軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百二十四話 初登院と試験の順位

アークスは鏡に映した自分の顔に向かって、独り言をぶつぶつと呟いていた。

「前よりは幾分……幾分はよくなったかなぁ……でもなぁ、やっぱりまだ女の子に見えなくもないというか」

そんなことを言いながら、ほっぺをぐにぐに。

年齢は十三になり、女の子に見間違われるほどの女顔は、多少なり凛々しさを帯びてきたという程度にはマシになった。

このままいけば、少なくとも、『可愛い』という評価からは脱却できるのではないかというところまでいけるかもしれない。そんな希望を抱けるくらいには良くなったように思う。

それが『可愛い』から『綺麗』に変わるだけなら、まったくもって意味はないのだが。

それでも、まだまだ遠目からでは、女の子と勘違いしてしまう者もいるほどだ。

それに関しては、髪を伸ばしてみたのがいけなかったらしい。

伸ばせば多少なり印象が変わるかと思いチャレンジしてみたのだが、ただただ女の子っぷりが上がってしまうだけというほど。多分に予想できたことではあるが、やはり実物を見ないとわからないと思うのは人情だろう。ロングヘアでも男らしい男は沢山いるのだ。

外ハネした毛先をくるくると弄って、ため息を吐く。

思い浮かんだのは、髪を伸ばしてしばらく経ったころの周囲の者たちの言葉だ。

「アークスさまは自ら可愛い方に向かっているように思うのですが」

「そんなことはない。これは俺なりに努力した結果だ」

「私は好きだけどなー。可愛いの、いいと思うよ?」

「よくない。全然よくない。というか髪先をいじるなって」

「嫌ならバッサリ切ればいいじゃねぇか。その方が楽だぜ? キヒヒッ」

「そうなんだけどさ。そうなんだけど」

「兄様。我慢するしかないのではありませんか? いまジタバタしても、余計おかしくなるだけのような気がします」

「うーん。リーシャの言う通りかもなぁ……」

「そうね。当分その長さにしてみたらどうかしら? まだまだ成長途中だし、そのうち落ち着くかもしれないし」

「いや、それならもういっそのこと丸刈りにでも……」

みんなの前でそんなことを言ったのだが。

「それはダメだよ!」

「ダメです! いけません!」

「絶対ダメよ! 許されないわ!」

女性陣からは完全否定される始末である。

丸刈りならば否が応でも男っぽく見えるのではないかと思ったのだが、「そんなことをしたら許さない」だの「絶対余計おかしくなる」だの「兄さま。それはダメダメです」だの抗議の声に晒されて、結局第二案は断念。そのまま女性陣に押し切られるような形で、当分この髪型のままにするということになった。

いまのところ切らずに、型を変えるだけにとどめて誤魔化している。

だが、あまりにもダメそうだったら、カズィの言う通りバッサリ切ってしまうべきだろう。

髪問題はまあなんとかなるのだが、問題は体つきの方だ。鍛えているのに筋肉はあまり付かず、肩は撫肩。男らしい体付きとは全く無縁といった有様なのだ。もうすでに体格にも特徴がきておかしくないのだが。背にしか影響がないのはほんとどうにかして欲しい。

だからと言って躍起になって鍛えても、運動能力が向上するだけで見た目は全く追いつかない。

あの男に引っ張られるのなら、普通に男子的な体形になるはずだが、顔も体つきもいまいち男らしくなってくれない。

一体何が自分を女の方に引っ張ろうとしているのか。まったく困ったものである。

左腕の方も、経過はかなりいい。元の状態に戻るまで、もう少しと言ったところだ。

(問題なさそうで、本当によかった)

一時はどうなるかと不安だったが、いまは日常生活に使える程度までには回復している。

これも、腕を見てくれる魔導医や、効果の大きい魔法をかけてくれるスウのおかげだ。

あとはこのまま、何の違和感も残さず治ってくれることを祈るのみである。

ともあれ魔法院への入学だが、そちらは大方の予想通り問題なく入学できた。

「順当な結果でしょう」

「ま、当然だろうな」

「むしろ落ちたら説教だぞ? そんなことはあり得ないがよ」

とは、従者たちorクレイブの言葉。これまで魔法の勉強や練習を見ていてもらっていたため、入学に関しては疑いもしていなかったようだ。

一応、魔法院は「院」と呼ばれているため、初登校ならぬ初登院ということになるのか。

制服については、あらかじめサイズの情報は送っておいたので、大きさに関しては問題なし。

送られてきた白い制服に袖を通し。

ソックスとガーダーを付けて、落ち着いたカラーの革靴を着用。

護身用に帯剣が認められているため、腰にはいつも使っている剣を一振り。

勲章については、制服に付けるまでもないだろうと考え見送った。

その他の準備も整え、魔導師ギルドのある街区へと向う。

初登院の日であるためか、ギルドの周辺はいつもよりも騒がしかった。

あの男の世界の入学式よろしく、家族でお祝いというのも多いのだろう。

しかも、そういうことをするのは貴族の家であるため、大掛かりもあの男の世界の比ではない。家族総出なら可愛いものだ。一族のほとんどが顔を出しているようなところもある。

人出もそうだが、停留している馬車も多い。

いまも目の前で馬車が止まり、制服を着た少年が降りてきた。

送り迎えで馬車を使うということは、間違いなく公候伯以上の上級貴族の子弟だろう。

生徒らしき少年の脇には従者まで控えており、教育の手厚さが窺える。

そんな折、ふとレイセフト家のことも思い出した。

(あの二人がいるかもしれないな。気を付けよう)

レイセフト家は質実剛健を旨とするお家であり、ジョシュアもあの性格だ。

リーシャの合格で浮かれて家族でニコニコ初登院は絶対にあり得ないことだと思うが、一応、念のため、警戒するにこしたことはない。

八方睨みをしながら、エントランスまでの行き道を歩いていた折。

「え? もしかして男装?」

「いや、あれ男じゃないか?」

「あーん。かわいいー」

「くっ、こんな可愛い子が(以下定型文)……」

「罠だ! 罠!」

周囲から、同じく初登院の生徒たちの声が聞こえてくる。

(うぅ……聞こえない、聞こえない)

周りを飛び交う黄色い声に頭を痛めつつ耳をふさぎ、エントランスを進んでいると、やがて人だかりが見えてくる。

どうやら新入生たちが揃って、何かを見ているようだ。

「おい、一番上の名前ってもしかして、レイセフト家のあの?」

「だって、長男って無能だって話だろ? 一体どうしてこんな順位に……」

「筆記なんて満点だぜ……? 最後は紀言書の記述関連だったのにどうしてこんな点数出せるんだよ」

聞こえてきたのは「レイセフト家」や「無能」「長男」という言葉だ。

先ほどの生徒たちのように、自分の姿を見てそんな話をしているのか。

確かに、国内で銀髪赤眼はレイセフト家だけであるため、特定するのはそう難しくないだろう。

だが、どの生徒も、自分のことを見ているわけではなかった。

声を上げている生徒は、掲示板の前に群がっている者たちだけらしい。

それを見て、あそこに入学試験の結果を張り出しているのだろうと思い至る。

他の生徒たちの間を縫って前に出ると、やはり掲示板には順位が書き起こされた用紙が張り出されていた。

すべての受験生の順位が出されるわけではなく、上位者のものだけらしい。

ということは、自分も試験でそこそこいい成績を叩き出したのかもしれない。

主席……アークス・レイセフト。

次席……ケイン・ラズラエル。

…………

…………

…………

……リーシャ・レイセフト

「お、主席だ」

掲示された用紙には、一番上に自分の名前があり、主席とされていた。

点数に関してだが、筆記は文句なしの満点。実技の方の正確な実数はわからないが、こちらもそこそこ良い点数をもらえたらしい。

課題として出された魔法を文句なしに成功させたため、点数が悪くないわけがないのだが。

他の生徒たちも掲示板を見始めたのか、ざわめきが徐々に伝播していく。

「ど、どういうことだ!?」

「どうして主席なんだ? レイセフトの長男って無能って話なんじゃないのかよ?」

よく聞く言葉だ。論功式典でも、集まっていた貴族たちがそんな風に騒いでいたのを思い出す。

やはり他の生徒たちは混乱しているらしい。

何か細工でもしたのか。

コネでも使ったのか。

不正なんじゃないのか。

そんな声がしばしば上がるが、しかし、その一方でそれを否定する声も聞こえてくる。

「いくらなんでも細工なんてできるわけないだろ」

「むしろ廃嫡されてるのにコネなんてあるわけない」

「試験も不正なんてできるような感じじゃなかったぜ?」

まったくもってその通りだ。

試験で不正はできないし、合格のためのコネなんてものも持っていない。

実際は、伯父が国定魔導師であるため、コネ自体はあるのだが、当り前だが使うわけがない。

「それに、実技がダメならケイン・ラズラエルが主席になるはずだろ?」

「そうだよなー。ケインが主席になるよなー」

ケイン・ラズラエル。掲示板に張り出されていた次席の名前だ。確か以前、魔力計の発表パーティーのときにもその姿を見ている。南部ラズラエル家の嫡男で、勇者や勇傑の再来とまで噂される人物だったはずだ。

新入生で知っている者が多いということは、かなり名前が浸透しているのだろう。

喧騒が大きくなり始め、居心地が悪くなってきたころ。

ふと、背後から声がかかった。

「おい、そこの貴様。貴様がアークス・レイセフトか?」

「うん? ああ、そうだけど」

振り向くと、そこには一人の少年が立っていた。同じ白の制服を着ているのは当たり前として、金髪碧眼色白と、王国民のスタンダードな特徴を持っており、背は自分よりも高い。

自信や自負が強いのか、胸を張りだすような堂々とした佇まい。

腰には身幅の広い大ぶりの剣を差し。

仕立てのいい靴が良く目立つ。

いまは眉間にはシワを寄せており、先ほどの突っかかってくるような発言からも、憤慨していることが窺える。

「この結果は一体どういうことだ!? なぜ貴様が主席で合格している!?」

「どういうこともなにも、そのままだよ。試験で良い点取ったから、主席なんだろ?」

「そんなわけがないだろう! 貴様は無能ともっぱらの評判で、由緒ある子爵家も廃嫡されているじゃないか! そんな者が難しいと言われる魔法院の入学試験に合格できるはずがないだろう!?」

「いや、そんな噂を鵜呑みにするなよ。結果がすべて物語ってると思うけど?」

「ではどうして廃嫡されたのだ!? 無能でなければ廃嫡などされるわけがないだろうが!?」

「だよな。俺もほんとそう思うよ。でも現実にはこうして、廃嫡なんてことが起きたんだよ」

「誤魔化さないできちんと答えろ! 胡乱なことを言って俺を煙に巻くつもりか!?」

少年の興奮度合いはもともと高かったが、そのエキサイトぶりがさらに激しくなる。

「ちょっと落ち着いてくれ。落ち着いて考えてみてくれ。むしろ俺はどうやって試験でズルをしたんだよ。親のコネは使えないし、監督してた講師に金でも握らせるとか? それはさすがに苦しくないか?」

説明しつつ宥めにかかると、突っかかってきた少年は興奮を抑えてくれたのか。

「う……そ、それもそうだな」

そう言って、少年は「うん? うん?」と不思議そうに首を傾げ始める。

どうやら、きちんと考えを巡らせようとしてくれているらしい。

というか、普通に状況を把握する頭があれば、おかしいということに気付けるはずなのだ。

本当に落ちこぼれならば、試験で不正を働かなければ良い点数は取れない。

しかし、試験では不正を働ける環境ではなかった。

なら、実力で点数を勝ち取ったことになる。

そんな風に、自動的に方程式が組まれるのが当然なのだ。

まあ、そのせいで、彼のように混乱してしまうのだろうが。

そもそもこんな面倒くさい言いがかりを付けられるのも全部、話をややこしくしたあのクソ親父のせいなのだ。あの男決して許されない。

タメ口を使うのはさすがにここまでにして。

襟を正して、少年に訊ねる。

「ちなみにお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「俺の名前はオーレル・マークだ」

(マーク、マーク……マーク伯爵家のか。ああ、試験結果で八位につけてる)

彼の名前も、掲示板に張り出されていた。順位は十位以内という有望株の新入生。

「オーレル様ですね。私に訊くよりも、講師の方にお訊ねになられた方が確実でしょう。実技の方も、監督をされていたのは国定魔導師のカシーム・ラウリー閣下ですので、閣下にお訊ねになられた方がより正確かと存じます」

その説明で、オーレルはかなり冷静になったらしい。

「……そうだな。国定魔導師様が不正を許すとは考えにくい。あの噂は間違いだったのだろう」

「ご理解いただけて幸いです」

「ああ。俺も試験の結果を見て熱くなっていたようだ。おかしな言いがかりをつけてすまなかったな。謝罪する」

軽く頭を下げたオーレルに、こちらも軽く頭を下げ返す。

まともであれば、こうしてきちんと謝ってくれるのだ。話が分かる人間というのは本当に素晴らしい。そもそも普通は話の分からない人間の方が少ないのだから、こうなるのが当然なのだが。

オーレルとの話を聞いて、周りからも声が上がる。

「だよなぁ。普通に考えても妙だよなぁ」

「じゃああの噂はウソってことか? 当主はなんでまたそんなことを?」

「ホントかウソかはそのうちわかるだろ。不正だったらボロが出るだろうし」

聞こえてくる声からも、それなりに納得しているということが窺える。

結果論にはなるが、オーレル何某のおかげでエントランスの騒ぎは収まったと言えるだろう。

彼がエントランスを去った折、それを見計らったようにして、また一人の少年が現れた。

白い制服を着た、茶髪の少年だ。

ちょっと余った後ろ髪を、ちょこんと小さく結んでおり。

耳に小さなピアスを付けて、さりげなくおめかし。

二重まぶたで目はぱっちりと開いていて、柔らかい雰囲気を醸している。

その顔に浮かぶのは、誰に握手を求めても素直に受け入れられるような温かい笑顔。

この風貌には、見覚えがあった。

「――君がアークス・レイセフトかな?」

「ああ。そうだけど」

「そうか。僕の名前は」

「ケイン・ラズラエル、だったよな」

そう、いま自身ににこやかに話しかけてきたのは、ラズラエル家の長子、ケイン・ラズラエルだった。

こちらが名前を言い当てると、ケインは面食らったような表情を見せる。

「……君と会うのは初めてだったはずだけど?」

「挨拶するのはそうだ。前にあった発表パーティーで見かけてさ。顔を覚えてたんだよ」

「そうか。君もあの会に来ていたのか」

発表パーティー。その言葉を出すと、ケインはどこか納得したように頷く。

あの会に出席できる人間は、たとえ貴族の子弟でもそう多くはなかった。

それゆえ、何かしらを読み取ったのだろう。

ケインが掲示板の方を見る。

「試験の主席が君だったそうだね。まさか筆記で満点を取れる人がいるなんて思わなかった。満点は君以外いなかったそうだよ」

「筆記の満点だけなら結構いそうだと思うんだけどな」

「……! なるほど、君にとってはそれくらい簡単だったってことだね」

「え? いや、まあ……」

「そうか。うん。そうなんだね」

こちらのなんの気ない発言を、ケインはなにか別の方向に解釈してしまったらしい。

彼の視線に興味深げな色が浮かび上がる。

「君とはこれからよく話すことになるかもしれないね。よろしく」

「あ、ああ、よろしく」

握手のために差し出された手を握り返し、一度その場は別れたのだった。