軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

65「神殺しじゃね?」①

水無月澪は巫女装束に身を包み、土地神の元へ行こうとしていた。

彼女の傍らには、妹の都が怯えた様子で張り付いている。

「土地神様には許可がない者はお会いできません」

「……生贄になりにきた」

「当主様の許可なく勝手なことは許されておりませぬ」

澪は、土地神を殺すつもりだった。

人の身で勝てるはずがないのだが、自分に流れる血が土地神のものだということを知っている。今まではあえて、力を出してこなかったが、本気を出せば弱体化している土地神を倒せないまでも、神としての存在を希薄にする程度まで消耗させられると考えていた。

昨日、澪は母から自分の父親が土地神みずちであることと、ちゃんと愛し合って澪が生まれてきたことを聞いた。

ほっとした。自分がちゃんと愛されて生まれてきたのだと知ることができて。

納得した。かつて幼い頃、土地神に挨拶をしたとき、びっくりするほど優しい目で見られたからだ。

だが、続いてさらに驚くことを聞かされた。

土地神みずちが死を望み、都の同級生である由良夏樹が神殺しを行うというのだ。

なぜか一族の長老たちは受け入れた。彼らは、由良夏樹の力はさておき、神が望むことをすべきだと考えているようだ。一方で、母に近い世代の一族の人間は、神は神として崇めるものだ。生贄が必要なら差し出せばいい。神を殺すなど論外であるし、できもしないことをしようとして不興を買うことはよしとしないと反対だった。

だが、当主の母と長老たちに上から決定事項だと言われてしまえば、それ以上の反論はできなかった。きっと今頃、歓迎するつもりはないのに夏樹を出迎えているだろう。

「でも、私の役目」

「……お姉ちゃん」

「大丈夫。全部、あたしがやるから」

土地神が生贄を望んでいないことは嬉しかった。父親がそんな神でなくて安心した。

しかし、必要としているのも事実だ。ならば、父が望まぬ形で生贄を受け入れる前に、自分が殺そう。できなければ、食われようと決めていた。

澪は懐に何十枚もの呪符を忍ばせてある。

水無月家の秘蔵の呪符だ。

たとえ神でも、内側からこれらをすべて発動させたらひとたまりもないだろう。

(馬鹿なことをしている自覚はある。でも、彼が失敗して、都が生贄として捧げられるなら、あたしから食われに行ったほうがマシ)

おそらく澪自身、神殺しができると本音では思っていないのだろう。

それでも、大切な妹を生贄に捧げられるはずがない。

見張りを倒してでも、強硬に事を運ぼうとしたその時、

「あれ? 先客かな?」

学生服姿の由良夏樹が、袴姿の母茅たちに連れられて現れた。

「――ママ」

「お、お母様」

茅が口を開く前に、雲海がなにかに気づき小走りに駆け寄ると、澪の懐に手を突っ込んだ。

有無を言わさず、隠し持っていた呪符を鷲掴みにされ、奪われる。

雲海には澪がなにを企んだのかすぐに分かったのだろう。怒りの形相を浮かべ、手を挙げた。

しかし、雲海の手は澪を叩くのではなく、力一杯その身を抱き締めてきた。

「澪、馬鹿なことをするな。お前がひとり犠牲になってもなにもならん」

「でも」

「案ずるな、ひとりでは死なせぬ。お前が生贄にされるならば、私もあとを追おう」

「おばあ、ちゃん」

「今まで辛くあたってすまなかった。だが、そうしなければ、私はきっとお前を連れて逃げていただろう。しかし、そうしておけばよかったと後悔している」

「おばあちゃん!」

気づけば、澪の瞳から涙が流れていた。

雲海は、幼い頃からずっと可愛がり、気遣ってくれていた。

澪が生贄に選ばれてから、関係は変わってしまったように思ったが、実を言うと澪はずっと雲海が変わらず気にかけてくれたことは知っている。

運動会や文化祭を物陰から見ていてくれたことも。中学生の頃、受験勉強で夜中まで勉強していた澪の部屋の前におにぎりとお味噌汁を置いてくれていたことも。

ずっと、自分を生贄から解放しようと考えていてくれたことも、だ。

「澪。雲海様は誤解されやすい方ですが、ずっとあなたのことを」

「うん。知ってる。ずっと知っていたから」

「……そうでしたか」

雲海と澪は祖母と孫という関係ではない。

だが、雲海は澪を孫のように愛し、澪もまた祖母のように雲海を愛していた。

そんなふたりが、わだかまりをいだいてしまったのも、土地神への生贄のせいだ。いや、水無月家が、人間が、神に縋りすぎていたのだ。

「先ほどの魔力だけで、由良殿が相当の強さだと……それこそ神族魔族に匹敵するのだとわかる。わしらには逆立ちしても、あれほどの力は出せぬよ。頼んでよろしいか?」

「任せてください。一応、俺も罪悪感ってあるんですよ。余計な事を言って都さんが生贄になっちゃいましたし。ま、そこは気にしていないんですが。この流れは寝覚めが悪いっていうか、いくら俺でも気にしちゃいますから」

夏樹は星雲に苦笑いを浮かべ、抱き締め合っている澪と雲海に頷いた。

「俺がこんなこと言うのもあれだけど、任せてください」

澪は夏樹に託していいのかわからず困惑気味だったが、涙を流していた雲海は懇願するように頷き返した。

「後戻りはできませんよ?」

「無論、そのつもりです」

茅に最終確認を取ると、徐に土地神がいるであろう神域の中に足を進める。

見張り役は夏樹を止めなかった。

「あ、そうだ」

神域に入る前に、夏樹は振り返った。

「一応、水無月家からしばらく避難していてくださいね。あ、さっき気絶させた奴らも頑張って移動させてください。んじゃ!」

神域に入った夏樹は、とてもじゃないがこの場を『神域』とは思えなかった。

あまりにも汚れている。

通常の霊能力者には見えないだろうが、目を凝らした夏樹には、泥のように濁った神力が周囲に垂れ流しになっているのがわかる。

「せめて浄化が使えれば、結末は変わったのかもしれないけど。まあ、仕方がないか」

夏樹が指を鳴らすと、次の瞬間、堅牢な結界が二重に神域を覆った。