軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十四話 ディートの役割

――ディートはセイランの部隊からそう遠くない場所で、騎兵部隊を指揮していた。

とは言っても、率いる兵はラスティネルの古強者ばかりであり、補佐であるガランガに大きく頼っているため、まだまだ真っ当に指揮と呼べるようなことをしているわけではないのだが。

場所は戦場左翼側。セイラン付き近衛と横陣歩兵部隊の間を取り持つという、妙な役を任せられている。

主な仕事は、敵歩兵部隊が味方横陣側面や背面に回り込めないよう押さえ込むことで。

ガランガ曰く、自分たちは緩衝材のようなものなのだという。

横陣がセイランを追って延びると、セイラン率いる近衛と味方側横陣の間に隙間が出来る。そのため、敵兵にその間隙を衝かれないよう、機動力のある自分たちが配置されたのだ。

個人的には、そんな面倒なことなどせず、敵横陣の隙間になだれ込んで切り崩してしまえばいいと思うのだが――それをガランガに話すと「それをやるには戦力がギリギリですんで」と言われてしまった。

確かに、味方は多いが、手勢は心許ない。

兵の大部分はラスティネル本隊に組み込まれているため、ナダール兵の構成によっては抜ききれない恐れがあるのだ。

それに、任務を確実に遂行することも大事なこと。

勝手な行動を取れば、それ以降の戦いに呼ばれなくなる恐れもある。

目に見えた戦果を挙げたいのは山々だが、ラスティネルの未来のためと言われてしまっては仕方がない。

だがそれゆえ、セイランの戦い振りを、遠目ではあるが見ることもできた。

目を見張るのは、セイランが使った魔法の威力と迫力だろう。

轟音が響き。

光条が 迸(ほとばし) り。

眩い閃光が辺りを席巻する。

やがて強い光と白煙が晴れたそのあとには、直撃を受けたらしい敵兵が真っ黒焦げになって地面を転がっていた。

それには、以前にアークスが使った魔法を遙かに超える鮮烈さがあったように思う。

ガランガによると、あれがクロセルロードの魔法なのだという。

ひとたび使えば眩いほどの閃光を発し、周囲の者の目を眩ませる。

それが晴れたあとに残るのは、黒焦げの死体ばかり。

クロセルロードの前に立った敵は、そのすべてが等しく絶命の末路をたどるのだという。

かわすことは不可能。

守ることなどもってのほか。

それゆえいまでも、国内外にはクロセルロードに敵意を向けられた者は死ぬという噂が根強く残っている。

しかもあれでもまだ加減をしているという話なのだから、その破格ぶりが窺えるというもの。

騎兵に指揮を飛ばして動かしながら、ガランガにぽつりとこぼす。

「ガランガぁ……そろそろおれも動きたいんだけどさ」

「坊は指揮を執る立場なんですから、緒戦は俺たちに任せてくだせぇよ」

「でもさぁ、ちょっとくらいなら、な? な?」

「坊が大暴れするのは、ここぞというときでさぁ。それまで我慢してくだせぇ」

再三の要求にも頑として頷かないガランガ。彼の諫めの言葉を聞きながら、ふと視線を横に移動させる。

「でも、お隣さんは自由にやってるだろ?」

「いやいやアレを参考にされても……」

いま見ているのは、アークスの従者の一人であるノア・イングヴェインのことだ。

どうやら開戦直後にアークスから指示を受けたらしく、彼らとは別行動を取っており、いまは自分たちと同じように、敵横陣が討伐軍側に突出しないよう、分離してきた歩兵たちを封じ込めている。

ただ自分たちと違うのは、魔法を使って敵の進行を妨害しているということだ。広範囲の地面を凍らせて、さらにその上に水を撒いて滑りやすくしているという徹底ぶり。不用意に氷の上に乗ってしまったら最後、転倒は免れないし、そうやって頭をしたたかに打った兵を何人も見ている。

前が転べば後ろも転ぶ。

後ろが転べば戦棋のコマを崩したように、転倒の影響が全体へと波及する。

たとえ前に出られたとしても、前にいるのは氷塊を絶え間なく撃ち出してくる美貌の剣士だ。彼のもとへとたどり着く前に、氷撃による絶命は避けられないのだから敵兵は堪ったものではない。

……凍った地面に冷やされて漂う冷気は、こちらにとっては涼を感じさせるものでしかないが、敵にとっては地面から這い寄る底知れぬ寒気だろう。敵兵の身じろぎが、恐れの震えに見えて仕方がない。

一方その冷気を布く本人はと言えば、氷上を優美に巡回中。折り目正しい執事のあり方そのままに、敵兵に礼を執り、慇懃な態度を見せている。

氷の剣の切っ先をピィィィンと弾きながら。

――どうしました? こちらにいらしても構わないのですよ?

汗を拭く真似でもするように、上着のポケットからハンカチを取り出して。

――失礼。少々、汗を拭わせていただきます。

まるで痛ましい光景でも目の当たりにしたように、口元に手を当てて。

――ああ、頭をそんなにぶつけて……なんと痛々しいことでしょう。

……そんな風に、アークスを相手にしているときのように、やたらと毒を吐きまくっているのが印象的だった。

常に挑発を欠かさないのは、不用意な突出を誘って敵兵を減らし、戦意を削ごうとしているのだろう。その効果は確かに出ているようで、彼を前にした敵兵は及び腰になっている。

そんな光景を見ていた折、ナダール軍に動きがあった。

セイラン率いる近衛部隊の前に、歩兵とは装備の異なる部隊が展開される。

装備を見るに、どうやら魔導師の部隊らしい。

だが、動きにどことなく違和感を覚える。

「ガランガ、あれ」

「……あの動き、ナダールの兵にしては随分いい」

ガランガの神妙な口ぶり通り、いま近衛たちの前に出てきた魔導師部隊は、妙に動きが良かった。全体的にきびきびとしており、一挙手一投足が洗練されている。

折り目正しく、規律高い動きは、どことなく帝国の軍人を思わせるほど。

「全員、【 第一種障壁陣改陣(ウォールアルター) 】用意ぃいいい!」

統括魔導師の号令の下、魔導師たちが防性魔法を行使し、灰色の障壁を展開する。

その防性魔法はこれまで見たことがない型のものだ。しかも、随分と分厚いように見受けられる。

それに対し近衛の騎兵や魔導師が攻撃を仕掛けるも――その防御は貫けない。

「【 火閃槍(フラムルーン) 】で貫けない?」

「っ、これはまずいでさぁ……」

ガランガの呻き声の通り、あまり良くない状況だ。近衛は騎兵で構成されているため離脱には適しているものの、いまは間合いがまずい。魔法によっては射程の長いものもあるため、被害を受ける可能性もあった。

「ガランガ、救援に」

「いえ、坊は任された持ち場を離れては駄目でさぁ。ここは我慢してくだせぇ」

「って言ったって、それで大将がやられちまったら……あ!」

「気づきやしたか?」

「おれじゃなくて、誰かを向かわせればいいってことだな?」

答えを出すと、ガランガは満足そうに頷いた。

そう、自分は部隊の指揮をしているのだ。

いつもお菓子や飲み物を取ってこさせるように、指揮する兵士を向かわせればいい。

それだけのことだ。

難しくない。

そうして、腕の立つ騎兵を数騎見繕い、敵魔導師部隊側面に向かわせようとした折。

突然、近衛の中から、アークスが突出する。

随伴する護衛には、従者であるカズィと近衛が二騎。

王都に住む貴族にしてはなかなかの騎乗技術を見せながら、彼らが馬を走らせつつ向かったのは――例の敵魔導師部隊の正面だった。

魔法を撃たれる前に打破しようと言うのだろう。だが、前面の防御が厚いのにもかかわらず正面に位置を取る動きには、無策という言葉が頭をよぎってしかたがない。

そのうえ、敵騎兵が数騎、彼らを迎え撃とうと前に出た。

最悪それを切り抜ける前に、敵魔導師の魔法が完成する可能性もある。

敵魔導師が魔法行使を同期させるまで、いましばしの猶予はあるが――

アークスが動いた。

馬を横に向け、何事かの呪文を呟くと、生み出された【 魔法文字(アーツグリフ) 】が寄り集まって円環状の魔法陣を構成する。アークスは魔法陣を右腕に装着するかのようにして輪の間に手を差し込むと、魔法陣はその状態で固定され、やがて互い違いに回り出した。

回転は高速。

キュィィィィィィンという高音が響き。

回転の隙間から、火花がさながらしだれ柳のように散ると。

兵士たちの怒号が、アークスの魔法によってかき消された。

ドドドドドドドドドドドドドドドド!!

……聞こえたのは、おそらくはそんな音だったように思う。

一概になんとは言って表せない音であり、

いくつもの馬蹄の音なのか。

栗の実が弾けた音なのか。

瀑布の怒濤の音なのか。

耳奥がじんじんとしびれのような熱を帯びた直後、アークスの腕からこぶし大の黒い飛礫が無数発射され、範囲にいた者たちすべてに雨あられとなって襲いかかった。

撃ち出される速度は、 弩(いしゆみ) よりも遙かに速い。

あたかもそれは、瞬きの合間に空を落ちる流星か。

騎馬とてかわすのは至難、否、あの速度ならばまず不可能だろう。

あまりに 夥(おびただ) しい攻撃に晒された騎兵は、文字通り砕け散ることとなる。

こぶし大の飛礫を雨のように、あの速度でまともに受けることになったのだ。

己の身体はおろか馬体ごと。

解体場の屑肉さながら。

もはや原型すら残らない。

無論その攻撃はそれだけにとどまらない。いや、もともとアークスの狙いはその先にいた魔導師たちだったのだから、当然と言えば当然だったのだろう。

騎兵を打ち貫いてもなおその速度を緩めない黒い飛礫の数々は、瞬きの間に灰色の防性魔法へと殺到。アークスの魔法に晒された灰色の防性魔法は弾けるように魔力光を散逸させて崩壊。当然、防御を抜かれた魔導師に身を守る術などなく、騎兵たちと同じように無残な末路をたどる羽目になった。

……右腕から白煙を立ち上らせるアークスを前に、鬨の声も、鉄同士がぶつかり合う騒音も、地鳴りのような足音も、怒号も悲鳴も、何もかもが消え失せた。

辺りはすでに、一面血の海だった。【世紀末の魔王】に出てくるという巨大な怪物の魔手にまとめて握り潰されたかのように、真っ赤な海に肉塊が浮かんでいる。

その光景を前にして、敵兵士たちは愕然としているのか。足を止めたにもかかわらず、口から進めの言葉も出てこない。いや、前に出られないのだ。出れば、あの魔法の餌食になるのだから。確実に。

「アニキ、すげー……」

さすがにこれは、感嘆を禁じ得なかった。まさか、近衛が複数人掛かっても貫けなかった守りを、たった一回の魔法で突破してしまうとは。

以前に見せられた魔法も激しかったが、これもそれに勝るとも劣らない強力な魔法だ。

語彙の消え失せたような感嘆を漏らすと、隣にいたガランガが声を絞り出すように言う。

「な、なんなんですかいあの魔法は……」

絶句にも近しい驚きに振り向いて、その顔色を窺う。

「ガランガ?」

「……坊、いまの見ましたか?」

「ああ」

「まさかまだあんな魔法を持っているとは……」

ガランガは驚き、恐れ、そんなない交ぜになったような声音で呻いている。

だが、

「確かにすごいけど、そんなに驚くほどか? だって国定魔導師の方がすごいんだろ?」

「坊、これはそういう話じゃありやせん。確かに坊のおっしゃるとおり、国定魔導師の使う魔法はもっと規模が大きいですし、効果もあれの比じゃありやせん」

「なら」

「いえ、そうじゃないんでさぁ。国定魔導師の使う魔法は、規模が大きい分、余分があるんです。人を魔法で殺すのに、街を燃やす炎なんていらないでしょう? それは過剰だ。でもアークスが使ったのは違う。あれはそんな余分がない」

「余分?」

「つまり、あれを使うのに、国定魔導師のような度の外れた力量は要らないってことです。現に、アークスの魔力は市井の魔導師とそう変わらないくらいのはずでさぁ」

確かにそうだ。彼らがラスティネルの館に聞いたのだが、アークスは一般的な魔導師貴族の子弟にしては魔力が極端に少ないらしい。そのため、よく使う魔法はどれも魔力効率を突き詰めたものであり、魔力消費が少ないものが多いのだという。

すなわちそれが意味するものとは。

「……坊、もしあれが、魔導師なら誰でも使えるようになったとしたら、どうなると思いますか?」

「あれを他の魔導師たちが?」

それは、多数の魔導師があれを同時に、広範囲に渡って使うことであり――

「…………」

もう一度、アークスが作り出した惨状に目を向ける。

先ほどアークスが見せた動きに、狙いなどなかった。

ただ腕を扇状に動かして、その範囲に魔法の飛礫を適当にばら撒いただけ。

射程も長く。

速度も高速。

数など数えるのも馬鹿らしいほど。

弓や投石のように狙いに気を遣わなくてもいい。

そんなことを考えているうちに、ガランガの言葉がなんとなく理解できてきた。

確かにこれを魔導師が部隊単位で使ったならば、ほとんどの兵士を一掃できるだろう。

動きの遅い歩兵部隊は当然として。

高い機動力を誇る騎兵部隊も見たとおり。

魔導師部隊が防御を敷いても守り切れず。

重装歩兵などただの的。

あって長弓兵部隊だが、果たして射程の長さはどちらが上か。

当然、魔法であるため、習得の可否という条件が常に付きまとう。

発表されたからといって戦術が即座に覆るということはないだろうが――

再度、敵魔導師部隊が前に出る。

おそらくは先ほどの防性魔法を使おうとしているのだろう。

直前に難なく破られているのにもかかわらず、同じ魔法に固執するのは危険極まりない行為だが、それでも使おうというのは貫通されたのが偶然だったと考えたためか。

そんな淡い期待に縋りたい気持ちはよくわかるが、万が一にも防御できるはずがない。

敵の防性魔法に対し再びアークスがあの魔法を使うと、やはり魔法は貫通し、敵魔導師を撃滅。生き残った敵魔導師たちは、ポルク・ナダールのわめき声を無視して歩兵たちの後ろへと下がっていった。

一方アークスも魔導師部隊が動かないと判断したのか、近衛の中に戻っていく。

近衛たちが呆然とした様子で迎える中、一人、元気なのはセイランだ。アークスにまとわりつくように、しきりに何かしらを訴えかけている。どこか興奮した様子はこれまで見たことのないものだが、一体どうしたのか。

アークスはそれにどことなく困った様子で対応。エウリードが間に入ってやっともとの調子を取り戻した。

しばらくして、督戦していた騎兵たちは呆然から立ち返ったのか、指示を飛ばし始める。だが、歩兵はすでに恐慌状態に陥っていた。進軍に二の足を踏む者はおろか、中には逃げ出す者も現れ始め、ポルク・ナダールの部下がそれを切り捨てて抑え込むといった有様だった。

「……そりゃあ、あんなもん見せられればそうなりまさぁ」

兵士は逃げる。戦場では当然の常識だ。誰だって命が惜しいのだから必然というもの。

「ほんと、さすがはアニキ」

「ええ。それには全面的に同意ですよ」

アークスに会ってから、そんな言葉ばかり言っているように思う。

しかし彼のすごさは、魔法の話だけではない。

彼との会話の中で何気なく登った軍略の話もそう。

ナルヴァロンドの館で彼にあてがわれた部屋で聞いた話は、どれも要点を衝いていて、説明を聞くと確かにそうなると思わせる論理があった。

戦の前に、それを母ルイーズに聞かせると、

――アークス・レイセフトとは仲良くしておきな。いいね?

とのこと。

言われなくとも、仲良くしているのだが。

ともあれそんなことを考えていると、ガランガがぽつりと呟く。

「……坊、動きましょうか」

「いいのか? さっきは持ち場を離れちゃいけないって言ってたのに?」

「臨機応変ってヤツですよ。もしあの恐慌の波がナダール軍全隊に伝われば、即撤退でさぁ。もたもたしてたら俺たちの手柄がなくなっちまいます。それに――」

「それに?」

「あんなの見せられたんでさぁ、動いてないとやってられませんよ。それに、そろそろ頃合いでしょうし」

ガランガの言葉を聞いて、ふと中央方面を窺うと、そちらの喊声が大きくなっているのに気づいた。

ラスティネル本隊が、中央を突破する予兆だろう。

「へへっ、やっと出番がきたよ! これもアニキのおかげだ!」

そう言って、周りのラスティネル兵たちに叫ぶ。

「おれたちも負けてらんないぞ! 野郎ども! おれに続けぇ! 獲物を全部取られるなんてヘマしたら、当分晩酌はなしだかんな!」

檄に対して、周囲から頼もしい声が上がる。中には悲鳴のような叫びまで。酒を飲めなくなったら死ぬとまで言い切る荒くれ共だ。飲酒禁止が与える効果は抜群だろう。

直後、乗っていた愛馬を走らせる。

七歳の誕生日に母からもらった馬だ。生まれたときから世話をしているため、気心の知れた間柄。力強い馬で、断頭剣を持っていても問題なく走ってくれる。

切っ先を地面にこすらせながらの疾走中。呼吸を合わせ、力を合わせ。溜めに溜め込んだ斬意の発散を、いまかいまかと待ち焦がれる。

狙いは督戦している騎兵だ。

「っ、はぁあああああああああ!! らぁっ!!」

敵とのすれ違いざま、断頭剣を大きく斬り上げる。騎兵は騎馬ごと真っ二つ、計四つの肉塊に分かたれて、上空へと飛んでいく。敵兵の上に、血液が真っ赤な雨になって降り注いだ。

生ぬるい鉄の匂いが、辺りに立ちこめる。

ふと、原型を失った肉塊が、たまたま敵兵の上に落ちた。高く舞い上がった重量物が叩き付けられた敵兵は、それだけで絶命。その様を見ていた他の敵兵が、喉の奥からかすれたような悲鳴を上げる。

「おれの戦いを見て、ラスティネルの 断頭剣(ギロチン) の名の由来を今一度思い出しやがれ!」

そんなことを敵兵に向かって叫ぶと、

「坊、坊。その台詞はきちんと敵の首を斬ってからにしてくだせぇ……」

「うっせ!細 かいことはいいんだって! ほらいくぞ!」

「へいへい――」

そう言いながら、ガランガたちとともに正面の敵陣に突っ込んだ。