軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百四十話 住人が増えるよ!

魔法院は夕刻になると、生徒の立ち入りが著しく制限される。

表向きは、魔法院が王国の重要な施設ということ、学術機関を保安する必要があるということを理由に禁じているが、実際はサイファイス家の深部にかかわるものが秘匿されているためだ。

院内は夜間になると完全に閉鎖される。

その前段階として、まず生徒たちが締め出されるのだ。

定められた時間になると、講師たちが手分けして院内を巡回。生徒に帰宅を促したあと、各教室に錠を掛け、作業がある者は講師塔へと移って講義の資料作りや研究に勤しむ。

この規定は、どんな者であっても守る必要がある。

もちろん、この規定を定めた血族という『例外』は存在するのだが。

院内にある、とある一室。

ここは、クローディアとその取り巻きたちが、魔法院の一部業務のために使用している一部屋だ。

西日が差し込む窓際の席。長机には各種書類の束が置かれ、生徒の名簿や、寮の管理、要望などが書かれたメモもある。

そこで、うとうとと船を漕いでいたクローディアに声がかけられた。

「クローディア」

「う、ん……」

「クローディア、起きなさい。クローディア」

「おじいさま…………え?」

クローディアが気付くと、隣に祖父エグバードが立っていた。

覗き込むように身をかがめ、肩にはしわがれた手のひらが添えられている。

クローディアのぼうっとした頭に、徐々に現在の状況が染みわたっていく。

クローディアは慌てて立ち上がり、敬愛する祖父に勢いよく頭を下げた。

「こ、これは、おじいさま! このような時間まで魔法院で居眠りをしてしまうなど失態! 面目次第もございません!」

「……構わぬ。失敗は誰にでもあるものだ」

「いいえ、サイファイス家の次期当主としてこのような不調法、あってはならない、と心得ます」

「……うむ」

エグバードはぎこちなく頷くと、クローディアを見下ろしながら、また声を掛ける。

「クローディアよ。疲れているのではないか?」

「いえ、そのようなことはありません! 少し……そう、少しだけ気が緩んでいただけですわ」

「あまり根を詰めてはならぬ。善き当主を志すならば、自分の身体をよく案ずる必要がある」

「おじいさま、ご心配いただき感謝いたします」

「お前もいち生徒なのだ。無理に魔法院の仕事をこなさなくともよいのだぞ?」

エグバードはそう言うが、しかしクローディアは首を横に振る。

「いえ、魔法院はサイファイス家が管理しているもの。サイファイス家の当主として院に通う生徒のことはしっかりと把握しておかなければなりません。それにおじいさまも在学中は学業と並行して生徒の管理に務めていたとか」

「それは……確かにそうだが」

「……おじいさま。わたくしはサイファイス家の次期当主として。それに相応しい姿を、周囲に示さなければならないのです。サイファイス家の権威は、生徒や講師から強い信頼あってのものと存じます」

「ではいまのお前は相応ではないと申すのか?」

「は。おっしゃる通りにございますわ」

「そのようなことはない。お前はまだ十五だ。当主になるまで……いや、当主になってからでも、いくらでも時間はある。足元は少しずつ固めていけばよいのだ」

エグバードの諭すような言葉にも、クローディアは首を横に振る。

「クローディア……」

「おじいさま。ご心配なさらないでくださいませ。わたくしはわたくしの仕事をしっかりとこなしてみせますわ」

サイファイス家の次期当主として、相応しい働きをしなければならない。

クローディアの胸にあるのは、その一念だけだ。

よく働けば、そしてその姿を周りに見せれば、一相周りに認められるだろう。

だが、そう思う反面、不安もあった。

今日のように居眠りなどするようでは、当主としてあるまじき失態ではないか。

そのうえ、良い面をもっとも見せなければならない人物の前で失態を犯してしまうなど、もってのほかだ。

最近は失敗がよく続く。

特に最初のアークス・レイセフトとの決闘を、エグバードが見ていたという話もあるのだ。

次期当主が敗北した姿を晒すなどあってはならないことだ。他家ならば、それだけで廃嫡という厳しい沙汰が言い渡されるところもあるほどである。

「…………」

クローディアは、内心でふと思う。こんな、本当に名誉ある公爵家の当主が務まるのだろうか、と。エグバードは問題ないと言ってくれているが、それが身内のひいき目でないとどうして言えるのか。

(いえ、これからです。まだまだこれからですわ……)

そう思って弱気を振り払おうとするものの、やはりため息はこぼれてしまう。

クローディアはエグバードと別れ、部屋をあとにする。

そのまま、魔法院を出ようと歩いていた折のこと。

廊下の窓辺に、一人の講師が立っていたのが見えた。

夕焼けに映し出されたのは、すらりとした立ち姿。講師が着用するローブをまとい、窓の外を眺めている。ぼうっとしていると言うよりは、窓の外を油断なく観察していると言った方が似つかわしい。いつもはどんくさそうにしているのにもかかわらず、いまはそれが影も形も見当たらない。

彼女にはこんな一面もあるのだなと思いながら、クローディアがそんな孤影に歩み寄る。

すると講師――ジョアンナは気配に気付いていたのか、驚くような素振りも見せず、ごく自然に身体を傾けた。

優美な礼を執る彼女に、クローディアは労いの言葉をかける。

「これはジョアンナ講師。遅くまでご苦労様ですわ」

「ごきげん麗しゅうございます。クローディア様こそ、このような時間まで、お力添え感謝いたします」

ジョアンナは丁寧な礼を執ったあと、穏やかに微笑みかけてくる。

先ほどとは打って変わって、普段見るようなおっとりとした笑みだ。

「ジョアンナ講師は、巡回の途中でしょうか?」

「はい。西館は見て回りましたので、あとはこちらを見て回れば終わりです」

「くれぐれもお見逃しなきようお願いいたしますわ。あと、わかっているは思いますが、あまり遅くならないよう。魔法院は夜になると怖い場所に変わりますので」

クローディアが冗談めかしてそう言うと、ふいにジョアンナの顔が神妙な面持ちへと変わる。

「ジョアンナ講師? いかがされましたか?」

「……あの、クローディアさま? やはり魔法院の二階には派閥闘争に敗れて自害した講師の幽霊が出るのでしょうか?」

「はい?」

「ね、年配の講師の方がよくおっしゃっているんです! 東館の二階には幽霊が現れて、それを見てしまうと二度と魔法院から出られなくなるって!」

泣きそうな顔であたふたするジョアンナを見て、クローディアは軽く息を吐く。

やはりさきほど見た優美な立ち姿は幻だったらしい。

ここにいたのは、いつものちょっと抜けた講師で間違いなかった。

「ジョアンナ講師。そんなの他の講師が作ったくだらない噂ですわ。それに、本当になにかあるのなら、墓場にいるガウンをお招きしています」

「そ、そうですよね? やっぱり嘘なんですね。よかったぁ……」

ジョアンナは本気で恐れていたのか、胸に手を当ててほっと安堵している。

「確かジョアンナ講師は少し前から出張に出ていたとか?」

「はい。つい先日こちらに戻って、講義に復帰しています」

「行ったり来たりと大変でしょう? ご自愛くださいませ」

「いえ、これも講師の仕事ですから。ご高配かたじけなく存じます」

「では見回りの方、おさおさ怠りなくお願いいたしますわ」

「承知いたしました」

クローディアはジョアンナに労いの言葉と励ましの言葉をかけたあと、魔法院を出たのだった。

その翌日のこと、クローディアは書類と格闘していた。正確には、クローディアとその取り巻きたちと言った方が正しいか。

場所は、昨日彼女が居眠りをしてしまった魔法院の一室だ。

長机の上には昨日以上に書類が置かれており、全員がなんらかの書類とにらめっこをしていたり、ペンを使って戦ったりしている。

内容は魔法院の、特に生徒や寮に関する書類だ。

寮を利用する生徒の生活管理はクローディアたちが行っているため、時折こうして大量の書類仕事が回ってくる。

生徒に課せられる門限だけではなく、国庫から降りてくる予算を寮の管理や備品の補填に充てるなど、講師が後回しにしてしまうような仕事を引き受けているのだ。

いまはそれが終わらずに、ばたばたしているといった状況である。

「く、クローディア様! こちらの計算が間違っています!」

「マズいですわね。そこが変わっていると、他の予算にも影響が……」

「ああっ! こちらにも間違いが!」

「それはそちらと一緒に処理しなさい。あと、こちらも一緒にお願いしますわ」

そんな風に指示を飛ばしていると、取り巻きの一人が青い顔を向けてくる。

「あ、あの、クローディア様? 地方貴族の子女が逗留している寮の要望書は……」

「――っ! ヤバいですわ!」

あまりのことで、図らずもよろしくない言葉遣いが飛び出してしまう。

完全に失念していた。特に貴族の方は喫緊の案件だ。

これらの不満をそのままにしておけば、中央への評価にも関わる。

処理は後回しにはできない。

「……申し訳ありません。あなたたちにはもう少し残ってもらいますわ」

頼み込むように頭を下げる。

ありがたいのは、取り巻きの生徒たちがみな協力的なことか。

……書類の作成が終わったのは、夕刻前のことだった。

いくら講義がない人間を集めていたとはいえ、ぎりぎりまで粘らせていたのはクローディアとしても心苦しい限りだった。

「みなさん。今日は本当にありがとうございます」

「いえ、クローディアさまのご苦労に比べれば」

「クローディアさま。あまり根を詰めないよう。ご自愛くださいませ」

クローディアが礼を言うと、次々とそんな声が返ってくる。

「はい。みなさんもお身体にはお気をつけて」

生徒たちを見送ったあと、ふとクローディアは思う。

普段大口を叩いている割には、随分と不甲斐ないことだ、と。

「…………」

こんな有様で、自分は本当に当主として本当に相応しいのだろうか。

足を止めず、進み続けて行けるのか。そんな不安ばかりが、募っていた。

最近は考えがまとまってきたおかげか、十分な睡眠がとれるようになった。

頭がすっきりしていると、気分もいい。

不眠がある程度解消されたおかげか、ノアやカズィから「またおかしなことを言っている」などと不名誉なことを言われなくなった。確かにそんなことを言った覚えもあったが、あまり考えないようにしている。考え始めるとドツボにハマる恐れがあったからだ。

気分よく魔法院の回廊を歩いていると、ふと見覚えのある金髪シニヨンヘアーが見えた。

「うげ……」

それは、まったく美少女を見たときの声ではない。

視線の先にいたのはクローディアだ。小さな庭にある石のスツールに腰掛けている。

珍しく、取り巻きも連れずに一人。見つかると面倒なことになりそうだなと思いつつも、どうしたのかと遠間から顔色を窺う。

クローディアは浮かない顔をしており、しきりにため息を吐いている様子。

どこか元気がない。そういえば先日の決闘も上の空な部分があり、身が入っていなかったように記憶している。

ふいに、クローディアがこちらに気付いた。

その悩ましげな表情が、徐々に徐々に険しくなる。

――なに見ているのですか。

そんなことを言われたような気がしたので、観念して彼女の前に出た。

「アークス・レイセフト……」

「クローディア様、ごきげん麗しゅうございます……いえ、ごきげんは全然よくなさそうですけど」

「そんなことありませんわ。わたくしはいつも通り、優雅で明朗快活でしてよ」

そうは言うが、露骨に肩を落としているうえ、形容詞の盛り込み方がやけに過剰だ。

強がりを言っていることは間違いないだろう。

「…………」

「…………」

そのせいか間が持たず、しばし無言の時間が流れる。

やけに居づらい。そんな風に思って早々に退散してしまおうかなと思った折のこと。

クローディアが座ったままこちらを見上げ、名案でも思い付いたような表情を見せた。

「そうですわ。アークス・レイセフト。あなた、少し相談に乗ってくださいまし」

「……は? 俺がですか? 決闘に関する相談は受け付けませんよ?」

「そ! そんなことするわけないでしょう! 決闘の相手に手の内を聞くなど、武門の恥ですわ!」

「はい。知ってます」

立ち上がって叫ぶクローディアにそう返すと、彼女はまた座り込んで半眼を向けてくる。

「……あなた、上級貴族であるわたくしに対して遠慮がなくなっていませんか?」

「あれだけ決闘だなんだと無茶苦茶しかけられれば、こうなっても無理ないでしょう?」

至極当然だ。忙しいのに決闘は仕掛けられるわ、決闘ではなんだかんだお互い含みのある物言いの応酬をするわなのだ。こうして普通の会話が砕けていくのも無理からぬことである。

それはともあれ。

「でも、どうして俺なんかに相談を? クローディア様なら他に相談しやすい相手が沢山いるでしょう?」

「周りの者に相談するのは避けたい話だからです。それにその、あなたならいろいろと失敗の数も多いでしょうし」

「え、なんかひどい言い草」

「いえ、別にあなたを貶めているわけではありません。成功の裏には数多くの失敗があります。あなたは魔力が少ないながらも、戦場で活躍し、こうして魔法院にも合格できた。つまりは困難を何度も乗り越えているということではなくて?」

「……言いたいことがわかりますが、なんか回りくどい言い回しですね。嫌みに受け取られてもしかたないですよ?」

「だまらっしゃい」

「でもそれ、俺が成功続きの人間だったらどうするんです?」

「ありえませんわね。それがあるとすれば、セイラン殿下でしょう」

クローディアはきっぱりと言い切る。セイランに対する信頼度が随分と高い。彼女もセイランに面会したことがあるからなのだろうが――つまりそれだけ、王家のイメージ戦略がしっかりしているということだろう。確かにセイランには利発で物事をそつなくこなすというイメージが付いている。

もちろん、魔法がかかわるとちょっとポンの者になってしまうという部分も大きいが。

「それで?」

クローディアが返答を迫る。

用意した答えは不敬になるだろうが、しかし、言わねばなるまい。

「一時は魔法院から追い出そうとしておいて、少し虫が良すぎるのでは?」

「それに関しては解決したと認識していますが?」

「悪びれないところとか、ある意味すごいですね。さすが上級貴族」

「けなしていますね?」

「そんなことはありません。心よりの称賛を送りました。それに、まだ決闘とかするんでしょう?」

「ええ、もちろんそのつもりですわ。まだわたくしが勝ち越してはいませんので」

「は? え? まさか勝ち越すまで延々やるつもりなんですかあれ!?」

「当然です! 次期サイファイス家の当主として、勝負に負けたままなど許されませんわ!」

「……じゃあ相談に乗るんで、その代わりもう決闘をしないって約束してください」

「う……それは卑怯ではなくて!?」

「それ断れない決闘を持ち掛ける方が言うセリフですか!」

無茶を言ってくるクローディアと、ぎゃあぎゃあ叫び合う。

クローディアとの決闘は有意義な部分もあるが、勲章という名誉が胸にある以上はこちらも負け越しは許されない。現状、研究などもあって決闘に割く 時間(リソース) はほとんどないのだ。

むしろこの条件はどうしても呑ませたい。

吞ませられる弱みがあるなら是非とも付け込みたいくらいだ。

一方のクローディアは背に腹は代えられないのか。卑怯とは言うものの受け入れられないとは言わない。

少しの逡巡のあと、クローディアは決断したのか、一度大きく息を吐いて答えた。

「……わかりましたわ。その条件を飲みましょう」

「別の口実で決闘仕掛けてくるとかもなしですよ?」

そう言うと、クローディアの顔が一瞬、苦いものになった。ということは、そんな 狡(こす) いことを考えていたのだろう。本当に油断ならないことだ。

……というわけで、たまり場でクローディアの人生相談となった。

たまり場の扉を開けると、涼しい風が流れてくる。

「この部屋、やけに涼しいですわね」

「あれがあるからですよ」

「……あれは確か『えあこん』では? 魔導師ギルドで作られた最新の刻印具でしょう。どうしてここにあのようなものが?」

「あ、これ、公爵家のお嬢様のゴリ押しです」

「なるほど。スウシーア様ならやりかねませんわ」

適当なことを言ったが、クローディアはそれで納得したらしい。

というかそれで通じるのか。そもそも他の上級貴族たちのスウに対する認識は、一体どうなっているのだろうか。本当によくわからない。

クローディアがエアコンもどきを感心した様子で見上げる。

「まさかこの程度の設備で室内の空気をこれほど冷やせるとは思いもよりませんでした」

「刻印は意外と融通が利きませんからね。夏場単純に室内を冷やそうとするなんて、簡単にはできません」

「あら? 刻印に関しても詳しくて?」

「ええ、まあ」

返事は適当に濁しておく。

そんな中、先にいたたまり場の住人が挨拶をする。

「こんにちはアークスくん。使わせてもらっているわ」

「シャーロット……様。どうぞ俺にお構いなくおくつろぎください」

「あら、今日はいつものように呼んでくれないの?」

「その……いまはちょっとですね」

言いにくそうに困窮しつつ、クローディアの方を向く。

一応部外者であるため、言葉遣いには気を付けなければならない。

シャーロットが椅子から立ち上がってクローディアに挨拶をする。

「これはクローディア様。ご機嫌麗しゅう存じます。まさかここにクローディア様がお見えになるとは思いもよりませんでした」

「ええ、招待を受けましたから。あと、アークス・レイセフト、私は普段通りの話し方で構いませんわ」

「はい。では、そのように」

そんなやり取りのあと、シャーロットが訊いてくる。

「招待って、一体どうしたの?」

「えっと……人生相談したいって言われて、それでさ」

「アークスくん。なんていうか最近ご苦労なことばかりしてるわね」

「ああ……ほんとなんでこんなことになってんだろうな……」

「やることが終わったら、少しお休みを取ったら?」

「そうするよ」

「なら、今度リーシャも誘って遊びに行かない? おじさまの方は私がなんとかするから」

「それもいいですね。みんなで王都めぐりとか、いいですね」

シャーロットとそんな話をしながら、クローディアを席に案内する。

そして、対面に座って訊ねた。

「それで、相談に乗って欲しいこととは?」

「最近つまらない失敗ばかりしていまして。それをなくすにはどうすればいいかと思いまして」

「はい……?」

相談と言うからもっと深刻な話なのかと思ったが、まさかの話。

告げられたのは、そんな些細な悩みだった。

「……なんですその顔は?」

「いえ、なんか意外だなって思いまして。まさか誰でも悩むようなことを、クローディア様から相談として持ち掛けられるとは思いもよらずで……」

「わたくしには十分、大きな悩みですわ。わたくしは跡取りという立場上、小さな失敗でも大きく響きます」

確かに、立場も高くなればあげつらわれる対象となるだろう。

クローディアももともと完璧を求める気質だからというのもあるのだろうが。

「具体的にはどんなミス……失敗を?」

「仕事で小さな間違いをしてしまったり、気を抜いていたのか忘れてしまっていたり……でしょうか」

「ええっと、要するにそれはキャパオーバー……やることが多すぎて間に合っていないだけなのではないですか? もっと周りの人間に仕事を振り分けて、自分の仕事を削ればいいだけだと思いますよ」

「それは……あまりしたくありませんわ。次期当主として楽をするなどあってはなりません」

「周りからの期待に応えたい、と?」

「ありていに言えばそうでしょう。あなたもそういった考えは、あるのではなくて?」

「いやいや、そこは俺に聞かれても」

「……そうですわね。謝罪いたしますわ」

クローディアはすぐに廃嫡されていることを思い出したのか。素直に謝罪する。

こんなことに気が回らないということは、相当参っているのだろう。

「その辺り俺は廃嫡されてるのでお気楽にできますし。シャーロットは?」

「私はお兄様が二人もいるから。そう言った重圧はないわね。こういった相談はスウシーア様やリーシャの方が適任かもしれないわ」

スウもアルグシア家の人間として働いているようだし、リーシャはレイセフト家の次期当主だ。シャーロットの言う通り、こういった話は彼女たちに聞くのがいいように思える。

ふいに、シャーロットが心配そうな表情を見せる。

「特に、リーシャの方が、その……」

「……正直そこは、俺のせいでいらない心労を掛けてるんじゃないかってのは考えてた」

「そうね。戦場での活躍に勲章、魔法院を首席で合格。おじさまは優しく接しているけれど、リーシャがどう考えているかは別ね。だけど、もとはと言えばおじさまが悪いのだし」

「そうだよな! あのクソ親父が悪いよな! 全部あいつのせいだ! ハゲて死ね!」

「え、ええ……」

ちょっとエキサイトし過ぎた。シャーロットはその変貌ぶりに気圧されている。

気を取り直して、クローディアの相談に戻る。

「クローディア様は気を張り過ぎなんです。人間なんでもかんでもできないんですし、もう少し自分の容量にあった仕事量にすればいいのではないでしょう?」

「だからわたくしも人を使っているのです」

「でも、全部の責任はクローディア様に行くのでしょう?」

「当然です。わたくしはサイファイス家の次期当主なのですから」

「そこですね。クローディア様は真面目過ぎるんです。魔法院では基本的に身分やら、生徒であることを言い訳にして面倒臭い仕事はしなきゃいいんですよ」

「そ、そんなこと! 次期当主としてあるまじきことですわ!」

「それでクローディア様が潰れたらどうするんです? そんなことになったら結局どうにもならないのでは?」

「……どこかで聞いたことを言いますわね」

「もう言われてるんじゃないですか。ならその通りにすればいいんですよ」

さすがにそこは呆れてしまう。助言をくれる相手がいるのなら、悩む必要はないだろうに。

「クローディア様。少しは誰かに嫌われたり、失望されたりしてもいいのではないですか?」

「……私が他人の評価を恐れていると?」

「事実、そうだと思いますが」

少し、視線をぶつけ合ったあと、こちらから気を抜く。

「ちょっとわがままで不真面目な公爵令嬢でもいいじゃないですか。あえてそうすることによって、自分に余裕を作るんです。優れた自分を見せ続ける相手と、不真面目に見せてもいい相手を、意図的に決めておけばいい。スウなんかそんな感じですよ? その辺、うまくやってる」

「わたくしからはいつも完璧に見えますが」

「えぇ……」

評価の齟齬に困惑が隠せない。

だが、クローディアがそう言うということは、やはりスウは手の抜きどころをうまくやっているということなのだろう。

しかし、本当にスウはどういう認識をされているのかまったくもってわけわからん。

「要はクローディア様が優れていると思っている人間が多ければいいのですから、そんなに難しいことではないのでは?」

「姑息ですわね」

「いいじゃないですか。スウだってここにくれば力を抜いてだらんとしてますし」

そんな話をしながら、冷蔵庫もどきから、紅茶のポットを取り出す。

そして、アイスティーをグラスに注ぎ、シャーロットとクローディアに供する。

「あら、紅茶を冷やしたのですか?」

「はい。これも別の面が見えていいですよ」

「私のお気に入りです。スウシーア様は麦茶の方がいいようですが」

クローディアはグラスに口を付けると、思いもよらないものを見つけたというように、驚いた顔を見せる。

「冷えた紅茶というのも、なかなかいいものですね」

「ありがとうございます」

そんなやり取りを挟んだ折。

ふと、クローディアが安んじたような息を吐く。

「……ここは、どう表現していいかわかりませんが、気分が落ち着きますわね。快適だからというのもありますが、どことなく気の抜ける空間というか……」

「スウがそういう風に作った場所ですから」

抜け目のない彼女のことだ。おそらくは自分が魔法院に通い始めたのを機に、避難場所を作ることを考えたのだろう。いつでも元気いっぱいに見えても、家の仕事が沢山あるらしい。

「手の抜きどころを考える…………それもいいのかもしれませんわね」

「ええ。まずは自分のことが大事です。みんなそうしているんですから、クローディア様がやってはいけない道理はありません」

「では、具体的にどうすればよいのですか?」

「…………?」

「…………?」

シャーロットと二人、首を傾げる。

「……どうしてそんな顔をするのですか」

「いえ、だから手を抜けばいいというだけで、どうすればいいかと聞かれてもですね」

「ですから具体的にはどうすればいいのかと聞いているのです」

そこからなのか。これは、休みをすべてサボりと考えるタイプの人間だ。

「……そうですね。まず、優先順位の高い仕事と低い仕事を、整理しましょう。高い仕事を優先的にして、低い仕事を後回しにする。みんな真面目に全部やらない。あと、休憩も仕事と考えてください。手ごわい仕事を全力でこなすための準備をしていると考えましょう」

「ふむ……なるほど」

「あとは身近な人間に相談相手を作るというのもいいかもしれません」

「身近と言われても……」

「クローディア様のおじいさまがよろしいのでは?」

「なっ!? おじいさまに!」

「はい」

頷くと、クローディアは取り乱したように拒絶する。

「いいえ! それだけはできませんわ! おじいさまに失望されてしまいます!」

「相談するだけで失望されるわけないでしょう。ほら、あれです。家族に甘えるっていう感じでいけばいいんですよ」

「甘えるなんて、そんなことを……」

「甘えられる家族がいるっていいことだと思いますけどねー」

うらやましい。わざとそんな視線を向けると、クローディアはバツが悪そうな。

「う……考えておきますわ」

「ええ。いいと思いますよ? 仲が悪いのでなければですが」

「何を失礼なことを! おじいさまはいつもわたくしのことを気にかけてくれますわ!」

「ならいいでしょう。ときどき一緒に帰ったり、仕事の合間に会いに行ったりすればいいんです」

そう言った折、クローディアが再び怒り出しそうになったが、なぜかそれは頂点まではいかなかった。

「…………それも、いいかもしれませんわね。最近は忙しくて話もろくにしていませんでしたし」

……なんとういうか、精神的に疲れているせいで、感情を表に出し続けられないようになっているらしい。これはかなりマズいかもしれない。

「あと、もう一つ、よろしいかしら」

「なんでしょう?」

「アークス・レイセフト。あなたはどうしてそこまで頑張れたのですか?」

「どうして、とは?」

「あなたはこれまで魔力のことで多くの苦労をしたでしょう。立ち向かわず、投げ出すこともできたのでは?」

確かにそうだ。それは、いつかスウに言われたことでもある。

投げ出さなかった理由はいくつもあるが、後押しになった大きなものがある。

特に黒豹騎に襲われたときは、それが大きな力となった。

「……周りの人たちがいたからですかね。これまで、みんなが応援して、手助けしてくれましたから。その人たちの顔を思い浮かべると、なんとなくですけど力が湧いてくるんですよ」

「周りの人間、ですか」

「クローディア様にも、いるのではないですか?」

「そう……そう、ですわね。わたくしにも、いますわ」

クローディアはそう言って、静かに俯く。

彼女にも、きちんと、そう言った人間がいるのだろう。いまは彼女を押し上げようとしてくれる仲間のことを、一人一人思い浮かべているのかもしれない。

しばらく、セミの声を聞いていたあと。

「……たまにここに来てもよろしくて?」

「条件があります」

「また条件ですか――まさかいかがわしいことを求める気では!?」

「ちょっ、人聞きの悪いことを言わないでください!」

ふと隣を見ると、シャーロットがとびきりの笑顔を見せていた。

「アークスくん? そういうのはいけないと思うのだけれど?」

「違う違う! そんなつもりは一切ない! ないから! 圧かけてこないで!」

やけに怖い笑顔を見せるシャーロットに、そう叫び声を上げてから……咳ばらいを一つ。

気を取り直して、クローディアに条件を提示する。

「……今後はもう決闘をやめることと、スウと鉢合わせたときにケンカしないこと」

「決闘はやけに念を押しますね……まあ相談に乗る条件でしたし、いいでしょう。スウシーア様との話は承諾できませんわ」

「いや、それが一番重要なんですけど」

「あなたはこの前のときのことを言っているのですわね? あんなものじゃれ合っているようなものですわ。お互い貴族の前に出るときに予行練習をしているようなものです。スウシーア様もそんなことをおっしゃったのではなくて?」

「それは、まあ、確かに」

「そうでしょう」

「うーん、貴族ってわかんねえ……」

気にしていないのかなんなのか。よくわからない。

ともあれ、これでクローディアもこの部屋の住人になることが決定したのだった。