軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

新しい居場所

フィリアが使用人の後について歩いて行くと、使用人はメイナードの部屋からニつ離れた部屋の前で立ち止まり、彼女を振り返った。

「こちらがフィリア様のお部屋です。メイナード様のお部屋に近い方がよいかと思いこの場所をご用意したのですが、いかがでしょうか? お荷物はそちらに置いてあります」

「わあ、素敵なお部屋ですね」

フィリアは、部屋を見回して瞳を細めた。彼女の目の前には、大きな窓から温かな陽光が差し込み、一見して上質さの感じられるベッドやテーブルが並んでいる、広々としながらも温かみがあり居心地の良さそうな空間が設えられていた。

使用人はフィリアの表情を見て、嬉しそうに相好を崩した。

「気に入っていただけたならよかったです、フィリア様。申し遅れましたが、俺はこの家で働いているサムと言います。これから、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします、サム様」

サムはフィリアを見つめてくすりと微笑んだ。

「俺のことはサムと呼び捨てでいいですよ。もう、フィリア様はこの家の奥様になる訳ですから」

(奥様……)

まだ耳慣れない響きに、フィリアは心の中がこそばゆくなるような感覚を覚えながら頬を染めていた。

初々しく顔を赤らめたフィリアを見て、サムは楽しげな明るい調子で続けた。

「フィリア様はまだこの家にいらしてくださったばかりですが、旦那様の表情は、もう大分明るくなったようですね。旦那様のこと、どうぞよろしくお願いいたします」

「私の方こそ、メイナード様のお側にいさせていただけることになって、とても嬉しく思っています」

サムの瞳が、ふっと遠くを見るように細められた。

「旦那様があのような大怪我をなさって、生死の境を彷徨った上に、得体の知れない発疹が身体に広がり始めてからというもの、この家の空気はすっかり重くなっていましたが。貴女様のお蔭で、ここには新しい風が吹き込んで来たように思います。……ルディ坊ちゃんも、フィリア様になら、遠からず心を開いてくれると思いますよ」

フィリアは、ルディの怒った顔と涙を思い出しながら顔を翳らせた。

「大切なお兄様があのような目に遭って辛い状況にある時に、私の姉にあれほど酷い言葉を言われたのなら、深く傷付いて当然です。本当に申し訳なく思っています」

「……フィリア様からは、お姉様とは真逆の印象を受けますね。あのアンジェリカ様の妹君が代わりに旦那様に嫁いでいらっしゃると聞いて、正直なところ、期待と不安が半々だったのですが、初めてさっき貴女様にお会いした時、優しそうな方で胸を撫で下ろしました」

「ご期待に沿えるといいのですが。私も、サムがメイナード様のお側にいてくださって、心強く思っています」

サムはフィリアに温かく笑い掛けた。

「旦那様は俺の恩人でもあるのです。使用人の誰がこの屋敷を離れたとしても、俺は絶対に旦那様と坊ちゃんのお側を離れる気はありません」

強い瞳をしたサムを見て、フィリアもにっこりと頷いた。

「ふふ。私も、何があってもメイナード様のお側でお支えするつもりでいます。またこの家のことも色々と教えてくださいね」

「ええ、もちろんです。……フィリア様がここに来てくださって、俺も味方が増えたように思っています。まだお越しになったばかりでお疲れでしょう、ごゆっくり過ごしてくださいね。何かあればいつでも呼んでください」

「はい、ありがとうございます」

サムは丁寧に彼女に向かって一礼すると、部屋を出て行った。

フィリアは手近にあった艶の美しい木造りの椅子に腰掛けると、小さく安堵の息を吐いた。

(サムはとても親切そうな方で、よかったわ)

フィリアの実家は姉のアンジェリカを中心に回っていたために、アンジェリカが軽視して冷たく当たっていたフィリアに対する使用人たちの態度も、また冷ややかなものだった。

それは、アンジェリカがフィリアと姉妹として同列に扱われるのを嫌がったためでもあったけれど、フィリアはそのような使用人たちに対していつしか諦めに近い感情を抱いて、冷たい扱いにも慣れてしまっていたのだ。

それだけに、サムの嬉しそうな歓迎は、フィリアにとって一際心温まるものだった。

サムの言葉を思い出し、ルディともこれから距離を縮めていけたらと思いながら、これからこの屋敷でメイナードと一緒に過ごせることに、フィリアは幸せを噛み締めていた。

(ずっと憧れていて、遠くから見ていたメイナード様のお側にいることを許していただけるなんて、まだ信じられないわ)

そして、フィリアは彼の言葉を思い出しながら、また頬を赤らめた。

(先程の、あのメイナード様の言葉……)

ずっと劣等感を抱いていたオッドアイを美しいと言われたことに、フィリアはとても驚いていた。実家でも、姉をはじめとして気持ちが悪いと言われ続けていたし、王立学院でも、ちらちらと向けられる好奇の目を避けるように過ごしてきたからだ。けれど、メイナードの言葉には嘘は感じられなかった。

自分の両目をじっと覗き込んだ彼のアメジストのような瞳を思い出すだけでも、フィリアの胸は抑え切れずに高鳴った。

「絶対に、メイナード様を助ける方法を探し出すわ」

フィリアは自分を鼓舞するように、そう口に出して言った。見たこともないような呪詛が、さらに竜によるものだと聞いて、解くのは一筋縄ではいかないであろうことは、フィリアにもよくわかっていたからだ。

早速、イアンに渡された資料に目を通そうと考えたフィリアは、あっと小さく声を上げた。

(私ったら、さっき慌てて、うっかりメイナード様の部屋に資料を置いてきてしまったわ。私がまたお部屋を訪ねたら、メイナード様のお邪魔になってしまうかしら。でも……)

一刻も早くメイナードの呪いを解く方法を探したいと思ったフィリアは、椅子から立ち上がると再び彼の部屋へと足を向けた。