作品タイトル不明
36「勇者が邪悪なわけなくね?」①
夏樹は、顔面を強打して鼻を押さえて後ろに転がった。
「は? え? あれ? あれぇ!?」
手には鼻血がついている。
鼻を負傷したのだとわかり、ヒールをかける。
そして、大きく深呼吸をした。
「ないないないないないないないないないないないないない!」
顔を赤く染めた夏樹が立ち上がると、すでに祐介以外が森の中に入っている。
「……由良……そういうのはいいから早く来い!」
「え? 千手さん? もしかして俺が身体を張ったギャクをしているとか勘違いしてない?」
「他に何があるんだよ! ほら、早く来い! お前が河童の集落に来たいっていうから来たんだぞ!」
千手が呆れと怒りを浮かべて手招きするので、夏樹はふらふら歩き森に入ろうとする。
しかし、再び見えない壁にぶつかった。
ノックしてみると、確実になにか見えない壁がある。
「そういうのはええんじゃって言っとるじゃろう!」
「待って待って待って! これマジだって! マジで入れないんだって!」
「そんなことあるわけないじゃろう! 俺様たちがもう森の中におるんじゃから、そんなんは通用せんのじゃ! ほれ、早くするんじゃ!」
小梅が手を伸ばして夏樹の腕を掴んだ。
「ちょ、待って」
「さっさとせんかい!」
力任せに小梅が引っ張ると、夏樹は再び音を立てて見えない壁に激突した。
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………いたい」
また鼻血が出た。今度は、唇まで切ってしまった。
「……ネタをかましているかと思ったんじゃが、マジで入れんのか!? なんでじゃ!?」
「俺が知りたいよ! なんで俺だけこんな罰ゲームみたいなことになってるの!? 誰か説明して! プリーズ!」
夏樹が叫ぶが、誰も説明ができない。
むしろ、なぜ入れないのか説明してもらいたいという顔をしていた。
「もしかして……かっぱー」
「河童さん!」
夏樹は河童さんに希望を見出した。
森の奥に住む河童さんならば、この意味のわからない現象を説明してくれるかもしれないと期待した。
「…………守り神様が森に張る結界は邪悪な者を通さないとされているかっぱー」
「ないないないないないないないないないないないないない!」
「ぼ、僕もなっちゃんが邪悪なんて思わないかっぱー。でも、実際、結界の中に入ることができていないかっぱー」
河童さんも困り顔だ。
「待って、よく見たら聖剣さんも森の中にいるじゃん! スターベアさん、タイガーさん、ベアさんの鬼姉妹だって! どちらかっていったら、邪悪がわじゃない!? 魔王さんだって問題なく入っている! なんで勇者の俺が入れないわけ!?」
「……マジレスすると、この世界を世界ごと滅ぼそうとする勇者は邪悪以外のなんでもないと思うんじゃが」
「小梅ちゃん!?」
「異世界人を鏖殺すると躊躇いなく言ってしまう夏樹くんのことは嫌いじゃないっすけど、邪悪か邪悪じゃないかと聞かれたら……邪悪っすよね」
「銀子さんまでそんなこと言うの!?」
夏樹は焦る。
いや、それどころではない。
不安になっていた。
数年の間、この絶望しかない異世界で戦った勇者の心が今折れようとしていたのだ。
「――あ」
夏樹は祐介をみつけた。
未だ、地面に突き刺さり、足を必死に動かして助けを求めている。
夏樹は祐介に駆け寄り、足を掴んで地面から引き抜いた。
「ぷはっ。あ、ありがとう。いやー、まさか大地の勇者だからって大地と一体化するとは思わなかったよ……って、なんで夏樹くんはそんな険しい顔してるの? まるで無辜の民を殺さなければいけない騎士みたいだよ?」
「祐介くん。俺は祐介くんのこと親友だと思っているよ」
「う、うん。突然どうしたのって思うけど、ありがとう」
「でも、それ以上に、邪悪な存在だと思っているよ!」
「なぜ!?」
「だから――きっと祐介も間違いなく結界に阻まれると思うんだ」
「意味わからないよ!? 説明して!?」
祐介の訴えを無視して、夏樹は彼の足を思いきり握りしめ大きく振りかぶり、投げた。
「ぎゃああああああああああああああああああああ!?」
悲鳴をあげて飛んでいく祐介を見送る。
夏樹の予想通りならば、不可視の壁に激突するはずだ。
――しかし、祐介は特に何かに阻まれることなく森の中に入り、千手と征四郎によってキャッチされた。
「嘘、だろ」
聖剣の勇者由良夏樹は、膝から崩れおちた。