、ルディの言葉に顔を見合わせた。

「どんなお話を見付けたの、ルディ?」

フィリアも、その本の中では竜の呪いに関する部分しか読んではいなかったので、興味深くルディの話に耳を傾けていた。

「これまでに見付けたのは、お姫様が王子様の呪いを解くお話と、王子様が呪われたお姫様を助けるお話だよ。どっちも、僕がもっと小さい頃に絵本で読んだお話とよく似ているんだ。絵からわかる範囲でだけど、真実の愛やキスで呪いが解けて身体が動くようになったり、目が覚めたりするんだよ」

フィリアは、ルディの発見を新鮮な感覚で聞いていた。

「ルディの言う通り、まるで御伽噺のようね」

同じ本に載っていた、聖女が勇者の竜の呪いを解いたとされる、似たようなくだりを彼女は思い出していた。

(私が読んだ時には、聖女が竜の呪いを解いたとされる魔法の部分しか気にしてはいなかったけれど、確かに聖女の勇者に対する愛情が前提になっていたわ……)

フィリアはルディに向かってにっこりと笑い掛けた。

「私よりもルディの方が、曇りのない目で古い書物を見てくれていると思うわ。教えてくれて、ありがとう」

「うん!」

メイナードも楽しげにルディの話に瞳を細めていた。

「なるほどな、面白いものだね。……意外と、それは真実を突いているのかもしれないね。僕も、フィリアが側に来てくれてから、身体の具合が上向いてきているからね」

「なら、絶対に兄さんは助かるね! だって、フィリア姉さんは兄さんのことが大好きだもの」

急に期待を込めた瞳でルディに見つめられて、フィリアはふわりと頬に血を上らせた。

「そ、そうですね。それだけは、誰にも負けない自信があります」

恥ずかしげにますます頬を染めたフィリアを、メイナードは愛しげに見つめた。

「フィリア。僕も君に同じ言葉を返すよ」

メイナードとフィリアは、互いにくすくすと笑みを零した。そんな二人を見つめたルディからも、ふふっと明るい笑い声が漏れる。

メイナードの部屋は、三人の温かな笑い声で満たされていた。

***

翌朝、馬車がごとごとと王宮の前で止まると、フィリアはたくさんの書物の入った大きな鞄を抱えて馬車から降りた。

フィリアはこの日、早朝から支度をして、研究所に出掛ける旨を改めてメイナードとルディに伝えてから屋敷を出ていた。

鳥の囀りが響き、涼やかな風が樹々の枝を揺らす王宮の中庭を通り過ぎ、王宮の端に近い一角にある研究所へと向かう。

フィリアがずっしりと重い鞄を肩に掛けて歩いていると、後ろからトントンと肩が叩かれ、急に肩が軽くなったのを感じた。

(あら……?)

驚いた彼女が振り返ると、フィリアの鞄を手にして微笑むイアンの姿があった。

「おはよう、フィリア。早いですね」

「おはようございます、イアン様。あの、その鞄……」

戸惑い気味に口を開き掛けたフィリアの言葉を、イアンが遮った。

「こんなに大きな荷物を抱えて、重かったでしょう。中身はあの古い資料類ですか?」

「ええ、その通りです。それは私が持ちますので……」

イアンは首を横に振ると、ひょいっとフィリアの鞄を肩に担いだ。

「女性にこんなに重いものを持たせるのは、私の主義に反しますのでね。重い思いをしながら直接持参していただかなくても、研究所まで資料を送ってもらってもよかったのですよ?」

「いえ、どれも大切なものですから、直接お返ししたいと思いまして。それと、幾つかイアン様に伺いたいこともあるのです。メイナード様の症状についてのご報告とご相談もできればと思っています」

イアンは真剣な表情のフィリアに向かって頷いた。

「そうですか。まだ朝も早いですし、恐らく他の皆は誰も来てはいないでしょう。研究所に着いたら、ゆっくりと話を伺いますね」

「ありがとうございます、イアン様。それに、荷物までこうして持っていただいて……」

「はは、気にしないでください。それに、手紙も送りましたが、できれば直接フィリアに伝えておきたいこともありましたしね」

一見すると微笑んでいるように見えたイアンだったけれど、その口元は軽く引き結ばれていた。

フィリアは、イアンの言葉にどことなく緊張を覚えながら、彼と一緒に研究所の中へと入って行った。