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腹筋バキバキ令嬢は、婚約破棄されても筋トレをやめない

作者: 間咲正樹

本文

「……993……994」

「オイ、エルザ! エルザ!!」

「……995……996」

「エルザッ!! 聞いているのかエルザッ!!」

「……997……998」

「エルザッッ!!!」

「……999……1000。よし、と。――ああ、ダニエル様、いらしていたのですか」

私が家の中庭で日課の筋トレに勤しんでいると、ちょうど仕上げの腹筋1000回を終えたところで、婚約者のダニエル様に声を掛けられた。

そういえば今日は、ダニエル様とお茶をする予定だったな。

「随分前からずっとここにいたよッ! でもいくら声を掛けても、君が気付かなかったんだろ!?」

「ああ、そうでしたか。申し訳ありません。筋トレに集中していると、つい周りが見えなくなってしまうもので」

「これでもう何度目だよ!? そもそも僕は――」

「おっと、ちょっと失礼」

「っ!?」

私は東屋に用意してあったシェイカーの中に水とプロテインを注ぎ、それをよく振って混ぜ合わせてから、一気飲みした。

「んぐ、んぐ、んぐ、ぷはぁ」

嗚呼、筋トレで熱くなった身体に、タンパク質が染み渡っていくのを感じる……。

――これでまた一つ、私の身体に筋肉が積み重なる。

やはりプロテインは、筋トレ直後に飲むのが一番効果的だからな。

「『ぷはぁ』じゃねえわッ!!? 僕はいつも、筋トレはもうやめてくれって言ってるよな!? なのに君は、一向に僕の言うことを聞かないじゃないかッ!」

「お言葉ですがダニエル様、その件については私も何度もお応えできませんと言っているはずです。ご存知の通り我がオブライアン家は代々騎士家系。私も僭越ながら王立第三騎士団の団長を務めており、筋トレも業務の一環なのです。どうかご理解いただけますと幸いです」

「いーや、とても理解なんてできないね! そもそも騎士なんてものは、乱世でしか役に立たない穀潰しじゃないか! 我がニャッポリート王国はここ百年以上平和そのもので、最早騎士なんて過去の遺物に過ぎないんだよ!」

――これは聞き捨てならんな。

「それは違いますぞダニエル様。ニャッポリートが平和でいられたのは、歴代の騎士たちが弛まぬ鍛錬を重ね、他国に圧倒的な軍事力を誇示してきたからです。もしもニャッポリートの騎士たちが軟弱だと他国に思われたら、その途端、野心ある国からニャッポリートは蹂躙されてしまうことでしょう」

「フン! 相変わらず脳筋のクセに、屁理屈だけは達者だな! だとしても女である君が、騎士である必要はないだろう!? そういうのは男に任せておけばいいんだよ!」

「これはこれは、ダニエル様こそ随分お考えが古いですな。――今は実力主義の時代です。相応の力さえあれば、騎士を務めるのに性別は関係ありません」

「あーもう! 埒が明かないな! 要は僕は自分の未来の妻が、そんな腹筋バキバキなのがイヤなんだよ! 夜会で君みたいなゴリラ女が隣にいたら、恥をかくのは僕なんだぞッ! ――いいか、これが最後通牒だ。もう二度と、筋トレはするな。騎士の仕事も辞めるんだ。女は男に養ってもらうのが、一番の幸せなんだからさ」

「……お断りいたします。私は騎士という仕事に、誇りを持っておりますので」

「クッ! じゃあもういいよッ! 君との婚約は今この時をもって、破棄させてもらうッ!」

「――!」

――何と。

「明日の僕のエクーフラ領への出張にも、君に護衛を頼んでたけど、それもキャンセルさせてもらう。どうせ護衛なんかいなくても、危険はないからな」

「……左様ですか」

こうして私はあっさりと、婚約を破棄されてしまったのであった。

「おはよう」

「あれ? エルザ団長、今日はダニエル様の出張に、護衛として付き添うって言ってませんでしたか?」

翌朝。

護衛の仕事がキャンセルになってしまった私は、第三騎士団の詰所に出勤したのだが、開口一番、副団長のジェイスにそう訊かれた。

「うむ、それがな、ダニエル様から、護衛には来なくていいと言われてしまってな」

「えっ、なんでまた。ダニエル様の出張先って、エクーフラ領でしたよね? あの辺は最近魔獣の目撃情報も増えてますし、護衛なしでダニエル様は不安じゃないんでしょうか?」

ううむ、これは、変に隠し立てしないほうがいいかもしれんな。

どうせいずれバレるのだし。

「……実はなジェイス、私は昨日、婚約を破棄されてしまったのだ」

「――!! そ、そんな!? 何故――!!」

ジェイスはわなわなと震えながら、青天の霹靂みたいな顔になった。

「ダニエル様は、私みたいな腹筋バキバキのゴリラ女とは結婚したくないんだそうだ。夜会で私が隣にいたら、恥ずかしいのだとさ」

「なっ!? ダニエル様は何もわかっておりませんッ!! ――そのバキバキの腹筋こそが、団長の魅力ではありませんかッ!!」

「――! ジェイス……」

ジェイスは目を血走らせながら力説する。

「いや、腹筋だけではありません! ボーリング玉かよってくらい見事な力こぶを作る上腕二頭筋に、まるで鬼神が宿っているかのような僧帽筋。そしてダイヤモンドの如く固く輝いている大腿四頭筋――! その団長を形作る全身の筋肉全てが、至高の芸術作品なのです――」

ジェイスは女神に祈っているかのような、恍惚とした表情になる。

やれやれ、こいつは生粋の筋肉フェチだからな。

ジェイスは筋肉が付きづらい体質らしく、女性みたいに華奢なので、筋肉に対して並々ならぬ憧れを持っているのだろう。

その分魔法の腕は随一なので、こうして副団長を任せているのだが。

ジェイスの魔法は、私とも 相(・) 性(・) 抜(・) 群(・) だしな。

「――でも、そうですか。団長は婚約を破棄されたのですか……」

「?」

ジェイス?

途端、ジェイスはブツブツと独り言を言い出した。

「……これなら僕にも、チャンスが……」

チャンス?

どういうことだ?

「た、大変ですッ!!」

「「――!」」

その時だった。

顔が真っ青になった伝令兵が、詰所に入って来た。

――この瞬間、騎士としての勘が、私を臨戦態勢にさせた。

「何があった?」

私は極めて冷静に、伝令兵に訊く。

こういう時は、指揮官として決して焦った素振りを見せてはいけないことを、私は経験で知っている。

「はい! 魔獣集団暴走障害(スタンピード) ですッ! エクーフラ領のほうから夥しい数の魔獣が、こちらに向かっていますッ!」

――ホウ!

それはそれは。

しかもダニエル様の出張先である、エクーフラ領のほうからとは。

まるで三文芝居のような展開だな。

まあいい。

いずれにせよ、私は騎士としての職務を全うするのみ――。

「諸君、仕事だ! 直ちに現場に向かうぞ!」

「「「イエス、マアム!」」」

さあて、久しぶりに腕が鳴るな――。

「おお、圧巻だな」

現場に着くと、地平線が蠢く黒い塊で埋め尽くされていた。

目を凝らして見ると、それは数え切れないほどの魔獣の群れが、こちらに向かって進軍している光景だった(ちなみに私の視力は10.0だ)。

「うわあああああああ!!! 誰か助けてくれええええええ!!!」

「――!」

この声は――。

声のしたほうに視線を向けると、馬に乗ったダニエル様が、泣き叫びながら必死にこちらに逃げていた。

おやおや、だから言ったではありませんか。

私が護衛についていたら、そんな醜態は晒さずに済んでいたでしょうに。

「諸君、私は一足先にダニエル様の救助に向かう! 諸君らも後からついて来い!」

「「「イエス、マアム!」」」

私は手を合わせ、魔力を練る――。

「 雄鶏(おんどり) が鳴き 狼煙が上がる

夢と眠りが境界を引く

その足は影よりも速く

百眼の巨人を屠るだろう

――【 巨人を屠る者(ヘルメース) 】」

途端、全身に力が溢れてきた。

――私は生まれつき魔力が低く、唯一使える魔法といったら、一時的に身体能力を5倍にするだけの、初級魔法であるこの【 巨人を屠る者(ヘルメース) 】のみだった。

だからこそ私は、誰よりも身体を鍛えた。

身体能力が上がれば上がるほど、【 巨人を屠る者(ヘルメース) 】の効果もその分増す。

そして私は遂にこの身一つで、王立第三騎士団長の座に就いたのだ。

今の私には、切れ味鋭い剣も、頑強な鎧も要らない。

この拳が何よりの剣であり、そしてこの肉体が何よりの鎧なのだ。

「ハッハァッ!!!」

私は大地を蹴り、単身魔獣の群れに突進する。

【 巨人を屠る者(ヘルメース) 】を使用している時の私は、残像が見えるほどの超高速で走れる。

僅か数秒で、ダニエル様の目前まで辿り着いた。

「なっ!? エルザ、何故君がここに!?」

目を丸くするダニエル様。

「かがんでください、ダニエル様!」

「え? あ、うん」

私の指示通り、馬の上でかがんだ姿勢になるダニエル様。

よしよし、いい子ですね。

「ハァッ!」

私はその場でジャンプし、天高く舞い上がった。

――そして魔獣の群れに向かって、突き出した右足で突撃する。

「――スーパーウルトラデンジャラスハイパーキーック!!」

「「「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアア」」」

「ひえええええええええ!?!?」

――説明しよう!

スーパーウルトラデンジャラスハイパーキックとは、上空から全体重をかけ渾身のキックをお見舞いする、私の必殺技の一つである。

スーパーウルトラデンジャラスハイパーキックが直撃した場所には爆発が起き、辺り一帯にいた魔獣を粗方吹っ飛ばした。

よし、これで大分片付いたな。

「鷲の羽ばたきが急を告げる

樫に隠れよ 主を称えよ

王笏(おうしゃく) を振り 主は唄う

この 黒雷(こくらい) で 罪を 雪(そそ) がん

――【 主神の黒雷(ザース) 】」

「「「アガアアアアアアアアアアアアアアアア」」」

続いて上空から降り注いだ無数の黒雷が、残りの魔獣たちをほとんど消し炭に変えた。

この魔法は――。

「エルザ団長! ご無事ですか!」

ハァハァ息を切らせたジェイスが駆け寄って来た。

ふふ、相変わらず体力はないのだな。

「ああ、私はこの通り無傷だ。流石だなジェイス。やはり広域戦闘に対する適正では、お前の右に出る者はおらんな」

「そ、そんな――! 僕の魔法なんて、団長の芸術的な筋肉に比べればまだまだです! 先ほどの団長のスーパーウルトラデンジャラスハイパーキックも、惚れ惚れいたしました……」

「ふふ、そうか」

またしてもジェイスは、うっとりとした顔になる。

本当にこの男は、筋肉が好きなのだな。

一部の討漏らした魔獣もうちの優秀な団員たちが一掃してくれているので、これで一旦この場の脅威は去ったとみていいだろう。

「――ダニエル様、お怪我はございませんか?」

「あ、ああ、うん、ありがとう。……助かったよ、エルザ」

馬から降りたダニエル様が、大層気まずそうにしながら歩いて来る。

さもありなん。

騎士なんて不要だと婚約を破棄した翌日に、こうして騎士の世話になっているのだから。

「……クッ」

そんなダニエル様に対して、ジェイスは敵愾心を剝き出しにしている。

ふうむ、大好きな筋肉を侮辱したことで、すっかりダニエル様もジェイスに嫌われてしまったらしい。

さて、とはいえ今は仕事中。

私もしっかりと、ダニエル様に事情聴取をしておかねばな。

「ダニエル様、早速で恐縮ですが、この 魔獣集団暴走障害(スタンピード) の一部始終をご説明いただけますか?」

「い、いや、そんなこと言われても、僕も何が何だか……。エクーフラ領に向かってたら、急にあの魔獣の群れに襲われて、必死に逃げてきたんだ……」

「ふむ、左様ですか。魔獣たちに、何か変わった様子はございませんでしたか? 通常 魔獣集団暴走障害(スタンピード) というのは、魔獣たちがより強大な魔獣から一斉に逃げ出すことで起きることが多いので」

「より、強大な……? ああ、言われてみれば、確かに何かから逃げてるようにも見えたけど……」

なるほど、やはりな。

となると、この一件は、まだ解決したとは言えんな――。

「ゴガアアアアアアアアアアアアアアアアア」

「「「――!!」」」

大地を揺るがすほどの咆哮が、遥か上空から降ってきた。

ふふ、どうやら真打登場のようだ。

「ひ、ひえええええええええええ!?!?!?」

――我々の前に、全身が赤黒い鱗に覆われた、巨大なドラゴンが降り立った。

どうやらこの 魔獣集団暴走障害(スタンピード) の元凶は、コイツらしいな。

「こ、これは――伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴン!」

「知っているのかジェイス?」

ジェイスは魔獣に対する知識も豊富だからな。

「はい……、その口から吐く灼熱の炎は、如何なるものも灰燼に帰すと言い伝えられている、極めて凶悪な伝説の魔獣です」

「ほほう、なるほどな」

それはそれは、相手にとって不足はない――!

だが、流石に他の団員たちが相手をするには、荷が重かろう。

「総員退避ッ! 直ちにこの場から離れろ! このアブ何とかドラゴンは、私とジェイスが相手をする!」

「「「イエス、マアム!」」」

「いくぞ、ジェイス!」

「はい、エルザ団長!」

さあて、腕試しといくか――!

私は右の拳に全神経を集中させ、アブ何とかドラゴンの土手っ腹に右ストレートをお見舞いした。

「――スーパーウルトラデンジャラスハイパーパーンチ!!」

「ゴガアアアアアアアアアアアアアアアアア」

――説明しよう!

スーパーウルトラデンジャラスハイパーパンチとは、超スピードで突撃して渾身のパンチをお見舞いする、私の必殺技の一つである。

今までこれを喰らって倒れなかった魔獣は、数えるほどしかいない。

さて、お前はどうだ、アブ何とかドラゴン?

「ゴガアアアアアアアアアアアアアアアアア」

「ぬっ!?」

「エ、エルザ団長ッ!!!」

その時だった。

アブ何とかドラゴンの鋭い前脚の爪が、私の腹筋に直撃した。

「エルザ団長ッッ!!!!」

「案ずるなジェイス。この通り、皮が一枚切れたに過ぎん。こういう時のために、日頃腹筋を鍛えているのだからな」

私は腹を捲り、ジェイスに傷口を見せる。

「はわわわわ、団長のふふふふふ、腹筋……!!」

ジェイスが鼻血を出している……!!

今は仕事中だぞ、自制せんか!

――さて、それにしても流石は伝説の魔獣なだけある。

私のスーパーウルトラデンジャラスハイパーパンチを耐えたうえ、鋼よりも硬い私の腹筋に、薄皮一枚とはいえ傷を付けるとは。

――ここは、ジェイスの力が必要だな。

「ジェイス、アレを頼む!」

「はい、団長!」

ジェイスが私に、右の手のひらを向ける。

「 水蛇(すいじゃ) の頭を岩で埋め

空駆ける怪鳥を毒矢で射落とし

黄金の林檎を奪い取り

地獄の番犬に光を浴びせよ

――【 英雄の功業(ヘラクリーズ) 】」

おお!

私の全身から力が溢れ出てくる――!

これぞジェイスにしか使えない、最上級身体強化魔法、【 英雄の功業(ヘラクリーズ) 】。

その効果は一時的に、身体能力を 3(・) 0(・) 倍(・) にするというもの。

――私のこの鍛え上げた肉体と、ジェイスの【 英雄の功業(ヘラクリーズ) 】が合わされば、まさに向かうところ敵なし!

「ゴガアアアアアアアアアアアアアアアアア」

アブ何とかドラゴンが大口を開け、灼熱の炎を吹き付けてきた。

ほほう、これは、さっきまでの私だったら、危なかったかもしれんな。

――だが、今の私には、心地良い春風も同然!

「セイッ!」

「ゴガアッ!?」

私は拳圧だけで、アブ何とかドラゴンの炎を相殺した。

ふふ、ご自慢の炎をただの拳圧で搔き消されたのが、余程ショックだったらしい。

伝説の魔獣にも、初めて動揺した素振りが見えた。

「――さて、これでトドメだ。覚悟しろ、伝説の魔獣よ」

私は右の拳にありったけの力を籠め、アブ何とかドラゴンの土手っ腹に、再度右ストレートをお見舞いした。

「――スーパーウルトラデンジャラスハイパーソニックアルティメットワンダフルパーンチ!!」

「ゴガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

――説明しよう!

スーパーウルトラデンジャラスハイパーソニックアルティメットワンダフルパンチとは、スーパーウルトラデンジャラスハイパーパンチを更に凄くした感じの、私の最強の必殺技である。

スーパーウルトラデンジャラスハイパーソニックアルティメットワンダフルパンチを喰らったアブ何とかドラゴンは木端微塵に弾け飛び、後には塵一つ残っていなかった――。

「うむ、これにて、一件落着!」

「「「うおおおおおおおおお、エルザ団長おおおおおお!!!!」」」

私は右の拳を、天高く突き上げた。

「うおっと!?」

その時だった。

突如めまいに襲われた私は、思わず後ろによろけてしまった。

クッ、流石に【 英雄の功業(ヘラクリーズ) 】は身体への負担が大きいな……!

「エルザ団長ッ!」

「――! ジェイス……」

が、すんでのところで、ジェイスが私をお姫様抱っこしてくれた。

ふふ、まさかこの私がお姫様抱っこされる日がくるとはな。

「ぐぐぐぐぐぐ……!! だ、大丈夫ですか、団長……!!」

ただでさえ体力がないジェイスが、全身筋肉で重い私の体重を腕の力だけで支えているものだから、むしろジェイスのほうが死にそうな顔をしている。

「ああ、もう大丈夫だ。助かったよ、ジェイス」

もう少しジェイスのお姫様抱っこを堪能していたかったが、大事な副団長を失うわけにはいかなかったので、私はヒョイと自分の足で立ち上がった。

ついでにジェイスの頭を撫でておく。

「はわわわわ、エ、エルザ団長……!!」

ジェイスが恋する乙女みたいな顔になっている。

今更だが、私とジェイスの性別が逆だったら、傍からはお似合いのカップルに見えるかもしれんな。

「エルザ、凄いよッ!!」

「――!」

ダニエル様が瞳をキラッキラさせながら、駆け寄って来た。

「やっぱり僕が間違ってた! 君のその力は、僕にも必要だ! ――だからもう一度、僕と婚約してくれないかな?」

おやおや、そうきましたか。

「エ、エルザ団長……」

ジェイスが雨に濡れた子犬みたいな瞳で、私を見つめる。

――ふふ。

この瞬間、やっと私は自分の本当の気持ちに気付いた――。

「ダニエル様、謹んでお断りいたします」

私はダニエル様に頭を下げる。

「そ、そんな!? 婚約を破棄したことは謝るからさ! 僕のことを捨てないでくれよエルザ! お願いだからあああああ!!」

「報告書を提出しなくてはなりませんので、私はこれで失礼いたします。団員たちを護衛に付けますので、どうかお気を付けてお帰りください」

「う、うわああああああああああああああああ」

子どもみたいに泣きじゃくるダニエル様に、背を向ける。

「さあ、帰るぞジェイス。報告書を作るのを、手伝ってくれ」

「は、はい、エルザ団長!」

私はジェイスの肩に、ポンと手を置く。

ジェイスの弾けるような笑顔が、私には太陽よりも眩しかった――。