軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十一話 侯爵との対面

リーシャ奪還作戦の準備が整ったあと、アークスは手紙で指定された場所を訪れていた。

指定の場所は、王都にある広場の一つだ。

ここは王都でも外れの方にあるためか、複数ある広場の中でも特に 人気(ひとけ) がなく、寂れ気味。空には分厚い雲がかかっているため、昼間でも亡霊が出てきそうななんとも言えない廃墟感が漂っている。

ふいに鼻を働かせれば、なんとも言えない臭い。かび臭さなのかドブの臭いなのか判然としないこの臭気を、好き好んで嗅ぎに来るものはないだろう。

これも、この広場の人影のなさを助長する理由の一つだと思われる。

しかしてアークスは、そんな場所にはまったく似合わない一張羅を着込んで、この場に臨んでいた。

ノアが用立ててくれたのは、シャツとジャケット、全体的に青と白を基調とした服だ。

これにリボンとスカートがあれば、過度な女顔のせいでリーシャと見間違われてしまいそうな出で立ちとなっている。

腰には、子供でも扱えるタイプの短めの剣を一振り。

片方の手には、偽の証拠が入っていた黒鞄が一つ。

携行品はこの二つだ。

待っていると、かすかな物音が聞こえて来る。

「――おいでなすった、か」

ふとこぼしたのは、誰かしらの到来を予期する言葉だ。

かすかな物音の正体は、微細な衣擦れの音や、石畳を踏む音複数。

やがて広場周辺の垣根の角や細い路地から、男たちがわらわらと涌いてくる。

人数は一人二人ではきかない。

全部で六人。

その者たちは姿を現したかと思うと、逃がすまいとでも言うように、すぐに周囲を取り囲んでくる。

動きに無駄がなく、統制が取れている。

そんな印象を受ける立ち回りだ。

やがてこの集団の頭なのか、大柄な男が近付いてくる。

「アークス・レイセフトか?」

「……そうです」

大柄な男の訊ねに対し、面持ちを硬くして肯定する。

……人攫いじみた連中に敬語など使いたくはないが、いまは演劇の時間である。

お行儀のいい貴族の子弟。

頼りなさそうな貴族の子弟。

それらをイメージして振舞うのが、いまは肝要なことなのだと自分に言い聞かせる。

現れた者たちの見てくれは、どちらかと言えばあまり良くない部類に入る。

頭目はまだマシだが、全体的に髪や髭は手入れが行き届いておらず、身綺麗とは言い難い。

服も薄汚れ、黄ばみも目立つ。

さりとて下町の荒くれというわけでもないのは、彼らがきちんと武装しているからだ。

街の無頼の連中の武装と言えば、樫や黒檀でできた棍棒や、布と石を組み合わせて作ったブラックジャックなどなど。短剣、ナイフを持っていれば上等と言った具合。

しかしいま目の前にいる者たちは、革鎧に肩当て、脛当て、主武装には剣や金属製のメイスまで身に付けている。さながら場末の酒場にたむろする用心棒のような出で立ちだ。

装備はみな揃っておらずバラバラ。

にもかかわらず、動きは統制が取れている。

そこから考えられるのは――

(……こいつら、もしかして王都に出入りする傭兵か?)

だろう。

正規の兵士ではない。

場慣れしている。

しかも、集団で動くことに長けているということを鑑みれば、まず間違いない。

侯爵の子飼いの、いつでも切り捨てられるような手駒なのだと思われる。

ふいに大柄の男が、どこか別の場所へ向かうことを示唆するように、背を向けた。

「じゃあ、付いてきな」

「ま、待て!」

「あん?」

振り向いた大柄の男に向かって、剣を抜き放ち、切っ先を向ける。

そして、口にするのは、

「妹はどこだ!? 妹を返せ!!」

「カカカカカカ! 一丁前に剣士気取りか? 俺に剣を向けるとは勇気がある。だが、腰が引けてるぜぇ」

大柄の男が言った通り、いまはへっぴり腰の状態だ。

貴族の礼服をしっかり着込んでいることもあいまって、見てくれからは、荒事には慣れていないような大人しい子供を思わせるだろう。

それが、こちらの狙い。

当然、彼らと戦ってはいけない。

反抗する意思を見せたうえで、戦うことができないということを印象付けなければならないのだ。

あからさまに不慣れな様子を見せつけながら、切っ先を向けて不用意に近づく。

無論、王国式細剣術の構えなど取りはしない。

柄の握りを甘くしていると、当然のように柄尻を蹴り上げられた。

手からすっぽ抜けた剣が、あらぬ方向へと飛んでいく。

「あ……」

「はっ――お前みたいなガキじゃどうこうできねえよ」

「く、くそ、魔法が使えれば……」

できるだけ苦々しそうに、歯噛みする。

さりげなく魔法が使えないというニセ情報も織り交ぜると、思い当たることがあったようで。

「そういや、レイセフトの長男は無能だって話だったな」

「うぐ……」

つい、演技にそぐわないうめき声を漏らしてしまう。

というか、その情報は一体どこまで広まっているのか。

まさかこんな傭兵まで耳にしたことがあるとは。

いや、両親が方々で吹いているため、耳ざとい者は知っているということなのだろう。

芽吹いた苛立ちを封じ込め、苦し紛れを装いつつ、大柄な男に向かって手のひらを向ける。

そして、

「――火よ。ええと……なんか! なんでもいい! 出ろ!」

「……は。そんなんじゃ魔法なんて使えねぇよバーカ! っははは!!」

大柄な男は当然として、周囲を男たちまでゲラゲラと笑い出す。

当然、すぐに捕まえられた。

上手くいったことに、小さく安堵の息を吐く。

……人間は保守的な生き物だ。信じたいものを信じ、あらかじめ知っている情報を優先する傾向にある。これで、魔法が使えない子供、反抗することもできない貧弱な子供という印象が彼らに根付いただろう。

「……例のものって、これですかね?」

「……なにか書いてあるな。たぶんそうだろ」

後ろの方から聞こえて来る、そんな会話。

見れば、傭兵の一人が黒鞄を開けて、中身を検めていた。

字の方は読めないらしい。

中身は、あらかじめ用意した適当な書き付けだ。

信憑性を増やすための急ごしらえの小道具だが、信じてくれたようだ。

……傭兵たちに捕まったまま、近くに停めてあった馬車に乗せられる。

しばらく馬車に揺られていると、やがて豪勢な屋敷の前で停まった。

ここが、件の侯爵の邸宅だろう。

少し見ただけでもわかる、金の掛け具合。

広い造園や大きな庭木ならば、どこにでもあるが。

庭先の石像。

黄金でできた噴水。

正直なところ、悪趣味としか言いようがない。

辟易としながらも、それらを横目に男たちに付いて行くと、屋敷の一室に通された。

客間ではなく、さながら物置のような場所。

部屋の中には……リーシャはいない。

ハズレを引いたことを、苦々しく思っていると。

「――連れてきたか」

「へい!」

その言葉に、大柄な男が返事をする。

部屋に入って来たのは、身なりの良い――いや、良すぎる男だった。

傭兵として鍛えた大柄な男にも負けぬ威容を持っており、背丈だけならば伯父であるクレイブにも匹敵するほど。

おそらくこの男が、カーウ・ガストン侯爵なのだろう。

ノアから聞いていた特徴と一致する。

一見して、不正を働いてせせこましく小金を稼ぐような小物には見えない風貌だ。

歩き方、立ち姿、振る舞いは堂々としており、確かな威厳を感じる。

悪党と言われれば確かに悪党にも見えるが――語意のニュアンス的には黒幕と言った方が正しい気がする。

それを見て、思う。

これは、 性質(タチ) が悪いタイプだと。

侯爵が目の前に来ると、なんとは言って表わせぬ強い圧力が感じられる。

これは、上位者の持つ威風だ。この世界の人間は、こういう風に地位的に上位に位置する者ほど、風格や威厳が物理的な圧力を伴うらしい。

「ふむ、君がアークス・レイセフトかね?」

「……そうです。あなたは、カーウ・ガストン侯爵閣下でしょうか?」

「隠す必要もないか……ああ、その通りだ」

「では、あなたがあの手紙を送ったのですね?」

そう言うと、いちいち説明するのも面倒なのか、侯爵は億劫そうに頷いた。

「妹は無事なのですか? 妹を返してください」

「その前に、帳簿はそれか?」

侯爵が視線を向けたのは、黒鞄を手に持った傭兵だ。

その傭兵は、侯爵の意図を察したか、すぐに持っていた黒鞄を差し出す。

しかして、侯爵がその中身を検めると、

「これは……中身が違うな。手紙には預かった証拠を持ってこいと 認(したた) めてあったはずだが?」

「…………」

「中身はどうした? 答えなさい」

「あれはもう役人に預けました」

だが、侯爵は一切動じることはなく、むしろ薄ら笑いさえ漏らすほどの余裕を見せつけてくる。

「嘘だな。それが本当なら、君がこの呼び出しに応じるはずもない」

それはそうだ。すでに役人の手に渡っているならば、わざわざ捕まりにくるようなことはしないだろう。

「どこにあるのか言いなさい。言わなければ、妹がどうなるか……」

案の定、侯爵は危害を加える可能性を匂わせてくる。

人質を取っているのだ。当然、そう出るだろう。

さながら男の国の時代劇にあるような、お 約束(テンプレート) ぶり。

わかりやすいことこの上ない。

「……本物の証拠は、家に置いてきました」

「どこにあるかは知っている者は他にいるのか?」

「誰も。部屋の戸棚の裏に隠してあります」

「そうか」

適当な隠し場所を口にすると、侯爵は興味を失ったように背を向けた。

そして、ぶつぶつ。どうやって証拠を回収するか、独り言を交えて考えているのだろう。

そんな侯爵に対し、さらに演技を重ねる。

「妹を返してください! そうしたら証拠はお返しします!」

「無理だな。その証拠が本物かどうか確かめるまでは、引き渡すわけにはいかないな」

「そ、そんな……」

「君が悪いのだ。ここできちんと証拠を持ってきていれば、リーシャ嬢を返してあげたものを。余計な知恵を働かせてこの私を謀ろうとする者の言葉など、信じてもらえると思っているのかね?」

「う……」

簡単に返すつもりなどもともとないだろうに、侯爵はあえて 自分(アークス) が悪いということを強調する。精神的にやり込めておいて大人しくさせるつもりだろう。

それに乗って、項垂れておく。

「閣下。コイツはどうしやすか?」

「もう用はない。連れて行け」

「お姫さまたちのいる場所ですかい?」

大柄な傭兵が発したその言葉を聞いて、「よしっ」と心の中で快哉を上げる。

図に当たった。これで目的はほぼ達成された、と。

このあとはリーシャと合流し、彼女の安全を確保。

そして、人が少なくなった頃を見計らって、魔法を駆使して脱出する。

そのための魔法の準備も万端だ。

男の世界の光の屈折などの知識を利用した【透明化の魔法】に、相手を無力化させるための眠りの魔法。

どちらも効果時間は短いが、使用には耐えられるレベル。

最悪、【黒の 銃弾(ブラックバレット) 】の魔法を使って撃退したり、火の魔法を用いて 小火(ボヤ) 騒ぎを起こしたりしてもいい。

逃げるための手はいくらでもある。

しかして、大柄な傭兵の訊ねに対し、侯爵は、

「そうだな……それでいいだ――いや」

「どうしやした?」

ふと、侯爵が黙り込んだ。

何かを考えているのか、侯爵はあごに手を当て、目を細め。しばしの黙考を挟んだあと、静かにこちらを向いた。

そして、

「……念のため【天界の封印塔】にしろ。書状はこちらで用意する」

「へい?」

「な――ッ!?」

大柄の傭兵が発した調子の外れた声と、自身の驚きの声が重なる。

声の理由はどちらも同じだろう。

なぜ、この屋敷で監禁しないのか、という疑問だ。

すぐに大柄な傭兵が、侯爵に聞き返す。

「閣下。どうしてまたそんなところに? お姫さまたちと一緒にしたくないだけなら、他の部屋でも構わんでしょう? なのに、封印塔っていうのは……」

「『それ』はリーシャ・レイセフトの兄……軍家の子供だ。念を入れるに越したことはない」

「暴れるのを警戒してるんですかい? ですがこのガキ、戦うこともできやせんし、魔法も使えませんぜ? 貴族の界隈じゃ有名な無能でしょう」

「確かにな。だが、それが演技だということも、ない話ではあるまい?」

「は、はあ……」

侯爵は困惑する大柄な傭兵を尻目に、自身の目をのぞき込んでくる。

徐々に近付いてくる瞳からは、はっきりしない何かを見出そうというような、背中をざわつかせるまなざしが。

……近付いてくる顔。真意を見透かそうとする視線。ふとした緊張に身体が縛られる。

圧力だ。上位者の持つ圧力。

役者の違いをまざまざと見せつけられたような気がして、首筋に汗がにじむ。

すると、

「俺は考えすぎだと思いますがね。だって魔法も、剣だってろくに使えないようなガキですよ? ガキってだけでも警戒する必要性がねぇのに……念を入れるなら猿轡でもしておけば――」

「いい。連れて行け。これも仕事だ」

「わかりやした。おら、立て」

大柄な傭兵に引っ立てられる。

まさかここにきて、 躓(つまづ) いてしまうとは。

しかも、送られるというのは【天界の封印塔】。

その名称には、覚えがある。

そこは、王都で罪を犯した魔導師を繋いでおく牢だ。

魔法への対策が強固であり、魔導師が一度ここに入れられれば脱獄は不可能とまで言われるほど、警備が厳重で有名な場所である。

「それで、そのあとはどうしやす? 証拠がレイセフト家の屋敷の中にあるんじゃ、おいそれと手は出せませんぜ?」

大柄な傭兵の言う通り、他家の家を 検(あらた) めるには、理由を用立てる必要がある。

だが、その真っ当な理由を作るのは難しいはずだ。

かと言って、忍び込んで家探しするというのも困難だろう。相手は軍家の屋敷だ。王国の軍事に関連する資料も保管されているため、相応の警備を敷いている。

もし彼らが百戦錬磨の傭兵だとしても、簡単には手が出せないはず。

「そうだな。やれやれ、困ったことだ」

侯爵は同意するように、疲れた息を吐く。

そして、

「まずは……様子見だな。そろそろ、あの二人がいなくなったことで、騒ぎになっているころだろう。特にこちらに対する動きがなければ――」

「なければ?」

「放置しておけばよいだろう。そうであればこちらが関わっていることを知っている者がいないということだ。ことが落ち着いたら、そのうち息のかかった者を紛れ込ませればいい」

「で、お姫さまたちの方は?」

「そうだな。二人には予定通り、いなくなってもらおう」

そんな言葉を聞いては、さすがに黙ってはいられない。

「おい、あんた」

「……?」

侯爵が肩越しにこちらを向く。

「あんた正気か。いくら子爵家とは言え、貴族の子供だぞ?」

「貴族の子とて、行方不明になることはよくあることだ」

「本気なのか」

「本気だとも」

成功するのは当然だとでも言うように語る侯爵に、

「行方不明になれば有耶無耶になるなんて甘いぞ。レイセフトはあれでも軍家の大家だ。調べれば、尻尾くらい掴む」

「レイセフトが何するものか、だ。なに、すべて上手くいく」

「なんでそんなに」

「自信があるか、とでも聞きたいかね? 世の中は金、金だよ。金さえあれば、言うことを聞かせる力も持つことができるし、それを使えば大抵のことは見逃される」

「金や権力でなんでも解決するとでも……」

「残念ながら、解決するものなのだよ。世の誰しもは利益と不利益を秤にかけて動くものだ。金さえあれば、情だって買えるのがこの世の中なのだからな」

「くっ……」

計画が狂った以上、このままではまずい。

意を決し、動こうとするが、

「おっと。大人しくしやがれ」

大柄な傭兵が、そんな言葉を口にする。

「ぐ、あ……」

それと同時に後頭部に衝撃を受け、目の前が真っ暗になった。