軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百六話 剣の攻防

――廃嫡された者がいまさらお嬢様と現れるなど一体どういう了見だ。

――道場生として入ってくるならまだしも、客人として招かれるなど。

――誘われたなら辞するのが筋だろう。

――無能と呼ばれる者などお嬢様には相応しくない。

――ここが細剣術の道場であるということを、身を以てわからせてやる。

取り囲んできた若手の面々が、口々に文句を言い始める。

基本的には道場生の矜持がかかわるものだが、少々嫉妬のようなものまで混じっているようにも見受けられた。

なるほど。要するに「ちょっと身の程をわからせてやろう」程度の意識なのだろう。

彼らにとっては、もと婚約者が場を弁えない行動を取る可能性もある、というようなことも想像もできる。

そのため、道場生の力量を見せつけつつ、まずは頭を押さえておこうと考えたわけだ。

もちろん気に入らない相手に己の腕前を誇示するというあまりよろしくない感情もあるようだが。

ともあれ、ことは剣道場で起きたもの。多少のことなら、すべて稽古の一環ということで、他の道場生と口裏を合わせれば、どうとでもなる。

打ち負かしたあとは、「稽古をつけてもらった」「思っていた以上に弱かった」などと言って、シャーロットに謝ってしまえばいい。

「前に出ろ。始めるぞ」

先ほど、上から物を言い放って来た青年が、指示を飛ばす。

剣道場でまず対峙したのは、少し年若い道場生だった。

と言っても、自分よりも年上で、背も自分よりも高いのだが。

他の道場生たちと同じく練習着に身を包み、籠手と革製の胸当てを着用。右肩にも防具を付けている。

手には細剣に見立てた木剣を持つ一方で、小盾やサブの短剣はなし。

青年の指示でこうして前に出て来たということは、いまこの場にいる若年の中では、先ほどの青年がリーダー格なのだろう。

ふと回りを見れば、道場生が増えていた。

別棟にいた者たちも訪れたのか。

輪に加わっていない女子の道場生たちが幾人か見物に回っている。

そんな中、ふいに上がる「かわいー」の声。おそらくは自分に向けられたものだろう。

そういうのはほんと剣で打ち据えられるよりも傷つくからやめて欲しい。

リーダー格の青年が一睨みを利かせたのか。彼がそちらを向くと、静かになった。

ともあれ、いまは目の前の道場生だ。

向き合っただけで、敵愾心と苛立ちが伝わってきた。

正直に言って、悪い気が溜まりすぎている。

これでは挑発や虚実を交えずとも、剣先がわかるというもの。

道場生は右足を前に出し、切っ先を相手に突きつける細剣術の構えを取る。

その構え方も、自分にとっては見慣れたものだ。

細剣術自体はクレイブやノアにしつこく教えてもらっているため、一番相手にしていると言っていい。

それに加えて、自分には男の人生を追って覚えた剣もある。

この道場でも、戦える素地は十分あると言えるだろう。

むしろ現在進行形でノアというヤバい剣士にマンツーマンで相手をしてもらっているため、よほどの相手でないかぎりは負けないし負けるわけにはいかない。

靴履きのため、床を踏むと、木板が軋む音がぎぃ、ぎぃと鳴る。

対するこちらの構えは、正眼とした。

胴体を横に傾けて打突の有効面積を少なくするという、片手持ちの構えもあるが、あまり慣れていないし、短い方が具合が良い。

……相手の視線は自身の胸にばかり集中している。

これだけ悪い気が溜まっている以上は、視野も随分狭くなっていることだろう。

やがてリーダー格の青年が「始め」の声を発する。

「シ――」

同時に、若い道場生が間合いを詰めて突きを放った。

こちらは切っ先の向かう場所も、間合いさえも正確に捉えているため、当たることはない。

左足を下げ、身体を横向きに開いてかわす。

若い道場生は剣を引き戻してすぐに次の突きを繰り出す。

それにこちらは右足を引いて身体を右向きにして回避。

そしてすぐにすり足で横に逸れ、後ろに追い詰められないよう気をかける。

剣技においては間合い――彼我との距離感を見積もることが、最も重要である。

相手がいくら早かろうと。

相手がいくら大きかろうと。

相手がいくら長い得物を持っていようと。

相手を斬るには、まずは間合いに踏み込むことが重要なのだから。

相手の得物の長さ、腕の長さ、脚の長さを正しく把握し、切っ先を届かせるにはどの程度の距離が必要なのかを算出する。

あとは、その踏み込みの距離を直前でズラしてしまえばいい。切っ先は届かなくなる。

それが突きならば、伸びきったところではたき落とせばいい。

上からはたき込むような一撃を繰り出してくるならば、払うのも手だ。

やりようは、いくらでもある。

(ストレート……フェイント……ストレート、マルシェ、マルシェ……)

まずは受けに徹し、技の流れを観察する。

若い道場生は前進を織り交ぜつつ、何度も突いて来るのだが――

(――あれ?)

ふとした瞬間だった。

相手の突き込みが、急激に遅くなった。

それはさながら、水の中で剣を振っているかのような錯覚だ。

動きが細部まで事細かに見えてしまうほどに、遅々としてゆったりとしている。

これはまるで、デュッセイアや黒豹騎と戦ったときのようではないか。

あのときも、周囲の動きが遅く感じられ、反対に自分の動きはそのままという妙な感覚を味わったのではなかったか。

その感覚があまりにも不思議だったので、一度折を見て離脱する。

「な!? 早い!?」

「え……いや」

道場生が発した驚きの声に、自分も驚く。

いまのは軽くひと跳ねして、少しばかり距離を取っただけだ。

かんなれさえ用いていなかった。

にもかかわらず、この瞠目ぶりである。

リーダー格の青年が、若い道場生に対して声を張り上げる

「何をしている!」

「だって、こいつがちょこまかと動くからで……」

「お前はそれでもこの道場の剣士か! 真面目にやれ!」

「す、すぐ倒してみせます!」

若い道場生は青年の怒鳴り声に萎縮して、さらに緊張を強いられる。

悪い循環だろう。これでさらに、若い道場生の悪い気が溜まってしまう。

ともあれこちらは、もう一度先ほどの感覚を確かめるように、意識を研ぎ澄ます。

周囲の音に耳を傾けず、視界は漫然としたまま。

五感を戦うための状態に制御すると、やはり先ほどあったように周囲の遅れがやってきた。

こちらの感覚に対して、相手の動きが置いてきぼりになる。

(はは、やっぱり……やっぱりだ)

握った右手を見ながら、心の中で歓喜をこぼす。

やがて、その感覚を自由に制御できるという事実を知ったせいか、身体が自然と震えてきた。

まさか、自分がこんな技術を体得することになろうとは。

常に使うことはできないようだが、これならよほどの手合いでない限り、相手が動いたあとに動いても十分間に合うだろう。

もともと力量はこちらが上。左手が十全に使えないというハンデもあるが、この力があれば十分にそれをカバーできる。

右足を前に左足を後ろに、同じように正眼に構え。

相手の突きに合わせるように、額を狙って木刀を振るう。

打ちかかり、交差の瞬間、相手の突きは木刀の腹に押されて外側へ逸れて行き。

そのままの勢いで、小手を打った。

「うわっ!?」

若い道場生は、思わぬ衝撃を受け、木剣を放してしまう。

本来の細剣にはナックルガードが付いているため、道場では有効打になりにくいだろうが、こうして剣を取り落とせば一目瞭然だろう。

まずは一人目。

「なんでだ!? どうして!?」

「なんでもなにも打ち払われからだろうが!」

「ですが、こっちも突きを打って……」

「相手の剣を良く見ろ! 馬鹿者が!」

やり取りのあと、若い道場生はキッと睨んでくるが。

「相手を睨んでいる暇があるなら突きの練習でもしていろ! ――次!」

青年が怒鳴ったあと、次の相手が前に出てくる。

今度の相手は、先ほどと同じように若い道場生だ。

(パラード……リポスト……クードロア……突進突き(フレッシュ))

ふいに繰り出してきた飛びかかるような突きは、横飛びでかわす。

こちらは先ほどの相手よりも、攻めが積極的だ。

常に圧力をかけて、こちらを圧倒しようとしてくる。

打ち合う最中、相手は間合いを詰めたまま利き手側の足を後退させ、木剣を下方に引いた。

(っ、 枝葉刺し(リーフスタブ) )

細剣術の、下顎から頭部を串刺しにする技だ。

剣先が下から上に向かって伸びてくるため、受けにくい。

下から襲いかかってくる切っ先を、顎を伸ばして反るようにかわしつつ数歩後退。

やはり、攻めが強い。

「この、ちょろちょろと動いて……羽虫か貴様は!」

「…………」

「なんか言ったらどうだ!」

「…………」

悪口にもどこ吹く風。気にも留めていないというように、わざとらしく視線を逸らすと、道場生の顔が真っ赤になった。

「くそ、馬鹿にしやがって……!」

道場生は、すぐに間合いを詰めてくる。

今度はこちらの動きを封じるため、木刀を木剣で捕らえようというのだろう。

下段から振り上げるように、剣を前に。

握りは上に、切っ先が下向きに、木剣を盾のようにして前進してくる。

向こうの思惑通りにこれを受ければ、力で押し切られるだろう。

離れようとすれば足狙いの下向きの刺突に変化する可能性もある。

ならばと、すぐさま前進。

そして受けて拮抗するか否かのそんな瞬間、相手の剣を受けずに木刀を翻し、左斜め前に抜けるように踏み込んだ。

剣で受けると見せかけて、かわして打つ。

相手はこちらが受けるとばかり思っていたためか、目標を見失い。

こちらはすれ違いの拍子に首筋に剣をあてがった。

「な? え?」

道場生は困惑し、すぐに青年の方を向く。

「い、いまのはっ」

「いまのは、なんだというんだ? どこからどう見てもお前の負けだろうが!」

「うぅ……」

青年に怒鳴られると、道場生は肩を落とした。

それと同時に、道場内がざわめく。

これで二連勝だ。

しかも、こちらが使うのは見慣れない剣技であるため、驚きが強いのだろう。

周囲からも、

「あんな風に動きを切り替えられるものなのか……」

「剣が回転したぞ」

そんな声が聞こえてくる。

さすがに回転は言い過ぎだが、そう見えるのも理解できる。

手の内に不必要な力を入れていないため、木刀の取り回しに自由が利くのだ。

左がもっと自由であれば、さらに素早くできるのだが、さすがにそれはないものねだり。

「――次!」

今度の相手は、慎重なのか。

すぐには間合いを詰めてこない。

先ほどからの戦い方から、こちらの間合いの取り方をよく見ていたためだろう。

こちらから距離を取ってみるが、やはり不用意に近づこうとはしない。

ならばと、一度大きく飛びのいて、相手に向かってじぐざぐに走り込む。

それは稲妻のような軌道とも言っていいだろう。

相手は左右どちらから攻めて来るか一見して判断できず困惑。

直後、真っ直ぐな走りに切り替えて――相手の頭上を飛び越えた。

相手からは、目前から突然自身が消失したように見えただろう。

直上に重なった瞬間、面に――額に剣をはたき落とす。

「ぎゃっ!?」

相手は真上からの剣撃に反応できず、額を打たれてその場にうずくまった。

これも、いまの自分の身体能力でなければできない芸当だ。

「そんな馬鹿な……」

「なんだあの動きは」

リーダー格の青年が眉間にさざ波のようなシワを作り、声を荒らげる。

「何をやっているんだ! 一合も合わせず負けるとはお前はそれでも細剣術の剣士か!」

「す、すみません!」

「ええいっ、次っ!」

今度は随分と拙い相手だ。

これまでの勝負を見ていたためか、立ち会う前からすでに萎縮しているらしい。

始まる前の威勢はどこへ行ったのかという有様。

ならばこれは与しやすいと、不用意に出された剣先に狙いを定め、切っ先を絡めてひねり込み、真横に弾く。

「え? ――うわっ!?」

相手は剣こそ放さなかったが、それでも隙を作ってしまう。

横に弾いたあと、前に踏み込み、返す刃で腋下に切り込んだ。

周囲も、舌を巻いている様子。「巧い」「あいつ、かなりの腕前なんじゃ」「あんな剣技見たことないぞ」そんな声が多くなってきた。

やはり、ノアやクレイブに比べれば剣技などまだまだだ。

直近では、デュッセイアや黒豹騎と戦っているし、バルグ・グルバから受けた重圧はいまなお鮮烈なものだ。あのとき受け止めた殺意と動きを身体が覚えてしまっている以上、どうしても数段格下に感じてしまう。

そもそも、侯爵邸の傭兵たちよりも動きがよくない。

ということはこの連中、まだ実戦をいくらも経験していない者たちなのかもしれない。

リーダー格の青年以外は、年齢もそう離れていない。

細剣術の技を覚えて、それを使えるようになり始めた者たち、と言ったところなのだろう。

「次だ! 次! さっさと前に出ろ!」

青年の声がさらに荒くなる。

今度の相手は自分よりも背が少し高い程度の剣士。

今し方の相手に比べれば、力量はそれなりといったところ。

少し攻防を重ねたあと。

はたき込むような一撃に合わせ、擦り上げるように打ち込む。交差した瞬間、相手の木剣は先ほどの道場生のときのように横に逸らされ、一方で自身の剣は相手の額に吸い込まれて行った。

「ぐあっ!?」

道場生は声を上げて、尻餅をついた。

ざわめきは先ほどよりも強くなる。

――同じように打ちかかったのに、なんで向こうの技だけ決まるのか。

――普通相手の剣を恐れて下がるはずだろう。

――魔剣だ。あんな剣あり得ない。

そんな声が聞こえてくる。

さもありなん。こちらの剣は意識的に交差させにいくが、向こうにはそんなつもりはない。そのため、こちらの切っ先のベクトルが正面を向いていても、剣の腹と腹が重なると、その膨らみによって弾かれてしまうのだ。

見ている方も、素早い流れの内で剣が交差し、剣が勝手に有効打から逸れていくように見える。この剣は術理を理解していなければ、素人目には一見して何をしているかわからない。だからああして困惑し、ともすれば魔剣などと口にするのだ。

「くそ、どいつもこいつも不甲斐ない! 俺がやる!」

文句を言っていた者たちがすべて倒されたため、リーダー格の青年が前に出てくる。

無駄な筋肉の付いていない、引き締まった身体。

目付きは鋭く、侮りなどの余念は一切見てとれない。

対面してわかる。

この男、先ほどから相手にしていた者たちと比べると、一段、二段は上の実力を有している、と。

道場生の一部をまとめているだけの実力はあるということだろう。

構えも堂に入ったものだ。

絶えず修練しているのだろう。体幹のずれによる重心の偏りもなく、余計な力も入っていない。

美しいと言って差し支えない構えだ。

そんな手合いに対し、こちらも構えを取る。

視野はひとところに定めず、大きく広く、全体を見るように切り替え。

右足を前に出し、腕からほどよく力を抜く。

握り方は剣や斬り方によっても様々変えなければならないため、どれが正しいとは言えないものだが、ここは人差し指中指と親指で輪を作るように握る。

手の内は龍の口。

腕は伸ばし、脇を締める。

構えは正眼から少し変形。

相手との背丈を考慮し、剣先は少し高めに。高波より少し低い程度に置く。

そんな中、ふと相手がたじろいだ。

額に汗し、表情に硬直が見られる。

覚えがある。これは国定魔導師たちや実力者などと相対したときに見られるような緊張だ。これまでの戦いで、自分にもそれなりの威風が付いたということなのかもしれない。

青年と変わって審判役を変わった道場生が、合図を出す。

「はっ!」

「せい!」

青年と、一合、二合と剣を合わせる。

それで抱いた印象は――上手い、だ。

剣撃も、構えと同じように整っているし、剣閃も真っ直ぐで美しい。

しかも、悪い気がまるで溜まっていないのだ。

これまで戦っていた者は、みな何かしら感情を高ぶらせていたが、この青年は落ち着いたもの。

負けた相手に激高したり、声を荒らげたりと、そんな悪感情などまるでまやかしだったかのよう。

いや、これは『かのよう』ではなく、やはり嘘だった可能性がある。

あとで確かめる必要があるなと思いつつ、いまは目の前の相手に集中。

悪い気が溜まっていない以上、不必要な攻めや大胆さがなくなるため、当然与しにくい相手となる。

打ち込もうとして足を前に出すと、向こうは下がる。

おもむろに剣を振るが、誘いには乗ってこない。

向こうも挑発気味に切っ先を動かすが、当然自分もそれに乗ることはできない。

お互いしばしの間、構えや軸足を入れ替えつつ過ごす。

……こちらは先ほどのように剣撃に剣撃を合わせる流れに持って行きたいが、息が合わない。

あの剣を出すには、その性質上どうしても相手の実の剣を待たなければならない。

フェイントに合わせれば負けるし。相手の剣をしっかりと見極めなければ使えない。

格下の相手なら簡単だが、同じ力量かそれ以上になると、たとえあの集中があっても合わせるのは難しいのだ。

ともすれば、手の内の読み合いになりかけたそのとき。

――面白いなぁ。

「っ……!」

ふと聞こえてきた声に、無意識のうちに歯噛みする。

声色は自分のものだが、しかし自分のものではない誰かの声。

それが、停滞した状況を見かねて、いくつかの手を囁いてくる。

これに耳を傾けるか――いや、傾ければ、もし勝ったとしても、この勝負に勝ったのは自分ではなくなるだろう。

きっと遊びたがる。

きっと楽しみたがる。

きっと試したがる。

それではだめだ。

自分の剣は実直なのだ。すぐに邪剣に走ろうとするのは自分の剣ではない。

おかしな中身が口から出てくるその前に。

誘惑に心がなびいてしまうその前に。

「――っ、発ッ!」

囁いてくる遊び心を振り払うように発気して、木刀の峰に左手を添えた。

左手に力は入らずとも、支えにはなる。普通に握るよりも楽ではあるのだ。

襲い来る突きを払いのけるようにそらし、相手の剣を凌いでいると。

やがてはたき込みの斬りが、頭部を狙って落とされる。

それを、木刀を掲げるようにして受け、即座に木刀を時計回りに回して木剣を右側に落とし、木刀を倒して突きを放った。

「くっ……」

青年の口から、険しい声が聞こえてくる。

当たったが――浅い。細剣術使いは間合いが深いうえ、突きに対して上手く身をよじられた。いい反応だ。

当然、審判役に入った道場生もカウントしない。

再び左手を峰に添える。

……ゆっくりとした動作しか取れないのがもどかしい。もっと自由が利けば、素早い取り回しも可能なのだが……いまはこの歯がゆさに甘んじるしかない。

切っ先は相手に。

今度はさながらビリヤードのキューや槍を持つような要領だ。

攻勢に回れば突きを打ち、相手の攻撃に対しては両手で支える盤石な受けを取る。

左の具合が良くないため、多少、形だけというのが否めないが。

それでも、向こうはやりにくいだろう。どんな格闘技においても、他流派を相手とする戦いはひどく恐ろしいものだ。相手がどんな動きを繰り出してくるかわからない以上、慎重にならざるを得ない。しかもこちらは、先ほどから一つの流れに拘泥しない様々な動きを取っているため、その都度合わせなければならない。

青年の突きを左に受け流しつつ、右足を踏み込み、木刀を傾けて柄尻で突いた。

「ぐぅっ……」

カウンターは胸に入るが、防具を装備している部分であるため当たり前だがカウントは取られない。取られないがしかし、ダメージは入っている。防具の上からではあるが、胸を強く叩かれたことで肺の空気が押し出され、ほんの一瞬だけだが意識が飛んでいた。

柄尻を打ち付けた反動で飛び退くと同時に旋回、膝を折って身を縮め、後ろ回し蹴りの要領でくるりとひと回りしながら、木刀を横薙ぎに振るう。

「はっ!」

青年は、それに素早く反応。身を低くしながら後ろに下がって、これを回避した。

……そろそろ峰に手を添える動きにも慣れてきたか。

ゴルフスウィングの要領で軸足の臑を狙う。

しかし、これは足を引いてかわされた。

引き手である左に力が入らないため、この手の技は振りが緩くなるのだ。

もっと乱暴に木刀を振るいたい。

続けざまに逆袈裟に切り込もうとするが、今度はこちらが足に切っ先を突き刺されそうになる。

慌てて足を跳ね上げ後退。

相手が突きかかってくるのに合わせ、こちらも攻勢に。

柄を頭上近くまで持ち上げ、切っ先は身体の横斜め後ろに倒し。

柄を支点にして、切っ先で円を描くように打ちかかる。

腕を大きく振りかぶるのではなく、遠心力を使って切り落とす。

突きかかろうとした青年は、素早い攻勢にタイミングを合わせることができずにたたらを踏み、受けに回る。

木刀が木剣をしたたかに打ったあと、そのまま回剣の要領で幾度も打ち込む。

隙の小さい振りであるため、相手は攻撃に転じることができず、剣をその場から離すことができない。

何度も打ち込んでいると、やがて青年の体勢が崩れた。

「ぐあっ……」

その隙を狙って、胴を薙ぐ。

決まった。

「……俺の負けだ」

リーダー格の青年は、あっさりと負けを認めた。

彼はすぐに剣を引いて、戦意を収める。

一つ、二つと試合を重ねれば、勝敗が変わるような相手。にもかかわらず、潔いことだ。

やはり、さきほど感じた通り、何かあるのだろう。

そんなことを考えたときだった。

「インチキだ!」

突然、そんな声が上がる。

「そうだ! おかしな剣技ばかり使いやがって!」

「そいつがそんなおかしな剣さえ使っていなければ、俺たちが負けることなんてなかった!」

さきほど負けた若手の連中が、口々にそんなことを言い始めた。

負けて収まりが付かないのか。

それだけなら、まだよかったのだが――

「そうだ! 納得いかないぞ!」

「どうしてそいつは細剣術を使わないんだ!」

「同じ剣技なら負けるはずがない!」

先ほどまで外野だった、見物に回っていた一部も、同じように声を上げ出した。

(おいおい……)

まあ、そうなっても仕方ないだろう。

たった十二程度の子供が、次々と道場生を倒したのだ。

信じたくない気持ちはわからないでもないし、邪剣だと言いたくなる気持ちもわかる。

剣呑な気配は高まる一方。

声を上げる者も増えてきている。

こういった体育会系のところでは、面子は重要だ。

他流派に一方的に敗北したという噂が広がれば、それだけで打撃を受ける。

それを回避するため、道場破りをよってたかって叩きのめす。

それは剣術を扱う時代劇などでよく目にする一幕だろう。

(俺、これでも ここのお嬢様(シャーロット) のお客さんなんだけどなぁ)

最初は身の程を弁えさせることが目的だった。

それがあれよあれよと敗北を積み重ねたことで、興奮ばかりが高まり、冷静に物事を考えられなくなった……といったところか。

ともあれ、斬意は先ほどとは比べものにならないほど強まっている。

このままでは、勢いに任せて襲いかかってきかねない。

かなり危険な気配が漂ってきたが――しかし、こちらには切り抜ける方法などいくらでもある。

剣術の道場だからといって、剣で切り抜けねばならないという法はないのだ。

こちらは魔導師。そもそも魔導師とは、魔法を使うのが正道である。

シャーロットには悪いが、こうなった以上は、逃げるほか道はないだろう。

左腕が治っていないのに、そのうえ怪我をするなど目も当てられない。

シャーロットとの手合わせはまた別の機会にお願いするとして。

関係ない道場生たちに心の中で謝罪しながら。

『――弾けろ。暴れろ。目覚ましラッパに大いびき。犬の吠え声金切り声に、四流五流の音楽家。赤子の癇癪おやじの怒号。うるさいものは全部くるめてぶちまけろ、耳をつんざくシャボンの……』

突然詠唱を始めたせいか、道場生たちがビタリと硬直する。

どうやら魔法を使うとは思っていなかったらしく、一様にぎょっとした表情を浮かべ始めた。

まったく身から出た錆だと言ってやりたい。

「ま、待て! ちょっと待つんだ!」

ふといまし方倒したリーダー格の青年が、焦ったように待ったをかけるが。

しかし、こうなってはあとの祭りというもの。

詠唱が終わりを迎えようとした、そんな 際(きわ) 。

「――そこまで」

聞こえてくる、穏やかなれども、力強い声。

詠唱を中断し、声のした方、剣道場の入り口に目を向けると、そこには薄茶色の髪を持った青年が立っていた。

練習着は着ておらず、貴族が着る仕立てのいい服を着用。

身につけている装飾品も、下級貴族が着飾るそれではない。

彼を見た道場生たちは一様に背筋を伸ばし、焦ったような表情を浮かべる。

ぽつりとこぼされる「イアン様」という声。

イアン――イアン・クレメリア。シャーロットの実兄だ。

よく見れば隣には、防具を付けたシャーロットの姿もある。

先ほどの言葉は、自分に向けられたもの――だけではないらしい。

イアンは道場内に踏み込むと、そのまま道場生たちを見回しながら言う。

「まったく……自分たちよりも年下の子を取り囲むなんて、恥ずかしくないのか君たちは」

「そ、それは……」

「それは、なんだ? 何か理由でもあるのか?」

「このガキがインチキをしたからで……」

「ふむ、そうなのかい?」

「私は、特にそんなつもりはありません」

首を回して訊ねてくるイアンにそう返すと、彼は大きなため息を吐いた。

そして、手合わせをした道場生たちに細めた目を向ける。

「まったく……それで君たちは戦場に出て、自分の知らない手を使われたら、どうするつもりなんだ? いまみたいに敵にインチキだと文句を言って死ぬのか? そんな風に指導していなかったはずだが?」

イアンがそう言うと、道場生たちは悄然とした様子で黙り込んだ。

言葉使いは柔らかいが、言い知れぬ圧力がある。

「すまないね。こんなことに付き合わせてしまって」

「は……」

こちらがいささか返答に困る一方で、シャーロットが頭を下げた。

「アークス君、こんなことになって、ごめんなさい」

「シャーロット様、頭をお上げください。私もなかなか面白い経験をさせていただきました」

「ありがとう。そう言ってもらえると、私も気が楽になります」

シャーロットがほっとしたような表情を見せる一方、イアンが訊ねる。

「それと、さっき使おうとした魔法は?」

「えっと……はい。襲いかかってきそうでしたので、全員昏倒させて逃げおおせようかと」

「ふむ、君はそんなことができるのか……」

「お兄様。アークス君は王太子殿下がお認めになるほどの魔法の使い手です。それくらいわけないでしょう」

「帝国軍の魔導師部隊を殲滅したというあれか。下手な出方をすれば、君たちも帝国兵のような目に遭っていたかもしれないね」

イアンがそう言うと、道場生たちはぎょっとした顔を見せた。

ともあれと、まずはイアンに頭を下げる。

「イアン様。初めてお目にかかります。アークス・レイセフトと申します」

「君のことは知っている。イアン・クレメリアだ。こうして会うことができて光栄に思う」

彼はそう言うと、握手を求めるように右手を差し出す。

「それと、随分と遅まきだが、妹のことをありがとう。感謝している」

「いえ。あのときは私も無我夢中でしたので……」

遠慮がちに手を握り返すと、イアンは「そうか」と言って微笑んだ。

それはそうと、だ。

「いつからご覧になっていたのですか?」

「君が戦い始めたときには向こうにいたね」

指摘すると、イアンは悪びれることもなくそう言って小窓を指さした。

やはりか。止めに入るにはあまりにタイミングが良すぎた。見ていたとしか考えられない。

ふと、シャーロットがむくれた表情を見せる。

「お兄様、最初からわかっていたのに止めなかったのよ?」

「え?」

「彼らが何か考えていることは知っていてね。手助けじゃないけど、私からそうなるように仕向けたんだ」

そうだったのか。

「私も止めたんだけど……」

聞き入れられなかったという様子。

そこは、兄の……次期当主の命令ということで、退けられたのか。

そう言えば、リーダー格の青年が輪から外れていることに気付いた。

それで、ピンとくる。

「やっぱり、あなたも」

「気付いていたか。イアン様から、いざというときは止めに入れと言われてな。まさかあれでインチキとまで言い出すとは思わなかった。それに君も呪文を唱え始めたのには焦ったよ」

青年はそう言って、困ったように頭を掻いた。

つまり、彼が現場の仕掛け人だったということだ。

下手に抑え込むより、誘導した方がいいと踏んでのことなのだろう。

すると、イアンが青年に険しい顔を向ける。

「しっかり止めてくれないと困るよ」

「申し訳ありません。他の者も交ざってくるとは思いもよらずで」

だが、腑に落ちない面をある。

「どうしてこんな形にしたのですか?」

「アークス君がどうするのか見たいから、ですって」

「話が本当なら、どうにでもなるだろうからね。マズそうなら、さっきのように止めに入ればいいだけだ。それに、彼らにもいい薬になる」

続けて、「もちろん、彼からも私から別にお灸は据えるけれど」と言って、文句を言っていた若手たちに向かって武威を放つ。穏やかで柔らかな態度からは想像もできないような、厳しさがそこにはあった。

これが細剣術の宗家、いや、東部軍家筆頭のその跡取りの格だろう。

先ほどの青年が、画策していたらしい道場生たち向かって「道場に通っていなくても!」「上には上がいる!」「ちょっと上達したからといって調子に乗るな!」と怒鳴っている。

これはこのあと壮絶なしごきが待っているに違いない。

お気の毒さまであると同時に、ちょっといい気味だ、などとも思ってしまう。

にしても、だ。

「随分、私の腕を評価してくださっているのですね」

「私は東部の人間だけど、黒豹騎の精強さは知っているつもりだ。それを剣技で倒せるなら、若手の道場生くらいはわけないだろうと思ってね」

そんな風に言って、笑顔を見せる。

……このイアン・クレメリアという青年。おそらくはにこにこしながら、『利用できるものはなんでも利用する』タイプの人間だ。しかもきちんとした落としどころを持ってくるので、こちらとしては実にモヤモヤする。

シャーロットも兄のそんな性格をわかっているのだろう。先ほどから随分と申し訳なさそうにしている。

だが、こちらも思うところがある。

「その、そもそもこういうのは、よろしくないのでは?」

「大丈夫、溶鉄様から許可を頂いてのことだ。提案したら、どんとやってくれ、と言われたよ」

「おーじーうーえー」

口から吐き出されるのは、クレイブに対する恨み節だ。

相変わらず訓練が関わると容赦ない。

「それだけ溶鉄様は君の剣を信頼しているんだろう。これくらいなら準備運動くらいのものだと思っているんじゃないかな」

だろう。クレイブとの稽古のときは、もっと激しいし容赦ない。

今し方の立ち合いなど、それと比べれば天国だろう。

だが、心情としては、

「なんか納得いかない……」

「ふふふ、ならこれから道場の出入りも自由にしよう。君ならここで好きに剣を振るっていい。もちろん細剣術じゃなくても構わない。シャルとも自由に会えるだろうし、それで今日のことは許して欲しい」

「……わかりました」

道場への自由な立ち入りを許してくれるのは、結構なものだ。

訓練の場所をどうしようかと考えていた時期でもあるため、これは渡りに船というものだろう。

「――それはそうと、身体の方は温まったかしら?」

「へっ?」

シャーロットの突然の言葉に、つい素っ頓狂な声を挙げてしまう。

「あら? 手合わせをするって約束だったと思うけど?」

「それは……そうですけど」

「なら、始めましょう。私も剣を合わせてみたくてうずうずしてたの」

どうやら先ほどの立ち合いを見たせいで、触発されてしまったらしい。

お嬢様は思った以上に気が高ぶっている様子。

「これだけ倒したのなら、遠慮する必要はなさそうね」

手加減して欲しいな、などとおどけてしまいたいが、空気的にそういうわけにも行かないだろう。

細剣術をやるつもりだったが、 木刀(これ) を持っているところを見られては、今更得物を変えるわけにもいかないか。