軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第36話:極限の絶望〜茶会の招待状に記された『未来』〜

洛内の細川邸。

広間では、細川勝元と山名宗全が悠然と酒杯を傾けていた。

彼らの耳には、遠く洛外の平野部から、くぐもった雷鳴のような奇妙な音が断続的に届いていた。

「なんじゃ、あの音は。空は晴れておるというのに」

宗全が怪訝そうに眉をひそめる。

「どこぞで雷でも落ちたか、あるいは我らが騎馬隊が地鳴りを立てて突撃しておる音であろうよ」

勝元は上機嫌に笑い、酒を呷った。

彼らは戦場に赴かず、洛内の本拠地で安全に『勝利の報告』を待っている。

「幕府の雇った金目当ての足軽どもなど、歴戦の武士の敵ではないわ」

「その通りじゃ。今頃は太田垣らが、あの生意気な女狐の陣を木端微塵に踏み荒らしておる頃合いよ」

「まったく、武士のいくさというものを知らぬ阿婆擦れめが。少しばかり銭を溜め込んだからといって、天下の双璧に刃向かった己の愚かさを思い知るがよいわ」

二人は慢心しきっていた。

武力においては自分たちが絶対的な優位にあるという、中世の古き良き常識を微塵も疑っていなかったのだ。

***

そこへ、一人の家臣が戸惑ったような表情で広間に現れた。

「申し上げます。室町第より、大御台所様の使者が参られております」

「なんじゃと?降伏の使者か?」

勝元が鼻で笑うと、家臣は首を横に振った。

「いえ、降伏という様子ではござりませぬ。大御台所様からの『お手紙』をお持ちしたと……」

「手紙じゃと?通せ」

広間に通された幕府の文官は、以前と同じく無表情のまま、一通の優雅な香りが漂う書状を差し出した。

「大御台所様より、細川様と山名様へのお手紙にございます」

勝元は不機嫌そうに書状を受け取り、乱暴に封を切った。

そして、そこに書かれている流麗な文字に目を通した瞬間、ピタリと動きを止めた。

「……勝元殿?なんと書かれておるのじゃ?」

宗全の問いかけにも答えず、勝元の顔からはスゥッと血の気が引いていく。

「な、なんじゃこれは……ふざけておるのか……!」

震える手で書状を握りしめ、勝元はかすれる声でその内容を読み上げた。

『そろそろ戦も終わった頃合いでおすな』

『約束通り、敗残兵の回収と始末はそちらで責任を持ってやりなはれや。それと、それが済んだら室町第の茶室へ来なはれ』

『これからの『仕事』の話をしまひょ。ええお茶を点てて、待っておりますえ――日野富子』

広間に、異様な沈黙が落ちた。

「な、なんじゃと……?」

宗全は自らの耳を疑い、使者と勝元を交互に見比べる。

「戦が終わった頃合いじゃと!?馬鹿な、まだ戦端が開かれたばかりであろうが!」

「おまけに敗残兵の回収だと!?我らが負ける前提ではないか!」

勝元はワナワナと唇を震わせ、手の中の書状を床に叩きつけた。

「ええい!あの女狐め、我らをどこまで愚弄すれば気が済むのじゃ!今頃我らが騎馬隊が、貴様らの軍勢を蹴散らしておるわ!」

勝元が使者に向かって刀の柄に手をかけた、まさにその時であった。

「も、申し上げまするゥゥゥッ!!」

広間の外から、血相を変えた伝令の武士が転がり込んできた。

その全身は泥にまみれ、顔は恐怖で引きつり、甲冑には斑な血の跡がこびりついている。

「なんじゃ!騒々しい!勝報か!」

宗全が苛立たしげに怒鳴りつける。

だが、伝令の口から飛び出したのは、彼らの魂を根底から打ち砕く絶望の言葉であった。

「ぜ、全滅にございまするッ!!」

「……は?」

勝元は間抜けな声を出した。

「全滅とは、誰がじゃ?敵の軍勢がか?」

「い、いえ!我らが軍勢にございまする!」

伝令は床に顔を押し当て、嗚咽を漏らしながら叫んだ。

「太田垣様が率いる本隊が、幕府軍の前に手も足も出ず、完全に粉砕されました!」

「ば、馬鹿な!数万の兵が、一刻も経たずに全滅するわけがなかろうが!」

宗全が立ち上がり、伝令の胸倉を掴み上げる。

「我らが精鋭の騎馬隊はどうした!一騎当千の武者どもが、足軽どもに負けるはずがないわ!」

「き、騎馬隊は……敵の陣に辿り着くことすら叶いませなんだ!」

伝令は恐怖のあまりガタガタと震えながら、戦場で目撃した地獄を語り始めた。

「敵の陣から見たこともない巨大な青銅の筒が火を噴き……天が裂けるような大轟音と共に、数十の騎馬が一瞬にして消し飛んだのでございまする!」

「巨大な青銅の筒じゃと……!?」

勝元が顔面を蒼白にして後ずさる。

「はい!弾の直撃を受けた者は血の雨となり、大地がすり鉢のように抉り取られました!」

「そんな……馬鹿な……」

「さらに、見えない礫が嵐のように飛んできて……次々と人と馬の身体を食いちぎったのです!」

「刀を振るうことも、名乗りを上げることもできず……ただ、一方的に無慈悲に殺されていきました!」

宗全の手から力が抜け、伝令が床に崩れ落ちる。

「生き残った兵たちは皆、恐怖で武器を投げ捨て、四散いたしました……!しかも、幕府の兵どもは逃げる我らを一切追わず、倒れた我らが負傷兵の手当てを始めたのでございまする!」

「な、なんじゃと!?」

勝元が素っ頓狂な声を上げる。

「手足を吹き飛ばされた兵も、敵味方の区別なく丁寧に運び出されておりました……!圧倒的な暴力の後の、得体の知れぬ慈悲に、生き残った兵たちは完全に戦意を喪失いたしました!」

完全なる、そして圧倒的な敗北。

広間に再び落ちた静寂の中、勝元の視線は、床に投げ捨てられた『招待状』へとゆっくりと吸い寄せられた。

(そろそろ戦も終わった頃合いでおすな……)

富子の手紙に書かれていた言葉が、呪いのように脳裏に響く。

あの女は、戦が始まる前から、自分たちがこの短い時間で完全敗北することを『知っていた』のだ。

(我らは……我らは初めから、あの女の掌の上で踊らされていただけなのか……!?)

金脈を絶たれ、物流を奪われ、飢えに苦しむ兵に食料を恵まれ、戦場を選ばされ、そして圧倒的な暴力で粉砕され、最後には負傷兵の救護という人道的処置まで見せつけられる。

その全てのスケジュールが、分単位で完璧に管理され、実行されていた。

勝元と宗全は、人間の知恵を遥かに超えた『何か』と対峙していることに、ようやく気がついた。

得体の知れない強大な存在に、己の脳髄の先まで見透かされていたという事実。

「ひっ……!」

宗全の口から、無意識のうちに恐怖の呻き声が漏れた。

彼らはこの瞬間、天下の最高権力者から、ただの哀れな敗残者へと完全に叩き落とされたのであった。