作品タイトル不明
38「阻まれてなんてなかったんじゃね?」
由良夏樹は、数年もこの過酷な異世界を生き延びてきた。
聖剣さんという唯一無二の相棒だけしか信頼できず、飲食をせず、睡眠も最低限、人の嫌な部分にこれでもかと触れた。
それでも、心は折れなかった。
折れるものか、折れてなるものかと歯を食いしばった。
こんな世界に負けるものか、俺は絶対に地球に帰るんだ、とそれだけの想いで耐え抜いた。
「あー、心おれちゃうー」
再び異世界を訪れた由良夏樹の心は今折れようとしていた。
河童さんの集落という天国を前に、結界に夏樹だけが拒まれるという大事件。
幾度となく強敵や不条理な事態を乗り越えてきた夏樹にも、限界が訪れかけていた。
――しかし、由良夏樹は勇者である。
勇気ある者だ。
勇ましい者だ。
勇敢なる者だ。
夏樹は、もう少しのところで踏ん張った。
そっと手を伸ばす。
やはり森には結界が張られている。
触れた感覚で似たものは、ガラスだ。しかし強度が違う。
きっと防弾ガラスとかってこんな感じなんだろうな、と考え、魔力を全力にして殴りつけた。
――どんっ。
結界が森ごと揺れた。
にちゃぁ、と夏樹が微笑む。
手応えはあった。
問題ない、と確信した。
「勇者な俺が結界に阻まれるわけがないじゃない」
次に夏樹は殴りつけるのではなく、手を結界に貼り付けると、ありったけの力で握った。
軋む音が響く。
黒板を引っ掻いたような鋭くも不愉快な音だった。
「いーれーてー」
音が変わる。
ぎしぎしと軋み、歪んでいく音だ。
硬いものを、力づくで歪めようとするときに鳴る普段は聞かない音だった。
「ねえ、ねえ、ねえ! ねえ! いれてよ! なんで仲間はずれにするの!? ねえ、ねえ、ねえ、ねえ!」
ぎし、ぎしっ、ぎしぃっ。
「ねぇ――――いれでよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
夏樹の絶叫と共に、森を守る結界は砕け散った。
よほど強固なものだったのだろう。
夏樹の手は血まみれだ。
しかし、痛みもなにも気にせず、いい仕事をしたとばかりに汗を拭う。
血が顔につくが問題ない。
「ふうっ! なんだ、やっぱり入れるじゃない。結界さんも俺のことを受け入れてくれたんだね! ――あれ?」
森に足を踏み入れた夏樹は首を傾げて心底不思議そうな顔をした。
――なぜなら先に森に入った全員が、泡を吹いて失神していたからだ。
「――なんで?」