軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三章 王都の影2

ルディがアンドレイに手紙を書いたのは、その日の午後だった。

手紙の内容は簡潔だった。ルディは文章が得意ではない。セーブデータの愚痴は饒舌だが、公式の書簡となると別だ。ティナが横から添削しようとしたが、「これは俺が書く」と断った。上司への手紙を彼女に添削されるのは、さすがに自尊心に関わるらしい。

手紙はアンドレイの元に軍の連絡網を通じて届けられた。返事は三日後に届いた。アンドレイの返事は、手紙ではなく本人だった。

馬に乗って単騎で。護衛もつけず。金髪をオールバックに撫でつけた精悍な顔立ちに、翡翠色の目。口元の皮肉めいた微笑は健在だが、目の奥にあるものが以前と少し違っている。疲労と、それを上回る決意のようなもの。

「やあ、ルディ君。元気そうだね。辺境の空気が合っているらしい」

「師団長。わざわざ来てくれたのか」

「手紙では話せない内容だと判断した。――それに、ロッシュ嬢にも直接伝えたいことがある」

アンドレイはティナの前で軍帽を脱ぎ、一礼した。慇懃無礼な丁寧さは変わらないが、そこに含まれる敬意が以前より深くなっている。凍牙の迷宮でのティナの行動が、この男の中でティナの評価を変えたのだ。

「ロッシュ嬢。ルディ君の手紙を読んだ。聖女の話だね」

「ご存知でしたか」

「名前は知っていた。聖女という制度の存在は。ただし詳細は――枢密院の機密に属する。軍の人間にも開示されていない」

「開示されていないが、知っている部分はある、ということですね」

アンドレイは微笑を消した。凍牙の迷宮での対峙のときと同じ。仮面を外した生身の顔。

「ルディ君。君に一つ、言わなければならないことがある。前から……言うべきだと思っていたが、言えなかった」

「何だよ」

「君の召喚は、偶然ではない」

沈黙が応接間を満たした。

アンドレイは窓辺に歩み寄った。彼がティナに本音を語ったときと同じ仕草。窓の外を見ながら話す。背中を見せることで、顔の表情を隠す。

「王国は過去百年にわたり、異世界からの人間召喚を繰り返してきた。枢密院が主導する『恩寵付与計画』だ。異世界から人間を召喚し、強力な恩寵を付与し、王国のために使役する。勇者召喚、聖女召喚、賢者召喚……名前は様々だが本質は同じだ。異世界の人間を兵器として運用する」

「百年……?」

「ああ。君が最初ではない。過去に何十人もの人間が召喚されている。そして――その大半が、役目を終えた後に『処分』されるか、記録から抹消されている」

処分。

ルディの顔から血の気が引いた。

「処分って……殺されたのか」

「一部はそうだ。一部は記憶を消されて放逐された。一部は……消息不明だ。記録上は。実態がどうなのかは、枢密院の最深部にしかわからない」

「俺は」

「君は『定点回帰』という能力を持っている。死んでも戻る。壊れない兵器だ。だから今も使われている。処分されていない理由は、まだ使えるからだ。それだけだ」

ルディはソファの肘掛けを握りしめた。白くなるほど強く。

「……知ってたのか。アンドレイ、お前は」

「知っていた。軍に入った直後から。……だから君の上司になることを志願した。せめて、内側から守れることがあると思ったからだ。結果的に何も守れなかったが」

「47回死ぬ計画を立てたのが『守る』か?」

ルディの声が刺すように鋭かった。アンドレイは振り返らなかった。

「……あれは守れなかった例の最たるものだ。弁解はしない」

ティナは二人のやり取りを黙って聞いていた。感情が波立つのを感じたが、今は分析が優先だ。感情は後で処理する。今は情報を集める。

「アンドレイ師団長。お聞きしたいことがあります」

「何でも聞いてくれ、ロッシュ嬢」

「枢密院の召喚政策を主導しているのは、誰ですか」

アンドレイはようやく振り返った。ティナの目を見た。

「枢密院議長、ヴァルター・オルデンブルク。白髪の老人だ。鷹のような目をしている。国王の補佐官であり、国防政策の最高決定者。召喚計画は彼の発案であり、彼の主導で百年間続いてきた」

「その人物に会えますか」

「会えなくはない。ただし、向こうも君のことは知っているはずだ。凍牙の迷宮の封印修復は王国中に知れ渡っている。記録親和という珍しい力を持つ辺境伯令嬢――枢密院が関心を持たないはずがない」

「関心を持たれている、ということは、利用される可能性がある。同時に、接触の口実にもなる」

ティナの目が据わった。あの目だ。ルディが知っている、問題を解決すると決めたときの目。

「アンドレイ師団長。もう一つ。コノハさんが幽閉されている場所の見当はつきますか」

「聖女の管理施設は王都の聖堂地下にあると聞いている。ただし正確な場所は枢密院の人間しか知らない。警備も枢密院直属だ。軍は関与していない」

「わかりました。それだけで十分です」

ティナは立ち上がった。

「コノハさんを助け出すには、王都に行く必要があります。枢密院に接触し、コノハさんの居場所を特定し、救出する。――アンドレイ師団長、協力していただけますか」

アンドレイはティナを見つめた。辺境伯の一人娘。十八歳。エプロンドレスで帳簿をつけている令嬢。しかしこの令嬢は、凍牙の迷宮を攻略し、軍の作戦を覆し、勇者を「消耗品ではない」と言い切った人間だ。

「……協力する。今度こそ、守る側に立たせてくれ」

「守るのではなく、一緒に動いてください。守られるだけでは足りません」

アンドレイは微笑した。仮面ではない、素の笑み。

「了解した、ロッシュ嬢。――指揮は君に任せる」

その夜、ティナは日記帳にコノハへの返事を書いた。

「コノハさん。あなたがいる場所の手がかりが見つかりました。

王都の聖堂地下。枢密院という組織が管理する施設。

今の私たちにできることは限られていますが、計画を立て始めています。

もう少しだけ、待っていてください。必ず迎えに行きます。

――それと、苔のお茶は一日二杯までにしてください。三杯以上は胃に負担がかかります」

最後の一行を書いたのは、深刻な話だけで終わらせたくなかったからだ。重い言葉のあとに、日常的な注意を添える。それが会話を「続ける」ためのティナの技術だ。

コノハの返事は翌朝に届いた。

「迎えに来てくれるんですか。

……すみません。泣いてしまって、字がにじんでいるかもしれません。

待っています。苔のお茶は二杯までにします。

……三杯飲もうとしていたのがバレていたんですか?」

「コノハさん。私は薬草の専門家です。初めて飲んだ人が苦くても効果を感じると、つい多く飲みたくなることは経験上知っています。人間の行動パターンは帳簿と同じです。予測可能です」

「ティナさんって、すごい人ですね」

「すごくありません。帳簿が得意なだけです」

ルディが横から覗き込んで呟いた。

「帳簿が得意なだけ、って言うの、もうそろそろやめたら? お前はすごいよ」

「事実を述べているだけです」

「事実認識が間違ってるんだよ。添削するぞ」

「……添削は私の仕事です」

「おあいこだろ」

書斎の蝋燭が揺れた。辺境の静寂の中に、小さな笑い声が響いた。

しかしティナの頭の中では、既に王都への計画が動き始めていた。枢密院への接触方法、表向きの名目、必要な人員、タイムライン。帳簿の予算計画と同じだ。ただし今回の帳簿は、人の命がかかっている。

二ヶ月。コノハの体が持つ時間。

その中で、ティナ・ロッシュは答えを出さなければならない。