軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第37話:敗者の救済と、完全なる屈辱の茶会

洛外の野戦場を覆っていた白煙が、朝の風に流されて徐々に晴れていく。

数万の精鋭同士が激突するはずだったその場所には、中世の戦の常識を根底から覆す、異様で静かな光景が広がっていた。

細川と山名の連合軍は「全滅」したわけではなかった。

しかし、軍隊としては完全に「消滅」していた。

幕府軍が放った未知の巨大な青銅砲の轟音と、目に見えぬ鉛玉による容赦ないつるべ撃ち。

最前列で突撃を試みた数千の兵が血の海に沈んだその瞬間、後方に控えていた数万の軍勢の心は完全にへし折られた。

未曾有の恐怖とパニックに陥った連合軍は、大将の命令も聞かずに武器や鎧を脱ぎ捨て、蜘蛛の子を散らすように四方八方へと潰走していったのである。

戦場に残されたのは、前線で被弾して呻き声を上げる無数の負傷兵たちだけであった。

***

「追撃は不要!逃げる者は放っておけ!」

幕府軍の指揮官の号令が響き渡ると、恐ろしく統制の取れた防衛隊はピタリと進軍を止めた。

次いで前線へと進み出てきたのは、槍を持った兵士ではなく、真っ白な布を口元に巻き、見慣れぬ道具箱を抱えた「衛生部隊」であった。

彼らは幕府お抱えの医師たちであり、薫子が長年かけて育成してきた医療チームである。

「息のある者を運べ!弾を摘出し、傷口を強い酒で洗って煮沸した布で縛るのだ!」

衛生兵たちは、自軍の兵のみならず、地に倒れてうめく「敵の負傷兵」たちを次々と担架に乗せ、後方に設置された野戦病院の天幕へと運び込み始めた。

本来であれば、戦場に残された敵兵は首を刎ねられるか、身ぐるみ剥がされて見捨てられるのが戦の常識である。

しかし、幕府はそれをしなかった。

圧倒的な武力で敵を粉砕した直後、今度は圧倒的な「経済力と医療技術」を見せつけ、敵の命すらも手厚く救済し始めたのだ。

遠くの丘から、潰走せずに踏み止まっていた細川・山名の側近たちが、その信じられない光景を呆然と見下ろしていた。

***

「……真実であったか……」

本拠地の屋敷で呆然と座り込んでいた細川勝元の口から、乾いた声が漏れた。

山名宗全もまた、虚空を見つめたまま言葉を失っている。

先ほど富子の使者が置いていった書状の通りに、幕府軍が追撃を止め、さらに敵の負傷兵まで手厚く救護しているという報告が届いたのだ。

武力でも、財力でも、そして人としての器(慈悲)においても、完全に赤子のように扱われたのである。

「我らは……最初から富子様の掌の上で踊らされておったのだな……」

武将としての誇りも、権力闘争への野心も、根こそぎ叩き割られた。

彼らは重い足取りで立ち上がり、招待状に指定された室町第へと向かうしかなかった。

供回りすら許されず、わずかな側近のみを連れたその姿は、惨めな敗残の将そのものであった。

***

案内されたのは、将軍の私室の奥にある、静寂に包まれた質素な茶室であった。

上座には、眩いばかりの打掛を羽織った将軍正室・日野富子が、優雅に扇子を手にして座している。

その隣には、将軍・足利義政が、政治には興味がなさそうに手元の茶器を愛おしそうに眺めていた。

そして部屋の隅では、一人の名もなき小間使いの少女が、誰の目にも留まらぬよう静かに湯を沸かし、茶を立てている。

「勝元、宗全。よう参られた。さあ、面を上げなされ」

富子の声は、死罪を言い渡す者のそれではなく、どこか哀れみすら含んだ穏やかなものであった。

両大名は床に額をこすりつけるようにして平伏したまま、言葉を発することができなかった。

「我らの愚かさ、弁解の余地もございませぬ……」

勝元が血を吐くような声で絞り出し、宗全も目を閉じて切腹の下知を待った。

だが、部屋の隅で茶を立てている小間使いの少女――薫子の思考は、武士たちの常識とは全く異なる次元で回転していた。

『ここで彼らに切腹なんて命じたら、それこそ最悪の悪手よ』

薫子は、立てた茶の香りを確かめながら、内心で冷徹な計算を巡らせていた。

『彼らはまだ、それぞれの領国に強大な家臣団を抱えている。トップを処刑すれば、彼らの領地で跡目争いや幕府への反乱が起き、結局は地方から戦国時代が始まってしまうわ』

武将の命を奪うことなど、何の利益も生まない。

重要なのは、彼らが持つ「強烈な闘争心と統率力」というエネルギーを殺さずに、幕府にとって有益な方向へ完全に 誘導(コントロール) することである。

薫子は静かに茶碗を運び、富子と義政の前に恭しく差し出した。

その作法は完璧であり、細川も山名も、ただの有能な女中がそこにいるとしか思っていなかった。

「さて……」

富子が茶を一口啜り、静かに息を吐いてから、平伏する二大巨頭を見下ろした。

これから下される「究極の処置」に、両大名は身を強張らせた。