軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

98.

「ガ……アァァァッ! 許さない……アタシが、こんなガキなんかにぃぃぃっ!」

上松みつるが、血を吐きながら絶叫する。

その瞳から理性の光が消え、代わってドス黒い狂気が渦巻き始めた。

「見せてやるわよ……『 才賀(さいが) 』様の力の本質を! その身で味わって、無に還りなさいッ!」

バギバギバギッ!

不快な破裂音が響く。

みつるの身体が内側から膨れ上がり、喪服のようなスーツが裂けた。

露出した肌は紫色に変色し、背中からは蜘蛛の足のような骨が突き出す。

もはや人間ではない。

『才賀』の力を暴走させ、自らを異形へと作り変えた成れの果てだ。

「領域結界――展開ッ!!」

異形と化したみつるが、咆哮と共に両手を広げた。

「『 胎内回帰・無明地獄(ウーム・オブ・ナッシング) 』!!」

ドォォォォォォン!!

世界が反転する。

薄暗い資材置き場が、赤黒い肉壁のような景色へと塗り替えられた。

同時に、強烈な魔力の波が俺を襲う。

これは重力ではない。「時間」の逆流だ。

「この領域に入ったものは、全細胞が強制的に退化させられる! 老人だろうが大人だろうが関係ない! 胎児へ、受精卵へ、そして存在しない『無』へと還るのよぉッ!」

みつるが勝ち誇ったように叫ぶ。

凶悪なスキルだ。

単なる幼児化ではない。生物としての時間を高速で巻き戻し、細胞分裂が始まる前の状態――つまり「死」すら生ぬるい「消滅」へと追いやる、必殺の即死領域。

シュワシュワと音を立てて、床のコンクリートが砂へと還っていく。

鉄骨が鉱石へと戻り、空気が原始の大気へと変質する。

俺の体もまた、その奔流に飲み込まれた。

本来なら、一瞬で肉体が崩壊し、アミノ酸のスープになって終わるはずだ。

――だが。

「……なるほど。面白い理屈だ」

赤い霧の中から、幼い声が響いた。

「な……ッ!?」

みつるの複眼がギョロリと動く。

彼女の視線の先。

そこには、ポケットに手を突っ込んだまま、涼しい顔で立っている俺がいた。

消滅していない。

それどころか、肌に傷一つついていない。

「ば、馬鹿な!? なぜ消えない!? なぜ存在している!? アタシの時間は、貴様を『生まれる前』まで巻き戻しているはずなのに!」

「ああ、確かに凄い圧力だ。放っておけば俺もドロドロの液体になっていただろうな」

俺は身体の周囲でバチバチと弾ける魔力の火花を見つめ、淡々と解説する。

「だから、『進めた』んだよ」

「は……?」

「お前が俺の細胞を『10』巻き戻そうとするなら、俺は治癒魔法を応用して、細胞分裂を『10』促進させる。……それだけのことだ」

俺は指先をチロチロと動かす。

そこには、超高速で展開される治癒魔法の術式が輝いていた。

「な、なんだそれは……!? 治癒魔法だと!? そんなデタラメな速度で再生させたら、普通は細胞が老化して死滅するはず……!」

「俺の魔力制御を舐めるな。お前の『退化』と、俺の『進化』。完全に同速度、同出力で相殺し続けている」

言うなれば、下りのエスカレーターを、全く同じ速度で駆け上がっている状態だ。

外から見れば止まっているように見えるが、その実、俺の体内では天文学的な速度で「破壊」と「再生」が繰り返されている。

「拮抗している限り、俺は今の『幼児』の姿のまま固定される。……無意味なんだよ、お前の能力は」

俺が一歩踏み出すと、赤黒い領域にピキピキと亀裂が走った。

俺の魔力が出力を上げ、みつるの領域を侵食し始めたのだ。

「う、嘘だ……ありえない……! 人間ごときに、そんな神の如き演算ができるわけが……!」

「悪いが、年季が違うんでね」

俺は右手に膨大な魔力を収束させる。

「さて。種明かしも済んだことだ。……そろそろ『大人』の喧嘩を終わらせようか」