軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十二話 卑しい金とは

魔法を解いて見下ろすのは、男の世界にいる 巨猿(ゴリラ) のような男、傭兵頭。

頭から血を流して、いまはもうピクリとも動かない。

こんな結末になるなど、欠片たりとも予想しなかっただろう。

この戦いは、確かに自分が不利だった。

体格差、剣の腕、腕力。

自分はそれらのどれ一つとっても傭兵頭に敵うものはなく、事実押されに押されていた。

身体能力では及ばないのはもちろんのこと、魔法を使ってもすぐに間合いを詰められる可能性がある。 事前に魔法を使うにも、まず道中の使用人たちをさばかなければならないし、なにより室内に誰がいるか判別できない以上は下手なことはできない。

いずれにせよ、出たとこ勝負。

ならば、どうするか。

答えは一つ、距離がないなら、時間があればいい。

魔法を使う時間を、自ら作り出せばいいのだ。

お誂え向きなことに、自分は無能で有名だ。

傭兵頭も、それを信じて疑わなかったほど。

これを使わない手はない。

相手が弱ければ、油断が生まれる。

油断が生まれれば、少しのことが隙になる。

隙は、時間の猶予だ。

だから、魔法が使えることを、最後の最後まで隠し通したのだ。

そして壁際までぶっ飛ばされたとき、【 黒の銃弾(ブラックバレット) 】の呪文を口にした。

傭兵頭も詠唱の途中で魔法を使うことに気付いたようだが、気付けたときにはもう遅かった。

狙いは完璧。

もちろんぶっ飛ばされているため、傭兵頭も距離をすぐに詰められない場所にいた。

惜しむらくは、この男が裏庭の状況を確認しなかったこと。

そしてアークス・レイセフトが『無能』だという意識から遂に脱却できなかったことにあるだろう。

脳みそぶちまけろの言葉通り、傭兵頭は脳漿をまき散らして絶命した。

「……あとは、強い魔法は派手で激しいって考えてたのが誤算だったな」

傭兵頭を冷ややかに見降ろして、そんな独り言を呟く。

強い魔法は基本的に、周囲に与える影響が大きくなりがちである。

魔法は自然現象を扱うものがほとんどであるため、外界に見過ごせない影響を及ぼしたり。

【 魔法文字(アーツグリフ) 】によって構築される魔法陣が大きくなったり。

最たるものは、肌で感じられるほどの魔力だろう。

消費される魔力量が多いため、その放出量も増大し、結果相手に強力な魔法の行使を悟られてしまう。

だが、【 黒の銃弾(ブラックバレット) 】は魔力の総消費量が100程度と低く抑えられている。

国軍で対人使用される【 火閃槍(フラムルーン) 】で200、【 火閃迅槍(フラムラールーン) 】で230ということを考えれば、格段に低い。

そのうえ呪文も短いとくれば、侮るのも無理からぬこと。

だからこそ、傭兵頭が大きな危機感を抱かなかったのだ。

……周囲を見れば、リーシャやもう一人、さきほど心配をして声をかけてきてくれた少女が、驚きで目を丸くさせていた。

二人も、まさかここまで計算して魔法を使うなど思っていなかったのだろう。

同じように驚いていた侯爵が、一転苦々しげな表情を向けて来る。

「……魔法は使えたか」

「これでも一応魔法の得意な貴族の家の出だからな。当然だろ?」

「では魔法が使えないふりをしたのは」

「その方が、相手が油断するからな。ほんとはあのとき捕まる前にどうにかしなきゃならなかったんだろうが、やっぱ大人相手だとそうそう上手くは行かないってことだな……」

その辺りは、今回大いに顧みるべき反省点だ。

あのときは『自分は魔法が使える』『だから上手くできる』とそう思って、心のどこかに油断があった。その結果が、捕縛されるという体たらくだ。

「だが、もしこちらがきちんと人質を使っていたら、貴様もどうしようもなかったはずだ」

「いや、逆にそうなってた方が、俺としては楽だったよ。人質を使っていれば……まず、俺に剣を捨てさせるところから始めなきゃならない。あとはあの傭兵頭が近付いてくる間に詠唱を成功させればいい」

「その時点で人質を殺す」

「それはない。人質は生きているから意味があるものだ。俺が詠唱している間に人質を殺して、それがなんなんだよ? 殺す時間だけかかって無駄だ。まごついてたらお前らが死ぬんだぞ? そこで転がってる傭兵に殺せって言っても聞きやしないだろうよ」

「…………」

意外にも、侯爵はハッと気づいたような表情を見せる。

どうやら、侯爵はその道理がわかっていなかったらしい。これまで人質を取って交渉を成功させたことはあっても、それが失敗したことはなかったのだろう。

「なんにせよ終わりだ。大人しくしろ」

「……終わり? そうかな?」

ふと、侯爵が口元に笑みを作る。

「油断したな小僧。詰めが甘いぞ」

「油断……ね。いまから人質なんてことしても無駄だぜ? あんたが動くより俺の口の方が早い。それに」

「バカめ。そうではないわ! 時間稼ぎに乗りおって!」

侯爵が叫ぶと同時に、ドアの陰から使用人が飛び出してくる。

リーシャが大きく騒ぎ、ティーカラーの髪の少女も叫び出す。

「んー! んー!」

「危ない!」

「わかってるさ。そうそう何度もやらかしてたまるかよ」

リーシャともう一人の声に応えてすぐ、飛び掛かって来た使用人の横側に入り込む。

腰を回すような運足で、使用人の突進をやり過ごすように。

おそらく使用人の男は、真横に入られたため、突然視界から消えたように見えただろう。

横合いから首元目がけて飛びついて、その首を支点に後ろに回ってホールドを決める。

裸締めによって頸動脈を絞められた使用人の男は、ものの数秒で失神してしまった。

「ぬるいぞ。あと数千倍は修行してこいっての」

そんな風に吐き棄てる一方、侯爵はと言えば、まさか奇襲に反応し、そのうえ倒せるとは思っていなかったのだろう。

顔に驚きを張り付けていた。

「バカな……大の男を絞め落とすだと」

「伯父上曰く、魔導師の身体能力の強化は必須だってな」

「伯父……そうか、溶鉄の魔導師に師事しているのか。だが――」

侯爵が諦めも悪く、リーシャたちの方へ動こうとする。

人質に取ろうと言うのだろうが。

「遅い」

「なっ――!?」

動きは、こちらの方が早かった。

日々訓練している人間と、そうでない人間の差。

リーシャたちを庇うように、侯爵の前に立ちはだかる。

一方侯爵は、その場で身構える。

だが、風呂上がりなのか武器も持っていない状態だ。

こうなれば勝負の行方は明白だ。

こちらには体術だけでなく、 魔法(ブラックバレット) もある。

弾数はもう残り一発だが、負けることはないだろう。

そんな中、ちょうど外の傭兵を蹴散らし終わったのか、ノアとカズィもやってきた。

「おっと、こっちはもうケリ付いてんのかよ……」

「これは遅きに失してしまいましたね」

「援軍、か……」

ノアとカズィが現れたことで、さすがに侯爵も進退窮まったことを悟ったのだろう。

ぎりっと歯噛みして……やがて一つため息を吐く。

そして両手を上げて、降参の意を示した。

「なるほど。これは私の負けだな」

「……負け、ね」

しかし、負けを認めた割には随分と落ち着いている。

自分が追い詰められているなど、微塵も考えていないような表情。

潔い、というよりはどこか余裕が見て取れた。

何故この期に及んでそんな態度を取れるのか。

まさかこの状況であっても切り抜けられると思っているのか。

しかして侯爵はと言えば、

「アークス・レイセフト。私と取り引きをしようじゃないか」

「は? 取り引きだって? この状況で?」

「そうだ。この場はこれで収めてあげようというのだ。君が私の屋敷に襲撃を仕掛けて、関係者を殺害したことは不問にするし、あとで君に何かしようなどとも考えない。二人も返してあげよう。その代わり、証拠品を返したまえ」

「随分上から目線だな。いまはどう見たってあんたの方が不利なんだぜ?」

「そんな不利など、いくらでも覆せるとも」

「……どうやって」

「そうだな。今後は君を援助しようじゃないか。君だって、これからは金銭に困るのではないかね? それなら、この申し出も十分君に利益があると思うのだが?」

確かに、親から援助を受けられないため、今後金に困る可能性は高い。

それを見透かした上で、取り引きを持ち掛けたのだろう。

今回の件を知る者は、侯爵と被害を受けた自分たち以外にいない。

つまり、自分たちが問題にしたり、しかるべきところに通報したりしなければ、侯爵の罪が明るみに出ることはないのだ。

だからこそ、こうして自分の痛い場所を突いてくる。

だが、

「あんたの金なんて、受け取るつもりはない」

「……利発な少年だと思っていたのだがな。買いかぶり過ぎたか」

「なんでも 利益(かね) で解決できるとでも思ったら大間違いだぜ?」

「だが、それが大人のやり方だ。君にはわからないのかもしれないがね」

「はっ、子供だからって簡単に大人って言葉に惑わされると思うな。大人に憧れるのは子供だがな、そんな薄っぺらい口車に乗るほどガキじゃない」

「一時の感情で動く者は誰であろうと子供だ」

「なら俺はガキでいいわ。アークス・レイセフトはおこちゃまですよー……って言ってやろうか?」

悪態を突くと、侯爵は鼻で笑う。

「バカらしいな。清廉潔白が武門の貴族の矜持とでも言うつもりか? 金に綺麗も汚いもない。金は金だ」

「そうかもしれないな。でもな、てめぇの金は卑しいんだよ」

「卑しいだと?」

「そうさ。そんな卑しい金、俺は持つつもりはない」

ふとそこで、何故かカズィが口を挟み込む。

「おい、アークス。金はな。正しい手段で稼いでも、汚い手段で稼いでも金だ。綺麗でも汚くても、手に入れた金は金としての使い道以外ねえ。そうじゃねぇか?」

唐突にそんなことを訊いて、一体どうしたのか。

カズィに向かって不思議そうに視線を向ける。

「……? なんだ急に?」

「気まぐれだよ。気まぐれ」

気まぐれか。金に執着の持つ者の気まぐれ的な訊ねとでも言うのだろう。

だが、確かにそうだ。カズィの言う通り、金は金。金銭としての使い道以外はない。

ならば綺麗だろうが汚かろうが、使うときに持ち主が困ることはないのだ。

だが、

「確かにそうかもしれないさ。だけどな――」

「――卑しい手段で得た金を使うと、そいつの心まで卑しくなるんだよ」

「心が……卑しくなる?」

「いいか? 汚い手段で稼いだ金を一度でも使えばな、金は汚く稼いでも、汚く使ってもいいって思っちまう。そうなったら、汚く稼いだときに割を食った奴らのことなんか気にならなくなって、そのうち沢山そういった奴らを作っちまうんだ。そうじゃないか?」

そう、盗み取った金銭も詐欺を働いて得た金銭も、一度それが成功してしまうと、抜け出せなくなる。簡単だからと、高額を得られるからと。成功したせいで次も次もと安易に走り、それが続くと罪悪感まで希薄になる。それで割りを食った人間のことなど、見向きもしなくなるのだ。

……それは、いつか男の母親が、詐欺師のニュースを見たときにこぼした言葉だ。

年老いた者の息子や娘を装って、金を巻き上げるという犯罪が横行したとき、テレビの液晶に向かって。

そうやって金を手に入れた者たちは、簡単に金銭を得られる快楽に溺れ、被害に遭った者のその後に目を向けなくなる。そのあとも、ずっと。

つまり、そういうことだ。

人の不幸を顧みず、正道を踏み外すことそれが、心まで卑しくなるということなのだ。

カズィを見据えると、彼は、

「ちびっこいガキのクセにやけに含蓄のあるセリフ吐きやがって」

「なんだ。共感できないか?」

「……いいや、確かにお前の言う通りかもしれねえわ」

「……?」

カズィは一人静かに納得したようで、特にそれ以上はなにも言わなくなった。

やはり、どうしてそんなことを言い出したのかよくわからない。

だが、そんな話を聞いていた侯爵は何を思ったのか、今度はカズィを対象に定める。

「そこの男」

「あ?」

「お前も魔導師だな? この二人を排除すれば、お前に金をやろう。一生贅沢できる金額だ。悪くない話ではないか?」

今度は仲間の買収か。

いまの会話で、カズィが金の善悪に頓着がないことを察したのだろう。

カズィには対価に金銭を要求されている。

客観的に見ると、買収される可能性は高い。

だが、何故か不思議と、彼が侯爵の要求を呑むとは思えなかった。

カズィが一つ息を吐いて、侯爵に歩み寄る。

そして、

「…………なあ侯爵サマよ、アンタが覚えているかどうかわからんが、十年くらい前に農夫の一家を縛り首にしただろ? アンタの領内にあった家だ」

「農夫の一家だと? そんなもの覚えているわけが……」

「あんたの悪徳な貸し付けで借金漬けにして、その 形(カタ) に末の娘を一人連れて行ったはずだ」

侯爵はその言葉に思い当たる節があったか。

「……そう言えばそんなこともあったな。そう言えばその家の連中も、金には卑しいだの尊いだのあるなどと宣っていた」

「連れて行った娘はどうした?」

「ふん。私に逆らった者たちに連なる者だ。あの者もひとしきり遊ばせてもらったあと、適当な罪をかぶせて縛り首だ」

「…………そうかよ」

カズィはそう言うと、侯爵との間合いを素早く詰めて、その顔面を殴りつける。

思い切り殴り付けたのか、大柄な侯爵が吹っ飛んだ。

拳の痛みをぶらぶら振って散らしているカズィを、侯爵が睨みつける。

「きっ、貴様ぁ……」

「テメェの話に乗るつもりはねえよ。元からな」

そして、カズィは呪文を唱えようとする。

「おいカズィ! 待て!」

「止めるな! こいつはなぁ……」

「事情があるかは知らないが、殺すのはダメだ」

「だがよ!」

「いいから落ち着け。俺の話を聞けって」

……会話から察するに、カズィには侯爵に対して何かしらの恨みがあるようだ。

侯爵邸に着いたとき、突然手を貸すと言い出したのも、そこに理由があるのだろう。

いまはその恨みを晴らすため、侯爵を手に掛けようとしているのだろうが、さすがにここで殺してしまうのはマズい。

だが、自分の気持ちも似たようなものだ。妹を人質に取られ、とんでもないことに巻き込まれたのだ。

殺すまではいかずとも、何かしらうっぷん晴らしはしたいところ。

「アークスさま?」

「殺すのはダメだが、好きなだけボコボコにするのは大丈夫だと思うぜ?」

「……どういうことだ?」

「ここにいるには俺たちだけだ。侯爵に無茶苦茶暴れられて抵抗されて已む無くって話にすればさ」

不穏な笑みを見せると、カズィは一瞬呆けたような顔をして、すぐに彼らしい悪い笑みを作る。

一方、『私刑』の宣告をされた侯爵はと言えば、取り乱し。

「――ッ、貴様らそんなことをしてただで済むとでも思っているのか!」

「どうせあんたはこのあと縛り首だろ? 溜まりに溜まった不正の上に、証拠隠滅のために他の貴族の娘までかどわかしたんだ。もし、罪を免れるようなことがあればレイセフトやその周りの貴族は黙っちゃいないし、なら王家は内紛を回避するために必ずあんたを裁くはずだ」

首を掻ききる真似をする。

当然だ。これだけのことを起こせば、いくら国の中枢にいる財務の高官と言えども罪を問われるだろうし、もしコネを使って罪を免れても、そうなれば跡取りを殺されかけたジョシュアも黙ってはいない。

たとえ相手が上級貴族であろうとも、武官貴族のメンツにかかわるといって繋がりのある貴族を動員して戦争を起こすだろう。

そうなれば戦力で及ばない文官貴族ではひとたまりもないし、侯爵のしでかした事が事ゆえ、味方になる者などほぼいないはずだ。

むしろ財務のポストが一つ空くということで、見て見ぬふりをする者だって出て来るかもしれない。

侯爵は先ほどの取り引きを突っぱねられた時点で、その運命は決まっているのだ。

「ノア、俺たちはなにも見てない。いいよな?」

「アークスさまはお人よしですね……わかりました。私は何も見ませんよ」

「リーシャも、そっちの人もいいよな?」

リーシャは頷き、少女の方は「はい」と答えた。

「キヒヒ、恩に着るぜ……」

カズィはいつもの気味の悪い忍び笑いを漏らして、侯爵に近付く。

当然侯爵は逃げようとするのだが、

「くそっ」

「あ? 逃げられると思ってんのかよ?」

カズィはすかさず距離を詰めて、侯爵をぶん殴る。意外と肉体派らしい。

一方侯爵はガタイの割りに荒事には慣れていないのか、ゲストルームの床を転がった。

カズィはゆっくりと近付きつつ、拳を鳴らす。

侯爵は「こひゅ……」と鶏を引き絞ったような悲鳴を漏らした。

そんな中、ふと消え入りそうなか細い声で、

「…………これは、返さなきゃいけねぇ義理ができちまったかねぇ」

「ん? なんか言ったか?」

「いいや、なんでもねえよ」

カズィは訊き返しにそう返答して、侯爵の私刑に取り掛かった。