軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第40話:無傷の都と、日章二引両旗のはためき

応仁の和議が結ばれてから、数日の時が流れた。

室町第の敷地内に高くそびえ立つ物見櫓の最上階。

薫子は欄干に手をかけ、眼下に広がる京都の街並みを静かに見下ろしていた。

史実の記憶が正しければ、今の時期、この街のあちこちから黒煙が立ち上り、美しい寺社や公家の邸宅が次々と業火に呑み込まれているはずであった。

逃げ惑う人々の悲鳴と、足軽たちの略奪の歓声が響き渡る、地獄絵図の真っただ中。

だが、薫子の目の前に広がる現実の京都は、それとは対極の姿を見せていた。

整然と並ぶ瓦屋根は朝日に照らされて美しく輝き、大通りには諸国から集まった商人たちの活気あふれる声が響いている。

職人たちの工房からは機織りの音が軽快に鳴り響き、街のどこにも戦火の爪痕など存在しなかった。

百年先まで失われるはずだった文化も、技術も、職人たちの命も、すべてが完全な状態でここにある。

「薫子。こんな高いところで何を黄昏れておるのじゃ」

背後から、豪華な打掛を羽織った日野富子がゆっくりと近づいてきた。

薫子は慌てて頭を下げ、恭しく富子を迎え入れる。

「富子様。あまりにも都の景色が美しゅうて、つい見惚れておりましたえ」

富子は欄干に寄りかかり、薫子と同じように無傷の京都の街を見渡した。

その口元には、莫大な富と権力を手中に収めた絶対者としての、深い満足の笑みが浮かんでいる。

「ぎょうさん儲かったなぁ。あの細川も山名も、今やすっかりうちの商船団の番頭やわ」

「ええ、すべては富子様のご威光と、見事な采配の賜物でおじゃりまする。彼らもこれからは、自らの腹を満たすためではなく、幕府の金庫を潤すために必死に汗を流しましょうぞ」

薫子が富子を立てるように言うと、富子は楽しげに声を立てて笑った。

「そなたのその底知れぬ知恵がなければ、今頃この都は血の海になっておったかもしれん。まこと、得難い宝を手に入れたものじゃ」

富子は扇子を広げ、街の向こう、遥か遠くの空を指し示した。

「だが、これで終わりではない。ここからが真の商いのはじまりでおじゃるな」

「左様でございます。あの時、私たちが京の火種を消し去り、世界へ漕ぎ出した日本が見せる、新しい世界の姿でおじゃりまする」

薫子の視線は、京都の山々を越え、遥か彼方の海へと向けられていた。

***

同じ頃、国際貿易の拠点である堺の港。

そこには、これまでの日本の歴史上、誰も見たことがないような異様な光景が広がっていた。

波止場を埋め尽くさんばかりに停泊しているのは、中世の関船などではない。

薫子が密かに造船技術を進化させ、莫大な資本を投下して建造させた、外洋の荒波を乗り越えるための巨大なガレオン船団であった。

見上げるような高いマストと、大砲を据え付けるための強固な船体。

その甲板では、細川や山名の家紋を身につけた屈強な兵士たちと、諸国から集められた水夫たちが、出航の準備に追われて忙しく走り回っている。

彼らの顔に、不毛な内戦へ向かう陰鬱な表情はない。

あるのは、海の向こうに眠る未知の富と、世界を相手に武功を立てるという新たな野心だけであった。

やがて、潮風をはらんで巨大な帆が一斉に張られる。

それぞれの船の最も高いマストの頂には、将軍・足利義政がデザインした『日章二引両旗』が、誇らしげに掲げられていた。

赤と白の鮮烈な意匠が、日本の圧倒的な力と意志を世界へ示すように、力強く風にはためいている。

戦国時代という内向きの破壊の歴史を完全に消し去り、その全エネルギーを外洋へと解き放った日本。

極東の島国が、世界最速で未知なる大航海時代へと漕ぎ出す、壮大な歴史の幕開けであった。