軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第10話:日野富子との邂逅(フラグ)

金融、物流、工業、そして兵力となる労働力の掌握。

私がこの数年でゼロから創り上げた「経済特区」の噂は、もはや京都の商人で知らない者はいないほどに膨れ上がっていた。

莫大な富を生み出し続けるこの要塞都市の存在は、当然ながら都の中心にいる公家や武家の耳にも届き始めている。

『目立てば、必ず権力のお偉いさんが嗅ぎつけてくる。でも、それこそが私の狙いよ』

私はいつか必ずやって来る「その時」を、特区の中心で静かに待ち構えていた。

ある日の午後。

見回りをしていた家臣が、血相を変えて私の執務部屋へ駆け込んできた。

「姫様! 領地の入り口に、身分を隠したとおぼしき怪しげな一行が! 追い返しまするか!?」

「怪しげな一行?」

「はい。身なりこそ町娘のようにしておりますが、隠しきれぬ上質な絹を纏い、凄腕の護衛を数人も引き連れた小娘でおじゃります。あれは間違いなく、都のやんごとなき姫君かと……!」

『……ビンゴね』

私は口角を上げ、扇子を手に取って立ち上がった。

「私が自らお迎えに出ましょう」

家臣たちを引き連れて領地の入り口へ向かうと、そこには十代前半の、息を呑むほどに美しい少女が立っていた。

身なりこそ質素に偽装しているが、その背筋の伸びた立ち姿と、周囲を睥睨するような強い瞳は、彼女が只者ではないことを明確に物語っている。

少女は、巨大な水車や、荷馬車がひっきりなしに行き交うターミナル、そして手形交換所で飛び交う紙の束を、まるで獲物を狙う鷹のような鋭い目で観察していた。

「ずいぶんと景気がよろしいおすな」

少女は、私が近づいたことに気づくと、護衛を手で制して優雅に微笑んだ。

「なんや、都から少し離れただけの山の中に、ええ銭の匂いがすると思うたわ。まこと、見事なからくりやこと」

「お褒めにあずかり、光栄の至りでおじゃる」

私は五歳の幼女らしからぬ完璧な作法で、深く一礼した。

少女は私の顔と小さな体をまじまじと見下ろし、面白そうに目を細めた。

「そなた、ただの子供ではおまへんな? このバケモノみたいな商いの仕組み、どこのどいつが絵図面を引いたんや。親の顔が見てみたいわ」

「この領地の一切合切は、すべてこの私、山科の薫子が取り仕切っておりまする」

私がそう告げると、少女は一瞬だけ驚いたように目を見張ったが、すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「ほぉん……? 五歳の童が、これだけの銭を回しとるんか。おもろい。うちも一枚噛ませえな」

少女は一歩前に出て、私の耳元に顔を近づけた。

「これだけ人と物が動くんなら、関所を設けて通行料をふんだくれば、さらに莫大な銭が転がり込んでくるえ? うちらの家の権威を貸したってもええんやで?」

その強欲で、それでいて経済の急所を的確に突いてくる提案。

私は確信した。

『ひゃっはー! 間違いない! 未来の将軍正室にして、室町幕府の実権を握り、のちに日本三大悪女の一人として名を残すことになる守銭奴の完成形……日野富子、キタコレ!!』

私の中の歴史オタクが、狂喜の悲鳴を上げてブレイクダンスを踊り狂っている。

まだ将軍・足利義政に嫁ぐ前の、十代の富子。

後に彼女は、自分と息子を守るために幕府の財政を私物化し、関所を乱立させて民衆から暴利をむさぼったとして歴史に悪名を刻むことになる。

だが、それは彼女が「自分の身を守る手段として『銭』しか信じられなかった」という、中世の過酷な現実が生んだ悲劇でもあるのだ。

『もし彼女のその桁外れの金銭感覚と野心を、私が正しい方向へナビゲートしたら……? 彼女は最強の「国家のファンドマネージャー」として覚醒するはずよ!』

私は狂喜を完璧なポーカーフェイスの下に隠し、富子に向かってゆっくりと首を振った。

「……お断りいたしまする」

「なんやて?」

富子の美しい顔から、スッと笑みが消えた。

護衛たちが殺気を放ち、私の家臣たちが慌てて柄に手をかける。

だが、私は全く動じず、扇子をピシャリと開いて富子を真っ直ぐに見据えた。

「富子様。関所の端銭を奪い合うなど、三流の所業でおじゃる」

「……うちの名前、知っとったんか。それに三流やて? ええ度胸やないの」

「ええ。富子様ともあろうお方が、民草の小銭を絞り上げて喜ぶなど、スケールが小さすぎまする」

私は特区の全体を見渡すように、大きく手を広げた。

「私が創り上げたこの『手形』と『水車』の真価は、富を奪うことではなく、富そのものを『増殖』させることにありまする。関所を作って物流を止めれば、その成長は止まってしまう」

「増殖……?」

「左様。個人の蔵に銭を隠し持っても、世の中の富は一向に増えませぬ。なれど、この仕組みを使えば、百の銭を千に、万に膨れ上がらせることができるのでおじゃる」

私は富子の目を射抜くように見つめた。

「私共は、この国の富そのものを操り、何十倍にも膨れ上がらせる『魔法の仕組み』を、富子様にお見せいたしましょうぞ」

十代の少女の脳裏に、かつて誰も語ったことのない「信用創造」と「マクロ経済」という巨大な概念が叩き込まれた瞬間だった。

富子は瞬きすら忘れて私を見つめ、やがて、その美しい顔にゾクッとするような歓喜の笑みを浮かべた。

「……ホンマにお前、五歳の童か? バケモノやな」

富子は私の小さな手をガシリと掴んだ。

「ええわ。その魔法とやら、うちに見せてみぃ。もしホンマにうちの想像を超える銭を生み出せるんやったら……うちの全力を挙げて、お前の盾(後ろ盾)になったる!」

「ありがたき幸せに存じまする、富子様」

私たちは、お互いの手のひらから伝わる野心の熱を感じ取りながら、悪人顔で深く微笑み合った。

『作戦成功! これで、日本を動かすための最強の 権力(シールド) を手に入れたわ!』

歴史上、最も金を愛し、最も権力に貪欲だった少女。

彼女と私という「最強のバディ」が結成されたこの日、応仁の乱という悲劇の運命は、いよいよ本格的な書き換えのフェーズ(第2章)へと突入することになる。

舞台は整った。

さあ、歴史のバグを修正する、途方もない経済戦の幕開けである。