作品タイトル不明
間話「杏と王女の友情じゃね?」②
「わぷ、ジョスリン様」
「もう、ジョスリンでしょう!」
杏は、相手が王女なので躊躇いはあったが、本心から名を呼んでほしいと願う彼女を無碍にできず、
「……ジョスリン」
少し躊躇いがちに彼女の名を呼ぶ。
すると、ジョスリンは嬉しそうに破顔し、杏を抱きしめる腕に力を込めた。
「ふふふ、ありがとう、杏」
ジョスリンは、杏に友人のように名を呼んでもらえて喜んでいた。
杏は、なぜ年上の王女に懐かれているのかわからない。
だが、ギスギスしない人間関係と、悪意のないジョスリンに、杏も心を許しかけていた。
「杏は今、暇かしら?」
「うん。戦いにならないから用事はないよ?」
「ならよかった。私の研究室に行きましょう?」
「ジョスリンの研究室に?」
「お友達のあなたになら、私の研究を教えてあげたいと思って。きっとこれからの戦いに役立つはずよ」
いたずらっ子のようにウインクするジョスリンの研究に、杏は少し興味を抱いてしまった。
「えっと、じゃあ、お邪魔していい?」
「もちろん! 杏ならきっとそう言ってくれると思っていたわ!」
「そんな喜ばなくてもいいのに」
「そう? でも、杏なら私のことを理解してくれると思うの! じゃあ、さっそく行きましょう!」
ジョスリンは杏の手を取り、小走りで駆け出す。
杏は「仕方がないなぁ」と、学校では味わったことのない友情を感じ、口元が緩んでしまった。
■
「ここが私の研究室よ! 使用人や家族だって入ったことのない、私の秘密の部屋よ!」
自慢するようにジョスリンが研究室の扉を開けると、理科室を思わせる薬品の匂いが杏の鼻に届いた。
「ちょっと散らかっているけど、気にしないでね。ほら、入って、入って!」
手を引かれ部屋の中に入る。
研究室は、王女ひとりに与えられたとは思えないほど大きかった。
中学校の教室が三部屋ほど入りそうだ。
そんな広い部屋の至る所に、書物が散らばっている。
机の上には、よくわからない薬品も数多置いてあった。
――そして、見つけてしまった。
「え? あれって、まさか」
「……うん? あー、あれね。珍しいでしょう、エルフの標本だよ!」
驚いた顔をする杏に、ジョスリンは自慢するように胸を張った。
杏は、否定も肯定もしなかった。
ここは異世界だ。
このくらい普通のことだろうと思う。
ただ、杏の中ではエルフは異世界を代表する種族だ。そんな種族が、壁に腹を割かれた状態で張り付けられている光景に、言葉を失ってしまうことは無理がないことだった。
だが、この世界の人間たちにとって、エルフをはじめとする魔族は「賢いモンスター」くらいの認識だ。これには杏も驚いたが、異世界の文化を否定しても仕方がないので黙っていることにしている。
そもそも、杏にはなにも問題ないのだから。
「すごいね……まるで生きているみたい――い?」
内臓を失い、手足に管を繋がれ、美しかったはずの髪も剃られているエルフは、標本というよりもまるで生きているようだった。
この状況下で生きられるわけがない、と杏は、一度浮かんだ考えを否定するように首を振ろうとして、標本になったエルフの口がわずかに動いていることに気づく。
「……こ……て……ころ……こ、ろ……し……て」
口元にそっと耳を近づけると、エルフは死を懇願していた。