作品タイトル不明
18「高級なお肉って無条件で美味くね?」
「マダム。こちらのお店で一番良いすき焼き用のお肉をすべてください。支払いは現金でお願いします」
「は、はい! たっぷりおまけしておきますね!」
「ありがとうございます、マダム」
きらり、と歯を光らせてルシフェルが肉屋の奥様に微笑みかけると、瞳にハートマークを浮かべたまま、奥にある冷蔵庫の中に入っていった。
魔族の幹部だと知らなければ、ルシフェルもジャック同様に海外のイケメンでしかない。
地方都市の商店街では、まずお目にかかれないだろう。
好奇の視線、困惑、そして好意的な視線がルシフェルに集まっているのがわかる。
「おい、なっちゃん、なっちゃん」
「どうしたの、おじさん?」
顔馴染みの肉屋の店主が、並ぶ肉を眺めているルシフェルを見て夏樹に問う。
「あの俳優さんみたいなイケメン外国人はどこの誰だい? 最近、なっちゃんの家に美女とイケメンが暮らしているって噂で聞いていたんだがよ」
「あー。知り合った海外の方が、しばらく滞在することになったんですよ。みんないい人ですから、心配しないでください。彼は、お客さんのお兄さんで、わざわざ挨拶にきてくれたんです」
「そういうことか。それで、すき焼きってことだな」
「そうなんです」
「春子ちゃんは昔から、いいことがあるとすき焼きだもんな。最近じゃスーパーができたっていうのに変わらず商店街を贔屓にしてくれて、ありがたいことだぜ」
少し記憶をほじくり返すと、以前、向島市にも大型スーパーが現れた。
商店街の危機だ、と騒いでいたが、意外と棲み分けはできているようだ。
しかし、お肉やお魚、野菜はスーパーのほうが安いこともあるので、商店街から少しずつ客が減っているのは確かだ。
由良家もスーパーにはいくが、商店街にある昔からのスーパーくらいだ。
母子ふたりだと、顔見知りの商店街で買い物をしたほうが気が楽だった。
「店主。こちらのコロッケとメンチをください」
「なっちゃんのお客さんなら、サービスしておくよ。ほら」
「――感謝します」
おまけで渡されたコロッケとメンチを受け取ると、驚いた顔をしたルシフェルだったが、深々と頭を下げる。
夏樹もしっかりもらっておいた。
「大袈裟な兄ちゃんだな」
夏樹はコロッケを、ルシフェルはコロッケとメンチを美味しそうに食べていると、冷蔵庫の中から肉の塊を抱えた奥さんが戻ってくる。
「一番いい肉は五キロしかないけど」
「構いません。父にはしらたきだけでいいでしょう」
「いや、五キロも食うんかい!」
「食べないんですか?」
「食べるよ! 国産和牛万歳!」
サタンの財布から現金を数枚抜いて支払う。
受け取った肉はずっしり重かった。
かつて異世界で、食べたら生涯味が忘れられないと言われている魔牛の肉をゲットしたとき、目を血走らせて群がってきた人々の顔を思い出す。
異世界の食に興味がなかったが、禍々しい牛のモンスターを食べようなどとは思わなかったし、丸焼きにして食べ始めた異世界の人々にもちょっと引いた。
「それでは店主、マダム。ありがとうございました。さ、帰りましょう」
「うん。――え?」
肉屋のご夫婦に手を振ってから背を向けると、夏樹は唖然とした。
気づけば、八百屋、魚屋、パン屋、酒屋のご婦人たちや、買い物中の主婦たちの人だかりができている。
全員が夏樹ではなく、ルシフェルに向いている。
「お兄さん、よかったらこれを!」
「あ、すき焼きならこっちのネギがおすすめよ!」
「すき焼きなら日本酒よ!」
「すき焼きには関係ないけど、パンをサービスしちゃう!」
目をキラキラ輝かす奥様たちからたっぷりとサービスされたルシフェルは、笑顔でお礼を言うと、ひとりの奥様の手を取り口づけをする。
まるで映画のワンシーンのような出来事に「きゃー!」と黄色い悲鳴が響き、しばらくの間、商店街はかつてないほど活気付くのだった。