軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四章 文通、ふたたび2

文通三週間目。コノハからの報告に、新たな情報が加わった。

「ティナさん。ルディさん。今日、いつもと違うことがありました。

ユーリアさんが浄化のスケジュールを伝えに来たとき、もう一人、知らない人がいました。黒い服を着た年配の男の人です。白髪で、鷹みたいな鋭い目をしていました。

その人は私を見て、何も言わずに部屋の中を見回して、それからユーリアさんに何か耳打ちして、出ていきました。

ユーリアさんはその後、少しだけ手が震えていました」

ティナはその記述を読んで、アンドレイの言葉を思い出した。「枢密院議長、ヴァルター・オルデンブルク。白髪の老人だ。鷹のような目をしている」

「ルディさん。この人物の特徴、アンドレイ師団長が言っていたヴァルター議長と一致しませんか」

「ああ。白髪、鷹の目、黒い服。完全に一致する。……ヴァルターがコノハのところに来たのか。何の目的で」

「視察でしょう。管理対象の状態確認。帳簿で言えば在庫の棚卸しです」

「在庫、って……」

「枢密院の視点ではそうです。コノハさんは彼らにとっては資産であり、資源であり、道具です。だから定期的に状態を確認する。帳簿をつける人間として、その思考回路は理解できます。――理解した上で、吐き気がしますが」

ティナの声は平坦だったが、最後の一言に込められた感情は平坦ではなかった。ルディはティナの横顔を見た。表情は変わらないが、ペンを持つ指先に力が入っている。

「もう一つ気になるのは、ユーリアさんの反応です」

「手が震えていた、ってやつか」

「はい。ヴァルター議長の前で手が震えるのは、恐怖でしょう。しかしそれだけではないと思います。ユーリアさんはコノハさんの管理者です。上司が視察に来るのは通常業務のはず。それで手が震えるのは、通常ではない何かを恐れている」

「何を恐れてるんだ」

「コノハさんの処遇が変わること、ではないでしょうか。ヴァルターが来て、コノハさんの状態を見て、使えると判断すれば現状維持。使えないと判断すれば――」

ティナは言葉を切った。

「ユーリアさんは、コノハさんが『使えない』と判断された場合に何が起きるかを知っている。だから震えた」

書斎が沈黙に包まれた。蝋燭の炎が揺れている。

ティナは日記帳にコノハへの返事を書いた。

「コノハさん。その人物について、もう少し詳しく教えてください。部屋の中を見回していたとき、何を見ていましたか。壁ですか、あなたですか、浄化の道具ですか。

それと、ユーリアさんの様子がいつもと違ったとのこと。もし可能であれば、ユーリアさんが何か言っていなかったか、思い出してみてください。些細なことでも構いません」

コノハの返事は翌朝に届いた。

「あの人はまず壁を見ました。それから浄化の道具が置いてある棚を見ました。最後に私を見ました。私の手を……じっと見ていました。白くなっている指先を。

ユーリアさんは、あの人が出ていったあと、いつもの事務的な声で浄化スケジュールを伝えてくれました。でも一つだけ、いつもと違うことを言いました。

『今日は二回でいい』と。

いつもは三回なのに、二回。理由は言いませんでした。でも、ユーリアさんの目が少しだけ……怖い顔をしていました。怖がっている顔じゃなくて、何かと戦っているような顔でした」

ティナはその一文を二度読んだ。

「今日は二回でいい」。ユーリアが、自分の判断で浄化の回数を減らした。上からの命令ではなく。ヴァルターの視察の直後に。

これはリスクだ。ユーリアにとって。枢密院の末端の管理官が、上の命令に反して聖女の運用を緩和する。バレれば処分される可能性がある。それでもやった。

――この人は、完全には冷たくない。

ティナの中で、ユーリアという人物の輪郭が少しだけ変わった。以前のアンドレイと同じ構造。板挟みの中で、完全に感情を殺しきれない人間。コノハを「管理対象」として扱いながら、同時に一人の人間として見ている。そしてその矛盾に苦しんでいる。

「ユーリアさんは味方になり得ます」

ティナが呟くと、ルディが首を傾げた。

「味方? 枢密院の人間がか?」

「枢密院の人間だからこそです。内部の人間がいなければ、救出は不可能です。外から攻めるだけでは足りない。中から開けてもらう必要がある」

「でも、そいつが信用できるかどうか――」

「信用できるかどうかは、会ってから判断します。今の段階では『味方になり得る可能性がある』と記録しておくだけです。帳簿の仮計上と同じです」

「人間関係を仮計上するのか……」

「合理的でしょう?」

「お前の合理的には慣れたけど、毎回ちょっとびっくりする」

その夜、ティナは新しい日記帳――自分の本音を書くための日記帳――に、短い記録を残した。

「コノハさんの文通を続けている。あの人の文面は、日に日に生き生きとしてきている。遺書を書いていた人が、管理者の咳を心配し、浄化のサンプルの色を報告し、苔のお茶を三杯飲もうとする人になった。

同時に、体調は悪化している。鼻血。指先の白さ。消耗の蓄積。数字は嘘をつかない。心が元気になっても、体が追いつかない。

二ヶ月、と見積もった。しかしヴァルターの視察があった。枢密院が動いている。二ヶ月の猶予すら、あるかどうかわからなくなってきた。

急がなければならない。

――追記。ルディさんに『すごいよ』と言われた。記録しておく」

最後の一行は、書いてから少し後悔した。ルディに読まれるわけではない。こちらは新しい日記帳だ。古い日記帳ほどのリンク機能はない。

しかし、記録親和の持ち主は「書いたこと」を消せない。消す方法がないのではなく、消す気になれないのだ。書かれた言葉には意味がある。記録に残すべきだと、ティナの力がそう判断する。

たとえそれが、頬が熱くなるような一行であっても。