婚約破棄され火炙りを命じられたので、結界を解除しました。国が滅びますが知りません。
作者: 衛星 奏志
本文
「リサ・マグライヤ」
王立学園の舞踏の間。この国の第二王子であるスリザンが婚約者の名を呼ぶ。
金髪碧眼、整った顔に恵まれた体躯。神が作りし最高傑作と称されるスリザンの前には、名を呼ばれた黒髪に濃紺の瞳。顔は一応綺麗と言えるが貴族の枠を出ない程度の地味な色彩の令嬢が対峙している。
「貴様との婚約を破棄し、新たにアリシンス公爵家令嬢であるミズザリアと婚約を結ぶ」
聴衆の間にざわめきが起こる。
「婚約破棄の理由をお聞かせ頂けます?」
理由に心当たりがないと聞いてくるリサにスリザンは顔を歪め、苛立ちを顔に浮かべる。
「ミズザリアが相談してきた。毎日毎日、耳元で呪詛が聞こえるのだと。そのせいで寝ることもままならず、少しずつ体の自由が奪われていくのだと」
リサはチラリと寝不足そうには見えないミズザリアを見た。
「そんな事が出来るのは魔女である貴様だけだ」
魔女と聞いて周囲がざわつき、数人が舞踏の間を飛び出して行った。
「貴様は魔女の力を使ってミズザリアを殺そうとしている。魔女の力を悪しきことに使うなど言語道断だ。悪しき魔女は処刑する」
リサを指差し、スリザンが声高らかに宣言する。
「貴様を火炙りの刑に処する」
嫌な色を帯びて周囲が騒めく。
学生だけが集まる今夜、スリザンを止めようにも王子よりも身分の高い者がおらず、止められる者も不在。
だからこそのこの凶行だろう。
リサは、この国にただ一人の魔女だ。
そのことは、王家と一部の上層部しか知らない。
だが、魔女の役割の一つである結界は真意不明としてだが広く知られている。王子がその役割を知らないわけがないのだが。
魔女は魔術を使う。その力は畏怖にも尊敬にもなる。
長い時を生き、国を守りながら、人知れず暮らしてきた。
そんな存在であるリサがなぜ、スリザンの婚約者になったのか。それは王から頼み込まれたからに他ならない。
あの頃のスリザンは可愛かった。
庭園の花を摘み片膝をついて、「けっこんしてくだしゃい」と言ってきたあの愛らしい姿は、今でも心に刻まれている。
しかし、月日というのは残酷で、スリザンは変わってしまった。
ミズザリア公爵令嬢。
ふわりとうねる金髪に碧玉のような瞳を持つ美しい令嬢だ。公爵令嬢という地位もある。
地味色で魔女のリサと比べれば、どちらが良いかなど一目瞭然。リサ自身も致し方ないと納得はできる。
子供の一時の気の迷いとして婚約解消だけなら応じても良かった。
しかしスリザンは、よりにもよって魔女の火炙りを出してきたのだ。
忌まわしき慣習である魔女の火炙り。
友人、姉弟子。そしてその家族。
無実の罪で何人の魔女が犠牲になったか。
そこまで突きつけられて、守ってやるほどリサはお人好しではない。
「婚約破棄は受け入れます。ですが、身に覚えのない罪で処刑されてはかないません。私は姿を消すことにいたします」
リサがパチンと指を鳴らす。
指先一つで国に張っていた結界を解除する。
聡い者は、リサが魔女と知れた時点で当主に伝令を送るために馬を走らせている事だろう。
「それでは、これにて私は失礼致しますわ」
美しいカーテシーを見せたリサはそのままフッと姿を消した。
そして、リサが消えた後、会場に駆けつけた王にスリザンは殴り飛ばされた。
ミズザリアが悲鳴をあげる。
殴られた頬を押さえ、スリザンは驚いて顔を上げる。
「父上、何をなさるのですか!」
「貴様は、自分が何をしたのか分かっているのか!」
「悪い魔女は排除されるべきです。俺は正しい。殴られる謂れはありません」
「まさかここまで愚かだったとは。お前は取り返しのつかぬことをしたのだ。リサがこの国の為にどれほど尽力してくださっていたか」
「ですが、あの女は魔女の力で脅し、無理やり私との婚約を決め、私の愛したミズザリアを呪詛で殺そうとしました。悪い魔女は処刑されるべきだ」
「魔女の力で無理やり婚約という嘘は誰が言った」
「嘘?」
「誰が言ったのだ!」
「え? アリシンス公爵が……」
「アリシンス公爵を捕まえ、牢に入れろ。重罪人牢だ」
「え?」
「お、お父様っ!」
騎士に指示するとすぐに騎士が動く。
逃げようとしていたのか、遠くで騎士に捕まる公爵の声がする。
「リサとの婚約はお前が望んだことだろう。だから、私がリサに頼み込んで婚約してもらったのだ。それを……」
「え……?」
「それに、リサがそこの令嬢に呪詛をかける理由がない」
「は、あるでしょう。私の愛がミズザリアにあるのです、嫉妬にかられて行った。それが理由です」
「リサは魔女だ。幾百年生きる魔女にとって我らなど子供と同じ。リサは私ですら子供相手のように接するのだ、お前など赤子のようなもの。嫉妬などするはずがない」
王は両手で顔を覆うと膝をつく。
「ああ、なんと愚かな。リサの結界を失えば、この国は立ち行かぬというのに……終わりだ、この国はもう終わりだ」
王の悲痛な嘆きにスリザンもようやく取り返しの付かない事をしたのだと自覚する。
「しゃ、謝罪をします!」
「すぐに使いを出したが、おそらく無理だろう。もうこの国にはおるまい」
「な、なぜですか?」
「婚約破棄だけならここまでならなかったろう。赤子の癇癪程度で許してもらえたやも知れぬ。だが、魔女の火炙りは言ってはならなかった」
スリザンは『魔女の火炙り』についての歴史的背景を知らなかった。
もちろん、魔女に守られている国であるから学ぶことが必須で、学んでいるはずだ。
魔女相手にそれは禁句であり、最も忌まわしき過去の出来事。
しかし、スリザンはよりにもよって無実の罪で処刑された魔女達と同じ方法で処刑しようとしたのだ。
「そ、そんな……俺はただ、愛する人を守ろうと。なんとか、どうにか……父上、逃げなければ!」
「どこに? どこに逃げるというのだ。結界がなければこの国はそう長くは保たん。どこに行ったところでもう間に合わん。それに、我々王族は許してはもらえぬよ」
「へ?」
突然の地響きに立っていられない。
そして地面が落ちた。
土煙が舞い上がる中、ミズザリアがいたはずの隣には瓦礫が積み上がっている。
「ミズザリアっ、ミズザリア!」
瓦礫の下から声は返ってこなかった。
必死に呼んでいると、恐ろしい笑い声が聞こえて来る。
「来た……か」
聞こえた王の声は恐怖に震えている。
何が起こっているのか分からないまま、意味の分からない恐怖が足下から這い上がってくる。
『あー、やっと解放されたか』
コキコキと音がして、不気味で恐ろしい声が響く。
ガクガクと体が震えて止められない。
ヒィ、と声がした後、何かが潰れる音と、血飛沫が飛び、ゴロゴロと父の首が転げてくる。
土煙に映る影は、異形の姿をしていた。
***
「なぁんか、忘れてる気がするなぁ。なんだっけ〜?」
『思い出さないとボケるよ』
「ボケません〜」
リサの言葉に使い魔の小さなドラゴンが憎まれ口を挟む。
引越し作業をしながら思い出せない何かを考える。
魔女の引っ越しは家ごとだ。
庭や薬草園も含め、その外側に魔術陣を刻んでいく。
『次どこ行くの?』
「人のいるところはもう懲り懲りだなぁ」
『どっか人のいない火山近くとかどう? ボク、火龍だから火山近いと嬉しい』
「えー暑いじゃん」
『いいじゃん、暑くてもー……あ、面倒なの来たかも』
見張りのために高く飛んだドラゴンが戻ってきた。
「まじ? よし、陣でーきた。飛ぶよー」
『はぁい』
呪文を唱えると、陣が光を放つ。
ふわっと体が浮いた感覚の後、地に足が着く。
「よし、引っ越し終〜わりっと」
『ここどこ?』
「どこでもないどこかよ」
どこの土地でもない亜空間、というか時空の間。
追手は何もなくなった土地に愕然とするだろう。
従う必要はないがまた王命などと言われては面倒だ。さっさと逃げ出すに限る。
リサは、家の前に置いた座椅子に寝そべると、ゆったりと本を読む。
魔術でちょちょいと飲み物を作って、異空間から菓子を出す。
数時間後、力の塊がリサの作った障壁にぶつかった。
「え? なに? 何事っ?」
『やー揺れるぅ』
障壁に穴をあけ、高速で飛んできた物体がキュッとリサの前に止まる。
「会いたかったぞ、我がタマムシ」
「だから、虫に例えるなって言ってるでしょ! そうだ、そうだよ。あんた封印してたんだった。忘れてた」
「忘れていたのならば思い出させてやろう、我が愛しきカメムシ、解放されるのを待っていた」
両腕を広げて、今にも抱きしめる勢いで向かってくる。
何代か前の王に封印を頼まれた悪魔だ。
やたら虫に例えてくるし、口を開かなければ、超絶イケメンなのに残念な悪魔だった。
「やめて、来ないで。……わー顔が良い」
「なんだ、この顔は好みか。思う存分見るが良い」
顔面を生かして、グイグイ攻めてくる。
やっぱり顔だけは、好みだ。
「いやいや、近い近い」
「そういえば、ちゃんと王国滅ぼしてきたぞ」
軽やかに物騒なことを言う悪魔にリサの動きは止まる。
早かれ遅かれ、王国は滅亡する予定だった。
結界無くして存続できない、それがあの王国のあった地域。
本来人が住めない土地を結界で囲って人が住めるようにしていたのだ。
最初は自分のためにしていたことだが、人が移り住み、段々と大きくなった。
最終的に国一つを覆えるほど大きく、長い間それを維持する能力を持ち、魔族も弾く結界を張れる魔女はそう多くない。
障壁ぐらいなら簡単に突破するこの悪魔は、結界を突破しようと何度も結界に突っ込んで瀕死になった。
結界を突破したい理由がリサにどうしても会ってみたいと言う突拍子もない理由だからどうしようもないアホだ。
その後は王国の地下に封印されていた。
もちろん、その封印をしていたのもリサ。
念願叶って大人しくリサに封印されて幾百年。
リサがようやく解放されて封印も解けて、出て行くついでに王国を滅ぼしたというからタチが悪い。
リサは別に王国に繋がれていたわけではない。
ただ色々と面倒だからそのまま続けていただけ。
「だってあのクソガキがリサの婚約者とか、なんつー悪夢だ。やっちまってもしょうがなくね?」
と。
──もしかして、呪詛を吐いていたのはこの悪魔では?
そうリサが気付いたのは、悪魔が居着いて数週間後のこと。
「愛しき我がゴミムシ。愛している。結婚してくれ」
「だから、人を虫に例えるなって言ってるでしょ!」
あの日、求婚してきた悪魔は今日もリサの作ったおかずをドラゴンと取り合っている。